5.謎の事故

『東都駅を中心とした半径一キロメートルに絞り込んで、鉄骨による事故がどれぐらいあるか確認してみたんだ』


 駅から離れた場所にある運動公園の前で、青也と淳平は携帯端末から聞こえる声に耳を傾ける。どこかの草野球チームが試合をしているようで、独特の応援が聞こえてくるほかは静かな場所だった。


『そうしたら、毎年七夕の時期に集中していることがわかったよ』

「何年前まで遡れる?」

『五年前だよ。七夕の日に東都駅近くの資材置き場で、鉄骨が崩れた下敷きになって、男が一人死んでる。それで面白いことに……』

「他の事件も、そこの資材置き場から出て行った鉄骨だって言うんだろ?」


 玲一路が驚いた声を出した。


『よくわかったね』

「さっき、そこから来たトラックに積んであった鉄骨が俺の頭潰そうとしたからな」

『え、なんで?』


 青也は相手の疑問に対して、豊富ではない語彙力と思考回路を繋ぎ合わせる。面と向かって話す分には、まだ身振り手振りや雰囲気で言いたいことが伝わることが多いが、電話となるとそれが出来ない分、意思疎通が難しい。


「五年前のは事故か?」

『どちらとも言えないみたい。死亡したのは若いヤクザで、多方面から恨みを買っていたようだから。当時、重要参考人として女子高生が一人、警察に任意同行したらしいけど』

「お前、難しい言葉を連発するなよ」

『刑事ドラマでも見てれば普通だよ。僕、そういうのよく見るし。その女子高生は、箱入りの資産家令嬢で、ヤクザに乱暴された過去があったんだって。最もそれは、事情聴取で明らかになったらしいけど』

「あ? じゃあなんでその女子高生は警察に行ったんだ?」


 電話の向こうで、玲一路が「うーん」と呟く。


『僕も不思議だったんだけどさ、死んだヤクザが短冊を握りしめていたらしいんだよね』

「短冊?」

『うん。どこにでもあるような画用紙で作ったものでね、二枚組になっていたんだって。一枚目には死んだ男の名前。そしてもう一枚には恨みの言葉の羅列。「死ね」とか「苦しめ」とかね。 その二枚の短冊を調べたら、彼女に行きついたんだって』


 玲一路はそれに続けて、短冊一枚からどのように女子高生まで行きついたか話し始めたが、青也はその殆どを聞き流していた。かろうじて聞いていたことと言えば、その女子高生はヤクザを憎んでいたのは確かだが、その日には絶対的なアリバイがあったために解放されたということだけだった。脅迫でも行わない限り、人へ憎悪を持つことは犯罪ではない。


『それに鉄骨は鎖で結束されていてね。とてもじゃないけど人の力で引きちぎったり、なおかつそれを人の頭の上に落としたり出来る状態じゃなかったから、事故で片づけられたらしいよ』

「事故ってのは、マシラの悪戯も含まれるよな?」


 人々に危害を加える「マシラ」は、人間たちの憎悪などからも生じる。彼らが何をしようとも、それは事故であり、事件にはならない。


『うん。東都駅の周りはマシラが多いから……』

「わかった。ありがとな、玲一路」

『え、待って。それだけな……』


 再度強制的に通話を切った青也は、淳平の方を振り向いた。


「行くぞ。武器持ってるよな?」

「……マシラ退治?」

「当たり前だろ。妖魔士なんだから」

「お前といると、当たり前が当たり前か、ちょっと不安になるんだよ」


 淳平はギターのケースを開くと、中からナイロンで編まれた黒い布を取り出した。畳半分ほどの大きさもある頑丈な布で、四隅に小さな錘が付いている。嶋根流の妖魔士がよく用いる武器であり、妖気の使い方によって強度や伸縮性が大きく変化する。

 戦闘において便利な反面、高い技術力を要される武器であり、淳平のような若い妖魔士が使うことは珍しかった。


「で、何処に行くんだ?」

「資材置き場。街中だと人の迷惑になりそうだし」

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