4.冗談は一度きり

 それは軽い冗談でしかなかった。例えばテストの点がよかった友達に対して、財布を落とせとか犬のフンを踏めとか言うような、極めて気軽な呪詛。成就することなど微塵も思わないようなものだった。


 淳平が口にするのとほぼ同時に、二人の前の道路をトラックが通過した。鉄工所の名前が書かれた古ぼけたトラックの荷台には、鉄骨が束ねた状態で積まれていた。

 鉄骨同士を束ねた太いロープは鮮やかな赤色で、青也も淳平も無意識にそれを目で追いかける。一見すると太くて頑丈なロープが紙のように千切れた時も、二人はそれを視界に収めていた。


 鉄骨同士がぶつかり合い、大きな音を立てながら崩れ落ちて来る。トラックのスピードと風向きのため、鉄骨はその端を大きく振り切るようにして、青也の上半身に向かって轟音を立てながら迫った。


「クソッ」


 青也は反射的にそう吐き捨てながら、足元を蹴ってベンチから転がり落ちる。この距離と鉄骨の大きさから考えて、真正面から防御したり、迎撃するのは不可能だった。妖魔を使う暇すらないというのが理由の大部分を占めるが、青也は元から腕力には自信がない。

 刀があればまだ話は別だが、それは今、淳平に預けてしまっている。自ずと導かれる結論としては、腕力以外でどうにか生き延びるしかない、ということだった。


 膝を曲げて、地面に触れるほど体を屈める。全身のバネを使って前方へ跳びながら、両手をアスファルトにつけた。太陽に熱された表面に皮膚が焼かれ、痺れるような感覚が走る。それが痛みに変わる前に両足を思い切り振り上げた青也は、その場で見事な前方転回を決めた。


 振り切られた鉄骨は、青也の足が宙を切った後を通り過ぎて、ベンチの後ろ側の植え込みへと飛んでいく。続けて二本目、三本目が重力に任せて転がり落ちるが、ほぼ同じ軌道だったため、青也の体には当たらなかった。


「青也!」


 鉄骨の向こう側で淳平が焦った声を出す。そちらには鉄骨の影響がなかったのか、ベンチの影に隠れて首だけ出している状態だった。


「生きてる?」

「何とか」


 トラックは十メートルほど通り過ぎた場所で停止し、運転手らしき初老の男が走り寄ってくる。顔には汗が浮かんでいたが、暑さのせいばかりとも言えないようだった。


「君たち、大丈夫か?」

「うん、何とか避けられたから」


 青也はそう答えると、手のひらを少し擦りむいた以外に怪我がないことを示した。だが、相手は眉尻を下げて汗の浮いた額を拭う。


「病院に行ったほうがいいんじゃないか。どこか目に見えないところを痛めているかもしれないし」

「怪我には慣れてるから平気だよ。それより、聞きたいことがあるんだけど」


 ばら撒かれた鉄骨の上に、避ける時に落とした短冊が絡みついていた。


「この鉄骨、どこから運んできたの?」

「え? ……えーっと、駅の反対側だよ」

「そこに工場があるとか?」

「いや、工場はもっと離れた場所にあるけどね。この近辺は工事が多くて一度にすべて運ぶことが出来ないから」


 普通なら答える義務もないことを、運転手は気が動転しているためか素直に答える。鉄骨に潰されかけたのに平然としている青也のほうが、まだ落ち着いていた。


「この道の先にあるファストフード店の前にビルあるだろ? そこは?」

「そこにもうちの製品が使われているよ。そういえばさっき、そっちでも何か……」

「ありがとう」


 青也はさっさと話を切り上げて、離れたところで立ち尽くしていた淳平の方に駆け寄った。


「行くぞ」

「何処に?」

「一旦、駅から離れる。此処にいる限り、いくらでも鉄骨が襲い掛かってくるからな」


 何で、と聞き返しかけた淳平の前に、青也は自分の携帯端末を突き付ける。そこには着信中を示す画面と、「秋月玲一路」の名前が表示されていた。


「あいつも調べ終わったみたいだしさ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る