2.殺し屋の末路
「僕達はそれを『
「ある場所、なんて勿体ぶったこと言うなよ。何処だ?」
「勿体ぶってはいません。場所は東都三丁目、昔の連盟本部があった位置です」
その答えは青也を驚かせるには十分だった。思わず竿を握る手に力が籠り、針の位置が川の中で大きく動く。
「あんなところに殺し屋埋めたのかよ」
「まぁ各団体への牽制の意もあったのでしょう。青也が読んだというペーパーブックに書いてありませんでしたか?」
「東都駅かも? みたいなことは書かれてたけど」
東都駅から南北線に乗って五分。東都三丁目駅は十二年前まで妖魔士達にとって重要な場所だった。
全ての妖魔士が属する「妖魔士連盟」の本部があり、そこでは多くの妖魔士が局員として在籍していた。昔の資料を見れば、駅の周辺がどれだけ賑わっていたかは一目瞭然である。今でも年嵩の妖魔士達は、連盟本部のことを「三丁目」と呼ぶほどだった。
青也は当時まだ小さかったから記憶にはないものの、父親に連れられて何度か行ったことがある。其処に死体が埋まっていたと聞かされれば、驚くのも無理はないことだった。
「月追いは別の場所で五人を殺し、それを当時の連盟本部に埋葬しました。五人を一人で運んだ。これが何を意味するかわかりますね?」
「想像させんなっての」
「すみません。……彼が五人を始末したのは、武蔵國南部にある廃旅館だと言われています。彼が撮影した動画に、その旅館の看板が映っているからです」
「動画?」
「はい。殺した証拠を収めた動画です」
うえ、と青也は舌を出す仕草をした。妖魔士としてマシラを殺すことには慣れているが、それとこれとは話が異なる。
少なくとも青也は人を殺したことはないし、そのような場面に遭遇することも殆どない。
「悪趣味な野郎だな」
「もっと悪趣味なのが、それをわざわざ見た「彼」です」
「あぁ、そうだった。お前、それ話しに来たんだもんな」
そもそも青也が薔吾に会うきっかけとなったのは、釣りの準備をしている時に入ってきたメールだった。
「鳳凰宮の遣いがいなくなったのは、その動画が原因か?」
「はい。元は別件で東都に来ていたのですが、急に「清鐘事件を調べてくる」と言っていなくなってしまったんです」
薔吾は溜息をついて首を左右に振った。
「東都で勝手な行動を取られると困るんですよ。彼の本来の目的については僕が引き継ぐから良いとしても」
「何のために来たんだ、あいつ」
「秘匿事項です」
「あっそ」
青也は釣糸の先を見つめながら、「
「青也の方に何か連絡がないかと思ったのですが」
「あ? なんで」
青也と郁乃が友人同士であることを、薔吾は知らないはずだった。どこかで露呈したのかと身構える青也に対し、至って簡潔な答えが返ってくる。
「月追いは青也の大叔父様でしょう?」
「……え、そうなの?」
きょとんとする青也に、薔吾も驚いた表情を返す。
「御存知なかったんですか」
「知らない。聞いたこともない。じゃあ俺あのゴリラの親戚なのかよ」
「波条流の統帥をゴリラと呼ばないで下さい。確かに顔は濃いですが」
「ショックだ」
青也は竿を引いて釣り糸を手元に戻す。餌が半分食いちぎられていたが、魚の姿はない。
「月追いと波条流統帥には、腹違いの年の離れた姉がいました。それが青也の母方のお祖母様です」
「……あ? ちょっと待てよ。俺の母親は
「えぇ。お祖母様が嫁いだ先が御影院流です。なので青也のお母様は月追いの姪になりますが、生年月日を見ると月追いより年上です」
「ややこしくねぇか?」
「まだマシでしょう。これでややこしいと言っていたら、
青也は両親を早くに亡くしてしまったことや、他流派と疎遠になっていた時期が長かったことなどあり、自分の出自に関しては殆ど知らない。
親類というものもいまいちわからないが、十妖老になった時に祝いに来た「父親の従兄の妻の甥」や「母親の叔母の従兄弟の孫」あたりは他人だと思っている。妖魔士でもなければ挨拶一つしたこともない彼らは、青也の世話役によって速やかに退出させられた。
「遣いがそのことを知っていたら、俺のところに来るのか? それも意味不明だぞ」
「月追いは阿波の出身ですが、亡くなったのは東都ですから。何か最後に託しているかもしれないと考えても不思議ではありません」
「誰にだよ。託したとしても全部燃えてるだろ。俺と叔父さん以外は遺体すらまともに残らなかったんだからよ」
そもそも郁乃が本当にそれを疑うのであれば、真っ先に青也に尋ねに来るはずだった。郁乃は高慢な性格で暗殺を生業にしているが、死者への敬意は持っている。青也の両親や親族の形見を無断で漁るようなことはしない。
「紫苑様が持っているかもしれないじゃないですか。年齢は近いはずです」
「あの人が、誰かと、親しくしてるの、見たことあるのか?」
言葉を区切りながら尋ねれば、薔吾は苦笑いしながら否定を返した。
「ありません」
「だろ」
才能も社交性も協調性もない青也の叔父は、恐らく今日も午後まで寝ている。起こして尋ねたところで、意味のある答えが得られるとは思えなかった。
「鳳凰宮の遣いが東都に来てるのも俺は知らなかったし、ここ数日は変わったこともねぇよ」
「そうですか。……しかし彼から連絡がないのも解せません。どんな時でも定時連絡は欠かさない人ですから」
少し心配そうに言う薔吾に、青也は軽い口調で返す。
「探しに行ってやれば?」
「僕は仕事中です。職務放棄した人間を追って自分まで職務放棄なんて洒落になりませんよ」
「何て言うんだっけ、そういうの。犬も歩けば棒に当たる?」
「ミイラ取りがミイラになる、です」
「それだ、それだ。でもよぉ、あいつが仕事サボって何処に行こうと、お前には知ったことじゃないだろ。別の十妖老に言いつければ、何かしら罰は食らうと思うけど」
青也にあるのは十妖老としての最低限の権利だけであり、直属妖魔士を直接管理することは出来ない。それは薔吾もよく知っている。
「もしかして仲間意識でも芽生えた? 遣いが処罰されるのは可哀想だから、他の連中にバレる前に連れ戻そうとか?」
「冗談は辞めて下さい。彼を助けるぐらいなら、青也と二時間話していたほうがマシです」
「あれ、聞き捨てならない」
暗に話すのが苦痛だと言われた青也は悲しむ素振りを見せるが、薔吾の反応は冷ややかだった。
青也がその程度で傷つくような人間でないことを、長い付き合いから知っているがためのものだった。
「偶には彼に恩を着せるのも悪くないと思ったんですよ。彼が持っている情報で欲しいものがありましたし」
「相変わらず腹黒いな」
青也は釣り竿を少し動かしながら、素直な感想を零す。
「俺はお前の言う「秘匿事項」にも、欲しい情報とやらにも興味はねぇし、鳳凰宮の遣いが何しようと知ったことじゃねぇんだよ」
「そうでしょうね。何か手掛かりがないかと思って、つい」
申し訳ない、と頭を下げようとした薔吾を青也は手の動きだけで留まらせる。
「俺が遣いを探してきてやるよ」
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