7.妖魔の過去

 ファストフード店の前で二人と別れた青也は、笑顔で手を振っていたのをふと停止すると、道路の向こう側に視線を送った。

 視力はどちらも二.〇。街路樹にかかった「柵の中に入らないで下さい」という看板の字もはっきり見える。


 だがその横に佇んでいる黒装束に赤い仮面の男は、存在感もなく姿がはっきりと捉えられない。

 青也はそれを何秒か見た後で、視線を反らした。

 清人達が去った方向とは逆に歩き出して数秒後、肉薄する距離から囁かれる。


「メール役に立った?」

「あぁ」


 道路側に立つ郁乃は、極限まで気配を殺しているために周りは存在に気付かない。


 火属性の妖気を利用して陽炎のようなものを作り出しているため、注意しなければそこに誰かがいることすら認識出来ない。


「でも、あの続きに書いてあったのはどういうことだ?」

「続き?」

「その妖魔の前の所有者のせい、っていうやつだよ」


 郁乃のメールには続きがあった。


 二人の妖魔は元々狙われていた節があること、そしてそれは現在の使役者ではなく、過去の使役者による可能性が高いということ。


「光属性妖魔「水鏡」。攻撃防御共に優れたA級妖魔。以前の使役者は「シラミネトウゴロウ」。鋼属性妖魔「花石」。投擲、操作において優れた能力、桁外れのスタミナを有するB級妖魔。以前の使役者は「アキツキケンイチロ」」

「白峰冬悟朗は清人の父親。秋月絹一路は……えっと」

「秋月玲一路の叔父だね。どちらも既に亡くなっているけど、優秀な妖魔士だったと伝わっている」

「普段はおとなしくて敵は少なかったって聞いたけど」

「確かに無暗に敵を作るタイプではなかった。けど、彼らは強くて、自分が望まない戦いを多く強いられた」

「回りくどいな。とんでもない恨みをどこかで買ったってことだろ、その望まない戦いとやらで」

「カーゼンヌ教会事件」


 二人の周りの空気が急に下がったような感覚に、青也は眉を寄せた。

 郁乃はそれに構わずに説明口調となる。


「明暗十七年に発生した、カルト教団と連盟本部の抗争。マシラを「司祭」として崇める彼らは妖魔士達を全滅させようとしていた。それを阻止するために、本部と全国から集められた精鋭部隊が教会本山に乗り込んで、二日に渡り戦った」

「お前にしては、あっさりした言い方だな。「戦った」なんて」

「だってあの事件、何が本当なのかすらわからないほど複雑なんだもの。妖魔士達が本山に乗り込んだのも、死者が出たのも間違いないけど、本当に正々堂々と行われたのか、死んだ人間は戦闘の果てに死んだのかも、ぜーんぜんわからない」

「お前の立場なら調べられるんじゃねぇの?」

「いやだよ、俺はまだ生きていたいし」


 知ることが大罪だとばかりに郁乃が言い切るので、青也はそれ以上は食い下がらなかった。


「その本山での決戦……って仮に呼ぶけど、秋月絹一路は最年少の妖魔士として参加していた。当時十六歳。今の秋月玲一路と同じ年の頃だね」

「ふーん……今だとあり得ないな。昔はそういうことが多かったのか?」

「さぁ。他にも十七歳の妖魔士が二人いたみたいだし、当時は普通だったんじゃない?それに稀代の天才妖魔士と呼ばれた人だからね」

「で、何をしたんだ?」


 先を急かす青也に対して、郁乃は言葉を選びながら続ける。


「当時本部は、いくつかの作戦をもって本山に攻め込んだらしいけど、白峰冬悟朗と秋月絹一路は「司祭」を倒すという最大の任務についていた」

「マシラか」

「そう。といってもマシラはどこからか捕まえて連れてこられただけで、薬物投与や拘束具で無理矢理司祭用の椅子に縛り付けられてたらしいけど。それだけ聞くとマシラでもちょっと可哀そうかな。二人はそのマシラを倒して、首を教会の屋根に掲げた。それを見て、生き残っていた信者達は半分以上自決した……らしい」


 伝聞が多い言葉は、郁乃の好むものではない。

 しかしそれでも使わざるを得ないことが、その事件がどれだけ特殊かを物語っていた。


「それも本当かどうか不明ってか」

「色々納得できないんだよね、あの事件は。教会は壊滅したけど、信者達は何人か生き延びた。信者たちは二人の命を狙っていたけど、その十年後ぐらいに『灼龍(シャクリュウ)事件』が起きて本来のターゲットが死んでしまった」


 灼龍事件。

 明暗二十八年の葉月に起きたその事件は、十二年経った今も人々の記憶に新しい。

 マシラ達の親玉とも言える「大マシラ」が東都の半分以上を焼き尽くした、史上最悪とも言われる事件である。


 裏青蓮院流が没落したのも、玲一路の右腕が動かないのも、その事件が原因だった。

 だが青也は、心臓を少し刺した記憶に真っ向から向き合うほど、暇ではなかった。代わりにその言葉を、今起きていることへと直結させる。


「……もしかしてそれで?」

「本人に復讐が出来ない今、彼らは考える。「せめて彼らの高名を汚してやればいいのではないか」と。彼らが自分たちの司祭を殺した妖魔で、その輝かしい功績に泥を塗ってやろうって」


 一度に与えられた情報を整理するために、青也は薄い唇に指を当てて、視線を虚空に投げる。


「窃盗事件とは別物ってことか?」

「違うよ。今までの窃盗事件は、あの二人の妖魔札を手に入れるための仕込みだったんだ。あの二人は知名度は低いけど十妖老の関係者だ。いきなり二人に手を出すのは危険だと考えたんだろうね。だから手始めに東都周辺で妖魔士狙いの窃盗を繰り返した」


 私物狙いの窃盗。

 数が重なれば用心はされるが、高価な物や機密性のあるものが狙われたわけではないので、本部側も本腰は入れない。


 現に青也も郁乃に聞くまで「盗難が多発しています」と本部から来たメールに書かれていたのを忘れていた。

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