4.幼馴染の言い分

「だーから仕事!」


 男にしては甲高い声を発し、郁乃と呼ばれた直属妖魔士は口調を変質する。


 高慢で一匹狼然としたものが、幼さを残した少年のものになり、心なしか仮面ですら柔らかい表情になったように青也には思えた。


「父様の命令でね」

「鳳凰宮か」


 朱雀流統帥の息子である郁乃は、青也と同い年かつ親友とも言える仲だった。


「ってかなんで青也が来るの? しかも白峰清人と秋月玲一路まで連れてさ」

「東都である限りは俺がどこにいようと自由だ。それと、あいつら苛めるなよ。可哀そうだろ」

「十六歳でしょ? ぜーんぜん可哀そうじゃありません。俺あの年齢の時には既にこのお仕事だし」


 十五歳の時から直属妖魔士をしている郁乃はそのあたりの感覚が普通とは異なる。


「青也だって別に平気でしょ?」

「俺やお前は慣れてるからいいんだよ。あいつら慣れてねぇもん」

「ふーん。青也っていつもそうだよね。いつもは馬鹿な鳥みたいなのにさ、年下いると張り切っちゃうんだから」


 拗ねたような口調に青也は首を傾げた。


「お前のほうこそ、俺が別の友達といる時っていつもそうだよな」

「そんなことないよ。俺は青也に構ってもらえなくてもぜーんぜん気にしないもん」

「そうか。じゃあ俺二人待たせてるから」


 そう言って踵を返した青也だったが、思い切り肩を掴まれてその場に立ち止まる。

 一瞬で間合いを詰めた郁乃が泣きそうな声を零しながら両肩を掴んでいた。


 さっきまで死体を掴んでいたことは忘れることにして、青也は一言「離せ」と告げる。


 振り払おうにも、悲しいことに腕力だけなら郁乃のほうが強い。


 本来であれば郁乃のほうが青也より五センチメートルほど背が低いのだが、今は鉄骨入りブーツを履いていてその距離も縮められているから、振り払いようがなかった。


「ごめんなさい、構ってほしいです。俺のこと嫌いにならないで」

「いや、その依存的なのやめてほしいだけなんだけど」


 郁乃と青也は十二年来の親友であるものの、それを知っている者は少ない。

 裏青蓮院流が陽流派、朱雀流が陰流派のために仲が良いことを知られないように隠し続けている。


 高慢で強がりな性格故に友達がいない郁乃は青也に嫌われることを何よりも怖がっていた。


「それより俺の質問に答えてねぇだろ、お前」

「え、なんだっけ? あぁ、こっちにいる理由?」


 青也から手を離した郁乃は、「えーっと」と首を傾げる。


 格好のせいで、物騒なことを考えているようにしか見えない。

 そのまま背中から鉈を引き抜いて投擲してきたとしても、納得出来るほどの不審者ぶりだった。


「青也が此処に来た理由と変わらないんじゃない?」

「カツアゲか?」

「そうそう。あの二人がカツアゲされたことと、俺が此処にいることは、イコールじゃないけどニアイコールではある」

「よくわかんねぇ」

「教えてほしい?」


 青也が頷くと、郁乃は嬉しそうな声に変わる。


「最近のことなんだけど、裏ルートに妙な品が出回り始めたんだ」

「妙な物?」

「妖魔士の私物だよ。符とかじゃなくて札や武器。個人の所有物だと明らかにわかるものがね」

「……なんだそりゃ。気持ち悪っ」

「まぁ一部のマニアが、そういうのを求めることはよくあるんだけどさぁ。というかその程度なら拾得物かもしれないから放っておくんだよね。けど、段々良いものになってきてる」

「いいもの?」

「どこの誰のものかわからない私物が、最初は出回ってた。それが段々、地方で割と有名な妖魔士のもの、地方でとても有名な妖魔士のもの、西日本で…って感じでグレードアップ。これ放っておくと妖魔士の沽券に係わるんじゃない? って俺たち恐れてたわけ」


 郁乃の言う「俺たち」というのは十妖老直属妖魔士のこと以外にない。

 あまり仲の良い雰囲気はないどころか、険悪なのを知っている青也は不思議そうな顔をする。

 それに気が付いたのか、郁乃は弁解の言葉を口にした。


「仕事の前は俺たち、ちゃんと話し合うよ。だって、そうしないと責任押し付けられるからね」

「あぁ、なるほど」

「で、一週間前かな? 東都の割と有名な妖魔士の私物が裏ルートに流れた。それでその妖魔士に聞いたら盗まれたって言うんだよね、市内で」

「置き引きとかか?」

「そうそう。既に被害届は出していたみたいだけどね。回収は他に任せて、俺はこのあたりで妖魔士の私物狙う、不届きものを探していたってわけ」


 青也はその台詞に少し引っかかるものを感じて右眉を吊り上げた。


「お前、置き引き犯を探していたのに、カツアゲ犯も掏摸もイコールで考えたのか?」

「え?」

「もしかして清人達がボコられんの見てたのか」


 しまった、という顔を郁乃が作る。

 青也は呆れと怒りを滲ませて郁乃に詰め寄った。


「その顔は当たりか」

「し、仕方ないじゃん。俺はあの二人助ける義務なんかないし」

「義務とかの問題じゃねぇよ。普通助けるだろ、お前ほどの力があったら」

「それは陽流派の理屈ですー。俺は陰流派だもん」

「………で?」


 青也は郁乃の反論に対して、短い一言を返す。

 また怒らせたかと思った郁乃の目には、いつもの平然とした表情の青也が映っていた。


「え、何?」

「何、じゃねぇよ。話の続き」

「嘘でしょ? 今、俺が出自と育ちを責められる流れだったじゃん!」

「いや、お前の言うことももっともだし、それより話進めなきゃなーって」

「俺、珠に青也がわかんないよ」


 マイペースという言葉で片付けるには、青也は自由な思考と行動に生きすぎている。


 ただ、そこで常識人ぶった言葉を放つ郁乃も、普通の枠から逸脱しているので、結局二人の間の認識は「相手よりはマシ」のままだった。


「まぁいいや、続きね。東都って犯罪をするには割に合わないところでさ。繁華街なんて監視カメラが四方八方見張ってて、どこで転んだかまで記録されちゃうんだよね。東都駅前のあの大通りを監視カメラに映らないで通り抜けることが出来る人間なんて……」


 そこで一瞬だけ言葉が途切れた。

 郁乃が思い浮かべたのが誰だか、青也には考えるまでもなく理解出来たが、指摘するとまた話が脱線しそうだったので抑え込む。


「で、監視カメラの方を情報屋にお願いしていたらさ、掏摸がいたんだよね。いやぁ、あんな堂々と掏摸するのは馬鹿か、度胸座ってるかどっちかだろうけど。連絡が入ったから追ってたら、路地裏で何故か死んでいて、そこに三人が来たの。説明終わり」

「……何で死んでんだ、そいつ」

「脾臓を一突き。ナイフが刺さったままだから、血はあまり出ていない。結構な手練れだね」


 青也はうつ伏せの死体を見るが、ナイフは見えない。

 正面から刺したのだろうと判断する。


「俺が見つけた時にはまだ体温が残っていた。掏った物は所持していなかったということは、加害者が持ち去ったんだろうね」

「何を掏ったんだ?」

「それはまだ映像分析してないからわからないけど、それなりの価値のあるものだったんじゃないかなぁ? 殺してまで奪うって相当だよ」


 さてと、と郁乃は両手を合わせて話を打ち切った。


「俺はこの死体を通報しないといけないし、色々調べることもあるからさ。もういい?」

「あぁ」


 青也はそう答えてから、思い出したように問いかける。


「俺とお前の追ってるのが同じだった場合、どうなる?」

「正式依頼を受けている俺の方が優先だろうね」

「もし清人達の札を見つけたら確保しておいてくれ」

「嫌だって言ったら?」

「俺達の友情も一緒に消え去るだけだな」


 答えも聞かずにその場を立ち去る青也の背に、郁乃の悲痛な謝罪が聞こえたが、それらは数メートルで消え去った。


 大通りに出て、まだ賑やかしいファーストフード店に入る。

 珈琲だけ頼んで、それを片手に二階に上がると、隅にいる清人と玲一路を見つけた。

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