10.育て方と育ち方

「あの子は負けないよ。俺がそうしたからね」


 突然紫苑がそう言ったので、一帆は意図を汲みかねて目を瞬かせた。


「どういう意味ですか」

「十妖老の手酷い裏切りを受けた時は、まぁ腹は立つけど仕方ないかなと思っていた。俺には青也がいたし、兄貴の代わりに立派な統帥にしてやらなきゃ、とか思ってた」


 紫苑は薄ら笑いを浮かべる。青也よりも色素の薄い肌に、暑さのせいか隠れていた傷跡が浮かんでいた。右の頬から首にかけて浮かんだ格子状の火傷の痕は、恐らく熱されたフェンスに叩きつけられたものと思われた。


 灼龍事件で、紫苑は青也と一緒に、業火に包まれた東都を逃げ回った。膝の怪我も火傷もその時のものであり、それに対して青也には殆ど傷跡が残っていないことが、紫苑の執念を物語っていた。

 当時、妖魔士をやめて一般人だったはずの紫苑が、どうして青也を助けるに至ったのかは、本人が口を開かないためにわからない。


「でも許せなかったのは、青也を反乱因子に仕立て上げようとしたことだ。あの子があいつらに何をしたと言うんだろう。海保家の栄光や財産を失っても、あの子は幸せに生きていたし、誰にも危害を加えるつもりなんかなかった」


 笑ったまま饒舌に話す姿は、心底愉快に思っているようだった。一帆は人への牽制のために、しばし微笑を浮かべたまま脅し文句を吐くことがあるが、紫苑のものはそれと異なる。


「だから、俺はあの子に教えたんだ。「攻撃手段だけは失うな」って。俺は妖魔士としての才能もなければ、力もなくて、挙句の果てに性格も悪いからさ」


 それ以上聞くのを恐れた一帆は口を挟もうとしたが、紫苑の緩やかな口調が遮った。


「あの子を使って、あいつらに復讐してやろうかと思って」


 短くなった煙草から、煙が流れる。


「誰よりも強い癖に単純で騙されやすいあの子が、俺にとって唯一で最強の武器だから」

「……青也を利用しているってことですか?」

「君達よりは正当性があると思わない? まぁあの子は強く育ってくれたよ。正義の味方として、強く」

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