2.権力の無駄遣い

「まぁ放っておいたらうちにも被害が及ぶかもしれないしな……。そのカツアゲ野郎を締め上げて、お前たちの札を取り返すのが一番スマートか」

「野性的だねー」


 自分たちが持ち込んだ種にも関わらず、玲一路がのんびりとした口調で言う。

 すぐに清人がその脇腹を小突いて黙らせた。


「そうと決まれば、小細工だ」


 小細工? と首を傾げる二人の前で、青也は携帯電話を取り出す。

 そしてまず最初に白峰家の当主に電話をかけた。


「爺さん、久しぶりー」

「なんじゃ、お主か」


 電話の向こうから聞こえる時代がかった口調に青也は小さく笑う。


「お願いがあるんだけど、聞いてくれねぇかな」

「面倒なことじゃろう、どうせ」

「面倒ではねぇよ? 清人と遊びたいから貸してっていうお願い」


 はぁ、と間の抜けた声が受話器を叩く。


「勝手にすればいいじゃろう」

「うちに泊めるんだけど」

「泊める? またどうして」

「特訓のため。ほら、来週大会だろ? 清人と玲一路に「特訓して」って頼まれたんだけどさ、俺今日の夜中しか時間取れなくて。それに夜の方が結構集中出来るだろ?」


 電話の向こうで老人の唸る声がする。

 白峰清剛シラミネ セイゴウは齢七十を超えていて、清人と同じ銀髪と立派な顎髭を蓄えている。


 一見、好々爺に見える穏やかな顔立ちとは裏腹に、かなり血の気が多くて狡猾な性格をしていた。


「まぁそういうことなら構わないが、今言った言葉から察するに秋月のところの息子もおるんじゃろう?」

「うん」

「あまり羽目を外さないように言い含めておいてくれ。清人は二人でいるとすぐに調子に乗るんじゃ」

「わかった、わかった。じゃあ明日の朝帰すから」


 電話を切ると、今度は急いで秋月家の当主へかける。

 同じように外泊させる承諾をとりつけたが、その直後に秋月光一路アキツキ コウイチロは「あぁ」と思い出したように言った。


「それは別にかまわないんだが、薬を持っていくように言ってくれないか」

「薬? 腕の?」

「多分今日は持って出ていない筈だから、夜通し特訓するとなると途中で痛くなるだろうからな」

「じゃあ後で内海に取りに行かせるから」


 玲一路の右腕は長時間運動に耐えられないため、一定時間ごとに軟膏を塗ったり、痛み止めを飲む必要がある。


 青也は玲一路が薬を飲んでいるのを何度か見たことがあるが、カラフルな錠剤やらカプセルやらが何種類もあって、見ているだけで喉が痛くなった。


「それとな」

「ん?」

「最近、繁華街のあたりで物騒なことが多いようでね。お前、夜になったからって二人を連れ歩くなよ」

「俺そんなことしねぇよ。何その不良疑惑」

「自覚がない奴が一番困る」


 その言葉に青也はますます眉間に皺を刻んだ。一日に複数回不良呼ばわりされるのは初めてだった。


 確かに素行の良い方ではないし、スポーツ推薦で入った高校も、結局暴力事件で退学になった。


 だが青也は一人でいることが多いし、真っ当な友人たちを巻き込んだ記憶もない。暴力事件にしたって、やられたのでやり返したら、想像以上に相手が弱かっただけである。


「平気だよ。心配すんなって」


 それだけ告げて電話を切る。

 二人に視線を戻すと、感心したような顔をしていた。


「どうした」

「いや、そうしてるの見ると青也君って偉い人なんだなって。俺、レイのおじさんとそんな風に話せない」

「僕ー、絶対にキヨの御祖父さんに「爺さん」とか言えない」

「慣れだろ、慣れ。まぁこれでお前らが帰らなくても問題視はされねぇから、好き放題出来るな」


 語彙が乏しい青也の、しかし確定的な物言いに二人が不安そうな顔をした。

 それを裏付けるかのように薄い口唇から言葉が紡がれる。


「玲一路は俺より頭がいいし、清人は俺より力があるから、まぁその野郎捕まえて、頭蓋骨潰してもどうにかなるだろ」

「ならないよ!」


 清人が青ざめた顔で大声を出す。


「俺、人の頭蓋骨なんか握りつぶせないよ。人のことなんだと思ってるの?」

「え、ゴリラの妖精だろ」

「うわ、想像しただけで可愛くない」

「だって聞いたぞ、清人。この前、消火器割ったんだろ?」

「なんで青也君が知ってるの!?」

「バッカ、お前。俺は裏青蓮院の統帥だぞ?」


 得意げに口角を吊り上げた青也の語尾に被せるようにして、清人が声を張る。


「全然関係ないよ! 学校での俺のお茶目な失敗まで知ってる理由にはならないでしょ? 第一、あれはちょっとコケた時に掴んだら破裂しちゃったんだって!」

「お茶目かなぁー。僕、そんなお茶目初めて聞いた」


 清人の腕力ならびに握力は十六歳の常識を超えている。

 毎日、白扇流の武器である長い鞭を振るっているのと、どうやら遺伝性のものらしいが、中学校の段階でリンゴを片手で潰していた。


 腕力に自信がない青也と、右腕に障害のある玲一路からすれば未知の領域でもある。


「大丈夫だって、お前が頭蓋骨潰したら玲一路がどうにかしてくれるから」

「レイにどうにか出来るわけないじゃん! 何人を勝手に闇社会の住人にしてんの? レイも照れた顔するな!」


 世間知らずの玲一路と色々おかしい青也のせいで、ツッコミ気質がある清人は怒った表情を作りながら捲し立てる。


「冗談だって、そんな怒るなよ。白髪増えるぜ?」

「生まれつきの銀髪ですぅ! 大体青也君、もしかして無計画に俺たちを街中に投下させるつもり?」

「んなわけないじゃん。さっき秋月院と約束しちゃったし。とりあえずお前らがカツアゲされた場所に連れて行ってくれよ。そんでそこで次の手考える」


 十分無計画な言葉を放つ青也に、清人はもう疲れ切ったのか荒い息を繰り返すだけだった。

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