9.襲いかかる記憶

 青也の蹴り飛ばしたマシラは、障子を突き破って裏庭に転がり落ちた。そこにいた他のマシラ達は、仲間が倒されたとみると、すぐにその死体に群がって、肉を貪り食う。

 その群れの中に飛び込んだ青也は、刀を一振りして十匹ほどのマシラを斬り殺した。


 いずれも犬のような形をしているが、顔の半分は鳥のような嘴がついている。猛禽類の嘴とよく似ていて、触れればただでは済まないことは一目瞭然だった。


「強い強い」


 右半身の崩れた男が、家の中から拍手をする。

 この状況にも関わらず、悠長に胡坐をかいているのを見て、青也は舌打ちをした。


「手伝ってくれねぇのかよ。あんたも妖魔士だろ?」

「生憎、右利きなんでね。あまりよそ見しない方がいいぞ。俺の体はそいつらが食らったんだ」


 青也は飛び掛かってきたマシラを、再び蹴り飛ばす。鋭い嘴が脛を掠めて、鋭い痛みが走った。


「記憶なのに、なんで……」

「怪我をするのかって? お前が記憶に取り込まれて、同位相の存在となっているからさ」

「どーいそー?」

「同じ世界の存在ってこと。本来は、同じ記憶を有していなければ、深刻なダメージは受けないんだけど、お前は覚えちゃってるみたいだな?」


 左右からマシラが飛び掛かる。大きく開いた嘴の中はピンク色の肉と、小さな歯があった。噛み砕くというより、磨り潰すための形状に、青也は思わず眉を寄せる。


「趣味悪い」


 半歩後ろに飛びのき、頭の中で式を構築する。

 如何なる状況でも、青也は攻撃手段だけは見失わない。自分が頭が良いとも、臨機応変だとも思っていない青也にとって、戦いの中で頼れるのは己の腕のみだった。


 攻撃手段を失えば、自分の命も落とす。

 その極端とも言える精神は、六歳の時から構築されて来たものであり、同い年の妖魔士達が、自分の命を守るために戦うのとは一線を画していた。


光明蓮華コウミョウレンゲ!」


 水の妖気で構築された刃が、マシラを切り裂く。

 だがそこで立ち止まる暇はなかった。青也は庭を見渡すと、まだ残っているマシラを視認する。動き回っているのもいるためにわかりにくいが、約十匹。少なくとも九匹より少なくはない。


 青也は広範囲に攻撃を与える式を構築し、刀を逆手に持ち直した。

 妖気を刀に漲らせ、切っ先まで覆うイメージが脳裏に浮かぶ。妖魔士にとって、イメージというのは優劣を決める要素の一つでもあった。

 制御困難な妖気を操るには、その力をどのように使うか、自分の中で明確に定める必要がある。例え妖気が強くても、そのイメージが出来ない者は妖気を暴発させてしまい、最悪の場合は死に至る。


「裏青蓮院流……神風蓮華ジンプウレンゲ


 刀を地面に突き刺し、地中にある水分に対して妖気を放出する。

 妖気と結合した水が、それぞれ鋭い刃となって地中から突き上がった。地面の上にいたマシラを、次々とその刃で裂いていく。


 青也はその時、庭の隅に首のない男を見た。

 土間で自分が切り裂いた男は、こちらに右手を振っていた。


 青也は短く息を吸うと、刀を強く握り込み、更に妖気を注ぎ込んだ。青也が立っている場所を除いて、無数の刃が地面から出て、マシラも男も、木々も草も全て平等に切り裂いた。

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