9.美少年と廃墟

「前から思ってたことだけど、青也は危機感ってものが無さすぎるよ。そりゃ一人である程度のことはどうにか出来るのかもしれないけどさ、あらゆる行動には「予防」が必要なわけ」

「よぼう?」

「何か危険なことが起こるんじゃないかって考えながら動くってこと。青也がただの一般人なら好きにすればいいよ。でも、自分の立場は自分が一番よくわかってるよね?」


 同い年に諭されるように言われて、青也は若干機嫌を損ねる。だが郁乃の口調は弱まる気配もなく、寧ろ強くなっていた。


「全部疑ってかかれって言う訳じゃないけどさ、ちょっとは周りを信じすぎる癖をやめたほうがいいよ。騙されたらどうするの?」

「ボコボコに殴る」

「ごめん、言い方を変える。騙されたことに気付かないうちに、どうしようもないところまで行くこともあるでしょ。気付いた時にはもう手遅れ、みたいな罠を張る奴は大勢いるんだからね」

「まじかよ。世の中って怖いな」


 素直な感想を口にしたあと、青也は気付いたように「罠」と呟いた。


「罠か。なるほど」

「俺の言いたいこと伝わった?」

「月野稔って相当性格が悪いな」

「あれ、話が変わっちゃった」


 郁乃は青也の思考の飛躍に対して、不満そうに一言零しただけだった。青也という人間が人の話を聞かないことなど、十年前から知っている。


「何か思いついたの?」

「あぁ。この一帯が巨大な罠になってると考えたら、色々説明がつく。事件が起こったのは明暗二十七年の師走で、月追いが死んだのはその八ヶ月後。でも殺し屋の抗争自体はもっと前からあったんだろ?」

「その更に一年以上前からだね」

「五人の殺し屋を此処に追い詰めて殺したって話だけどさ、何も集めて殺す必要なんかねぇだろ? 月野稔がどれだけ優秀な「始末屋」だったら知らないけどさ、一対五の戦いなんかわざわざ仕組むか?」

「確かに、俺もそれは不思議に思ってたよ」


 自らも暗殺業に身を置く郁乃は、青也の疑問に対して素直に是を返した。


「報告書や動画を見る限り、月追いは倫理や道徳が壊れた人間だけど正気だった。殺し屋を山に集めて殺したなんて、彼らしくもない手段だ。そう思って動画を注意深く見て、廃墟の劣化に気付いたんだけどね」

「そんで、此処まで来て商店街から出られなくなった。でもお前が此処に来たのはあくまで偶然だろ。当時、この事件を聞いて即座に不自然さに気付いた連中がいるはずだ。それは……」

「五人の殺し屋」


 青也の言葉を先回りした郁乃は、悪戯っぽい笑みを見せた。それに対して青也は顰め面を作る。


「人の台詞奪うなよ」

「青也に解説されると調子狂うんだよね。もし「五人の殺し屋を殺した」って話が嘘だったら、それに真っ先に飛びつくのは当事者たちだ。俺が殺し屋の一人だったら、まずは情報を集めようとするかな。そして真偽を確認するために、清鐘荘に向かう。商店街を通って山に向かおうとした殺し屋は出られなくなり……、そこを狙った月追いに仕留められる」


 郁乃は指を一本立てて、宙を掻きまわす仕草をする。


「恐らくこれ一つじゃない。いくつも仕掛けがあったはずだ。殺し屋を残らず仕留められるような、狡猾な罠がね」

「そのために在りもしない事件を作り出した。……じゃあ、動画に映ってたのは? フェイクか?」

「いや、あれは本物のスナッフビデオだよ。多分、五人以外の雑魚か……あるいは邪魔になった妖魔士あたりかな。殺し屋を片付けるのに罠を仕組んだはいいけど、この手の物って、真相を知っている人が多ければ多い程失敗する傾向にある。特に十妖老なんかに知られた日には失敗間違いなし」

「何でだ?」


 自身も十妖老である青也は純粋な疑問を感じて首を傾げる。


「俺、そういうの口外したりしねぇぞ。他の奴は口軽いのか?」

「統帥の口が軽かったら、その流派はすぐに潰れてるよ。そうじゃなくて、こういう陰謀めいたものはね、皆がよってたかって自分の利益にしようとするんだ。本来の目的が崩れようがお構いなしにね」

「俺はそんなことしねぇよ」

「裏青蓮院流だって同じだよ。青也が何もしなくても、他に動く人がいる」


 心当たりがある青也は反論を飲み込んだ。情報の取捨選択や活用が出来ない青也の代わりに、幹部達が動いていることは知っている。

 それらが裏青蓮院流のためであることはわかるが、それぞれがどのような意味を持つかは青也には理解出来ない。理解出来ないまま、情報は姿形を変えていくつもの利益を生み出している。


「月追いはどうしても作戦を成功させたかったんだろうね。だから嘘の映像を作って、十妖老に信じ込ませた。既に終わった作戦に彼らは興味を示さないからね」

「じゃあ動画に映ってたのは……」

「月追いからしたら「小道具」だよ。作戦を成功させる小道具として、人を五人殺したんだ」


 郁乃はその美しい顔に似合わない、歪んだ笑みを浮かべた。


「大した人だよ。俺には真似出来ない」


 自尊心の高い郁乃が口にした称賛は、皮肉めいた口調ながらも心底からのものだった。青也はそれを見て薄ら寒いものを感じながら、しかし平静を装って口を開く。


「大体は理解出来たけど、これからどうするんだよ。ここで仲良く二人で鬼ごっこでもするか?」

「悪くない提案だけど、十八にもなってする遊びじゃないね。でも確かに困ったなぁ。この商店街の罠を作った本人だったら、どうにか出来るんだろうけど」

「死んだ人間がどうにかしてくれるのを期待してんのか?」


 そう言った青也に郁乃は否定を返す。


「さっき言ったでしょ。この仕掛けは一人じゃ出来ないって。少なくともあと一人いるはずなんだよ。月追いが仕事の内容を明かして、手伝って貰っても問題がない人間というのは限られる。例えば、俺の「先輩方」とかね」

「元直属妖魔士か。それは無いな」

「何で」

「だって、当時の直属妖魔士で死んだのって月野稔だけだろ? 他の三人はお前も知ってる通り、ピンピンしてる。いつだって解除出来るはずだ。そいつも十二年前に死んだんじゃねぇの?」

「となると打つ手がないじゃん」


 郁乃は革手袋の両手で頬を挟み込むようにすると、情けない声を出しながら首を左右に振る。格好と背景だけ変えれば、恥ずかしがる美少女に見えないこともない。


「やだやだ。俺みたいな超絶美少年がこんな朽ちた商店街で死ぬなんて。俺、死ぬときは青い薔薇に囲まれた寝台で寝るって決めてるのに」

「青い薔薇の入った棺桶? 悪趣味だな」

「ベッドだよ。まぁその棺桶も魅力的だけど」

「俺は沢山のにゃんこに囲まれて死にたい」

「あ、それもいいな」

「少なくとも、こんな意味わからんところで知り合いの変態とくたばるなんて嫌だ」


 明確に拒絶を示した青也に、郁乃はショックを受けたように固まる。


「変人に変態って言われた……」

「誰が変人だ」

「いいじゃん、廃墟で美少年と死ねるんだよ? 中世の画家だったら大喜びで題材にするよ」


 黒づくめの暗殺者はバレエの演目のように腕を広げてポーズを取った。青也はそれを冷たい目で一瞥する。


「よくねぇよ。お前だって数秒前に嫌だって騒いでただろ。まぁお前が死んだら手持ちのライターで生焼け程度に焼いてから食うから気にせず先に死ね」

「カニバリズムに躊躇がない……。怖い……」

「だってこんなところじゃ飯にもありつけないだろ。山鳩でも飛んでれば捕まえるけどさ」

「何処で身に着けたの、その技術。……ん?」


 郁乃は無駄に凝ったポーズを止めて平素の様子に戻ると、上空を睨むように見上げた。


「そういえば、鳥がいないね。犬や、猫も。それどころか死体の類がない」

「死体って、動物のか?」

「人間含む、だよ。いくらなんでも十年も誰も入り込まないなんてありえないでしょ。鳥や猫、虫だって此処には入り込む筈だ。廃墟には鼠のフンがお約束だけど、そういったものは殆ど見られない」

「つまり、どういうことだ?」

「ある条件を満たせば、この無限ループの中から出れるかもってことだよ」

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