2.忠告

「随分派手にやったようですね、青也」


 切り捨てたマシラをその場に放ったまま、ロータリーを後にした青也だったが、交差点で信号待ちをしている最中に声をかけられて振り返った。


「なんだ、お前か」

「あぁいう目立つ行動は慎んだほうがいいのでは?またお小言をくらいますよ」


 一七五センチメートルの青也より、少しだけ背の高い男はそう言った。一重瞼の黒い目には青也の顔が映っている。


「だってマシラが見えたんだから仕方ねぇだろ。周りに妖魔士いなさそうだったし。そんな言うならお前がやればいいんだよ、ソーゴ」

「あそこは僕の流派の管轄ではありません。まぁ青也の命令なら受けますが」

「誰がそんな下らない命令するか」

「ごもっともです」


 二十四歳にしては落ち着きのある柳薔吾ヤナギソウゴは、青也の言葉を受けて苦笑いをした。

 東都にはいくつかの名門流派が存在する。

 青也は裏青蓮院、薔吾は柳と異なるが、二つの流派は元は同じであり、何百年も前に分かれていた。しかし二人の違いはそれのみではない。


「俺はお前に命令はしたくない。お願いはするけどな」

「青也、それは卑怯です。裏青蓮院の統帥のお願いを却下出来るほど、僕は豪胆ではありません」

「だから言ってんだろ」


 青也は十八歳という若さで、一つの流派の統帥を務めている。父親である先代や他の一族が、十二年前に殆ど死亡してしまったために、青也は七歳でその地位を継いだ。


 当時から子供とは思えぬほどの才能を持っていた青也は、しかし統帥としてとなると無能に近かった。


 先代に従っていた古参の妖魔士や、柳流のような裏青蓮院流に恩義のある流派などの手助けを経て、なんとか維持しているに近い。


「で? お前がわざわざこんなところで声かけるなんて珍しいじゃねぇか。まさかさっきの件でお説教か?」

「それは適任者に任せます。あることを第三席にお伝えしたく」


 信号が変わると、青也は横断歩道に踏み込んだ。


「第三席、ね」


 流派が多くなれば、当然そこには諍いも生じる。力の差も財力も影響力も全てが争いの種になる。

 それを未然に防ぐために生まれたのが「十妖老ジュウヨウロウ」という組織だった。

 簡単に説明すれば、影響力のある十の流派の総称であり、転じてそれぞれの代表者のことでもある。


 裏青蓮院流は十妖老の三番目、つまり第三席にあたる。


「じゃあお前は今、誰かの命令で動いているってわけだ」

「はい」

「大変だな、直属妖魔士も」


 十妖老は流派の集合体であるため、彼らが決めたことを実行に移すための妖魔士が別に必要となる。


 薔吾はその「直属妖魔士」であり、主に諜報を任務としていた。


「一応お伝えしたほうが良いと思いまして」

「何を」

鳳凰宮の遣いホウオウミヤノツカイが、東都に入りました」

「……へぇ。同僚が来たのにお出迎えしなくていいのか」

「冗談じゃありません。僕は彼が嫌いなんです」


 薔吾は顔をしかめて言い放つ。信号を渡り切った後も、青也の一歩後ろについたままだった。


「誰が命令したんだ?」

「それはわかりませんが、彼が動くのであれば、それなりに後ろ暗い作戦のはずです。青也、貴方は巻き込まれやすいんですから、下手に藪を突く真似はしないで下さいよ」

「そう言われると突きたくなるんだけど」

「やめてください」


 目の前で玩具を取り上げられた子供の気分で、青也は口を尖らせた。


「いいじゃん、どうせ第三席なんて名前だけなんだし。誰も俺の行動なんて気にしてねぇよ」

「少なくとも僕は気にしてますし、どこから話が漏れるかわかりませんから」

「はいはい」

「青也、僕の話を軽んじてますね」

「かろろ……?」

「何でもありません。兎に角、お伝えしましたからね」


 カロロとはなんだろう、と青也が悩んでいる間に薔吾は姿を掻き消した。

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