3.路地裏の死人
二人が泣きながら海保家に来たのが午後四時。
そこから泣きじゃくって話を聞いて一時間半。
その後繁華街に訪れれば、当然六時を回る。
青也は東都駅から続く繁華街を前にして口角を吊り上げた。
「で、どこでカツアゲされたんだ?」
「……なんか楽しそうだねー、青也君」
「そうか? 気のせいだろ」
怪訝そうな目を向けて指摘する玲一路に、青也は涼しい顔で答える。
二人が、先ほどのこともあって警戒しながら道を進む最中も、青也は悠々と歩いていた。
繁華街は昼も夜も人で溢れかえっているし、警察やそこを管轄とする流派の巡回妖魔士もいる。だからさほど危険なことはない。
だがそれはあくまで大通りや栄えている一角だけの話で、一本道を逸れれば薄暗い空気を纏った空間が広がっている。
三人がいきついた先は、所謂、スナックが立ち並ぶ場所だった。
まだ空に明るさが残っている時刻だからまだしも、あと数時間後に歩いていたら警官に補導されるのは目に見えている。
「こっちだよ」
清人が店と店の間の路地に入る。
無造作に置かれたポリバケツから、生臭い匂いが漂ってくる。
左側に折れた角を曲がろうとした清人だったが、急に青也がその襟首を掴んで引き戻した。
「な、何?」
「黙ってろ」
青也は目つきを鋭くして、三人からまだ見えない路地裏に警戒する。
そして呼吸を整えると、影から飛び出す。
青也の紺色の瞳が捉えたのは、倒れている男と、そしてその男を見下ろす黒いミリタリーコートの人影だった。
「…………」
ゆっくりと振り返ったミリタリーコートは、しかしその顔を伺うことは叶わない。
真っ赤な仮面で顔を覆って、コートのフードを被っているためだった。
表情もなく感情もなく、機械仕掛けの人形のような印象を与える動作。
後ろにいる二人が背中にしがみつくのを感知しながら、青也は口を開いた。
「何をしている」
その問いただすような口調は、清人達に向けるものとは質が違っていた。有無を言わせぬ、強い意志を込めたそれに相手が応じる。
「第三席こそ、此処で何をしておられる?」
仮面の下から聞こえた声は男のものではあるが、妙な反響を伴うために地声がわからない。
「次席と第八席のご子息を連れて、子守りの練習か」
「煩い。お前には関係ない。それより質問に答えろ、鳳凰宮の遣い」
その呼称に、清人が「え?」と間抜けな声を出した。
十妖老には直属妖魔士と言われる専属の妖魔士がいる。流派を超えるような重大な案件、それも表には出せないようなものに対して彼らが使われることが多く、裏稼業と称される。
鳳凰宮の遣いはその直属妖魔士の一人であり、「要人暗殺、処刑」を主な仕事としていた。
十妖老首席である「朱雀流」、別名鳳凰宮の門下生であるということ以外は謎に包まれている。
清人と玲一路は名前だけは知っていても初めて見る姿に呆然としていた。
「俺は仕事だ」
遣いはあっさりと答えるが、倒れている男を見て青也が顔をしかめた。
「その男は?」
「死んでいる」
「お前が殺したのか?」
「いいや。俺は殺した現場を見られるほど間抜けではないし、雑魚を相手にするほど暇ではない。仕事の一環でこのあたりを散策していたら、この死体を見つけた。そこに丁度、第三席が現れた」
青也は疑わしそうに遣いを見たものの、数秒後には「そうか」と納得する素振りを見せた。
「玲一路、清人。あれはお前らからカツアゲをした男か?」
「ち、違うと思う」
清人が恐々と死体を見て首を振る。
「服装が違うもの」
「服装などあてにならないぞ、白虎宮の末裔。ちゃんと顔を見て確認したほうが良い。おすすめは耳を覚えておくことだ。耳は指紋と同じく同じ形は二つとない」
黒い手袋をした左手を伸ばして、遣いはその死体の髪を掴むと顔を見せた。
玲一路のほうはただでさえ死体を見て混乱していたのにトドメを刺されてしまい、悲鳴を上げて青也の腰に抱きつく。
「おい、遣い。あまり苛めるな」
「苛めているつもりはない。第三席はお優しいな」
手が離されて、死体はまた元の位置に戻る。
清人は泣きそうになりながらもその顔は確認出来たようで、青也に「やっぱり違う」と囁いた。
「そっかそっか。……清人。玲一路と一緒に大通りにあるファーストフード店で待ってろ」
「青也君は?」
「俺はこいつと話がある」
なぁ? と青也が小首を傾げるように言うと、相手は小さく頷いた。
清人は青也にしがみついたまま硬直している玲一路を引きはがすと、引きずるようにして路地裏から出ていく。
その背中に「気をつけろよ」と呑気な声をかけてから、青也は改めて遣いに向き直った。
「んで?」
先ほどより砕けた口調で話しかける。
「何でお前が此処にいるんだよ、郁乃」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます