2.権力の無駄遣い
「まぁ放っておいたらうちにも被害が及ぶかもしれないしな……。そのカツアゲ野郎を締め上げて、お前たちの札を取り返すのが一番スマートか」
「野性的だねー」
自分たちが持ち込んだ種にも関わらず、玲一路がのんびりとした口調で言う。
すぐに清人がその脇腹を小突いて黙らせた。
「そうと決まれば、小細工だ」
小細工? と首を傾げる二人の前で、青也は携帯電話を取り出す。
そしてまず最初に白峰家の当主に電話をかけた。
「爺さん、久しぶりー」
「なんじゃ、お主か」
電話の向こうから聞こえる時代がかった口調に青也は小さく笑う。
「お願いがあるんだけど、聞いてくれねぇかな」
「面倒なことじゃろう、どうせ」
「面倒ではねぇよ? 清人と遊びたいから貸してっていうお願い」
はぁ、と間の抜けた声が受話器を叩く。
「勝手にすればいいじゃろう」
「うちに泊めるんだけど」
「泊める? またどうして」
「特訓のため。ほら、来週大会だろ? 清人と玲一路に「特訓して」って頼まれたんだけどさ、俺今日の夜中しか時間取れなくて。それに夜の方が結構集中出来るだろ?」
電話の向こうで老人の唸る声がする。
一見、好々爺に見える穏やかな顔立ちとは裏腹に、かなり血の気が多くて狡猾な性格をしていた。
「まぁそういうことなら構わないが、今言った言葉から察するに秋月のところの息子もおるんじゃろう?」
「うん」
「あまり羽目を外さないように言い含めておいてくれ。清人は二人でいるとすぐに調子に乗るんじゃ」
「わかった、わかった。じゃあ明日の朝帰すから」
電話を切ると、今度は急いで秋月家の当主へかける。
同じように外泊させる承諾をとりつけたが、その直後に
「それは別にかまわないんだが、薬を持っていくように言ってくれないか」
「薬? 腕の?」
「多分今日は持って出ていない筈だから、夜通し特訓するとなると途中で痛くなるだろうからな」
「じゃあ後で内海に取りに行かせるから」
玲一路の右腕は長時間運動に耐えられないため、一定時間ごとに軟膏を塗ったり、痛み止めを飲む必要がある。
青也は玲一路が薬を飲んでいるのを何度か見たことがあるが、カラフルな錠剤やらカプセルやらが何種類もあって、見ているだけで喉が痛くなった。
「それとな」
「ん?」
「最近、繁華街のあたりで物騒なことが多いようでね。お前、夜になったからって二人を連れ歩くなよ」
「俺そんなことしねぇよ。何その不良疑惑」
「自覚がない奴が一番困る」
その言葉に青也はますます眉間に皺を刻んだ。一日に複数回不良呼ばわりされるのは初めてだった。
確かに素行の良い方ではないし、スポーツ推薦で入った高校も、結局暴力事件で退学になった。
だが青也は一人でいることが多いし、真っ当な友人たちを巻き込んだ記憶もない。暴力事件にしたって、やられたのでやり返したら、想像以上に相手が弱かっただけである。
「平気だよ。心配すんなって」
それだけ告げて電話を切る。
二人に視線を戻すと、感心したような顔をしていた。
「どうした」
「いや、そうしてるの見ると青也君って偉い人なんだなって。俺、レイのおじさんとそんな風に話せない」
「僕ー、絶対にキヨの御祖父さんに「爺さん」とか言えない」
「慣れだろ、慣れ。まぁこれでお前らが帰らなくても問題視はされねぇから、好き放題出来るな」
語彙が乏しい青也の、しかし確定的な物言いに二人が不安そうな顔をした。
それを裏付けるかのように薄い口唇から言葉が紡がれる。
「玲一路は俺より頭がいいし、清人は俺より力があるから、まぁその野郎捕まえて、頭蓋骨潰してもどうにかなるだろ」
「ならないよ!」
清人が青ざめた顔で大声を出す。
「俺、人の頭蓋骨なんか握りつぶせないよ。人のことなんだと思ってるの?」
「え、ゴリラの妖精だろ」
「うわ、想像しただけで可愛くない」
「だって聞いたぞ、清人。この前、消火器割ったんだろ?」
「なんで青也君が知ってるの!?」
「バッカ、お前。俺は裏青蓮院の統帥だぞ?」
得意げに口角を吊り上げた青也の語尾に被せるようにして、清人が声を張る。
「全然関係ないよ! 学校での俺のお茶目な失敗まで知ってる理由にはならないでしょ? 第一、あれはちょっとコケた時に掴んだら破裂しちゃったんだって!」
「お茶目かなぁー。僕、そんなお茶目初めて聞いた」
清人の腕力ならびに握力は十六歳の常識を超えている。
毎日、白扇流の武器である長い鞭を振るっているのと、どうやら遺伝性のものらしいが、中学校の段階でリンゴを片手で潰していた。
腕力に自信がない青也と、右腕に障害のある玲一路からすれば未知の領域でもある。
「大丈夫だって、お前が頭蓋骨潰したら玲一路がどうにかしてくれるから」
「レイにどうにか出来るわけないじゃん! 何人を勝手に闇社会の住人にしてんの? レイも照れた顔するな!」
世間知らずの玲一路と色々おかしい青也のせいで、ツッコミ気質がある清人は怒った表情を作りながら捲し立てる。
「冗談だって、そんな怒るなよ。白髪増えるぜ?」
「生まれつきの銀髪ですぅ! 大体青也君、もしかして無計画に俺たちを街中に投下させるつもり?」
「んなわけないじゃん。さっき秋月院と約束しちゃったし。とりあえずお前らがカツアゲされた場所に連れて行ってくれよ。そんでそこで次の手考える」
十分無計画な言葉を放つ青也に、清人はもう疲れ切ったのか荒い息を繰り返すだけだった。
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