6.資材置き場の二人
東都駅近くの資材置き場は、四方を鉄製のパーティションで囲まれており、出入り口は蛇腹状の簡易シャッターが取り付けられていた。大きな南京錠で閉ざされていて、少し錆びついているものの、無理やりこじ開けられるようなものではない。
資材置き場のすぐ前は狭い歩道で、そこを横断して道路に出れるようになっていた。元々人通りが少ない場所なのか、歩道脇の雑草は一切手入れされておらず伸び放題だった。
「トラックが通り過ぎた時に、微かにマシラの気配がしたんだ。これまでの条件を考えると、この資材置き場に住み着いているマシラだと思う」
青也がそう切り出すと、淳平が「あぁ」と納得したような声を出した。
「確かに、ちょっと気配はしたかもな。でも東都駅周りじゃ珍しいことでもねぇから忘れてた。そいつが鉄骨を人に当ててたってのか?」
「マシラの中でもかなり特殊な条件で発生したタイプだと思う。……この鍵、開けられるか?」
「気軽に言うなよ。えーっと」
突然の無茶な要求にも、淳平は慣れた様子で応じて、足元に目を凝らす。そして誰かが捨てて行った針金を見つけると、それを拾い上げて先端をわずかに曲げた。
「これでいけるだろ。蔵の錠前に比べたら単純な構造だし」
扉の前にしゃがみこんで、淳平は針金を鍵穴に挿入した。
マシラは廃屋などを住処とする場合があるため、妖魔士の中には開錠を専門に習う者もいる。淳平は先輩にあたる妖魔士から習って、その技術を身に着けていた。青也がその腕を初めて見たのは在学中のことで、使われていない飼育小屋に迷い込んでしまった子猫を、見事救出した。
「んで?」
鍵を開けながら淳平が続きを促した。
「……ここで死んだヤクザは沢山の人から恨みを買っていた。特に短冊を書いた女子高生がいい例だ。乱暴されて、誰にも言えず、でも憎しみだけが膨れ上がって、どうしようもなくてあの短冊を書いたんだと思う」
「無力ゆえの神頼みってやつか」
「でも女子高生の憎しみを果たしたのは、神様じゃなくてマシラだった」
様々な恨みが一人の男に降り積もり、それに女子高生の渾身の「願い事」が重なったことで、大きな歪みを生み出した。その歪みから生まれたマシラは、鉄骨を束ねていた鎖を千切り、男を下敷きにして殺した。
「女子高生は多分、それを知って喜んだと思う」
推測でしかないが、確信を持って青也が言う。その語尾に被さるようにして、南京錠が開く音がした。
淳平は錠前を外して丁寧に地面に置くと、蛇腹のシャッターを左右に押し広げて、人が入れる隙間を作る。
「入るか?」
「一応警戒しろよ。まぁ今のところはマシラのターゲットは俺だけど」
「そこがわかんねぇんだよな。最初のヤクザはまだいいとして、そのあと七夕の時期に死んでいった人たちはどうなんだよ?」
警戒しながら二人は中へと足を踏み入れる。テニスコートほどの広さの資材置き場には、鉄骨が種類ごとに分けられていて、それぞれ雨水を避けるためのシートがかかっていた。
奥には休憩に使うらしい小さなプレハブがあった。喫煙所も兼ねているようで、煙草の吸殻を入れるための赤い缶が置いてある。
人はおろか、マシラの気配すらない。道路を走る車の音が妙に甲高く聞こえるだけだった。青也は辺りを見回してから、フォストフード店からずっと持っていた短冊を取り出す。「災いがふりかかりますように」という願い事が風に揺れた。
「女子高生の書いた短冊は二枚組じゃなくて、これを入れて三枚だったんだ。一枚だけマシラが取っていった。多分これがマシラが力を発揮出来る条件の一つなんだろうな」
「要するに……」
淳平は宙を見上げて考え込みながら、人差し指を回す。
「そのマシラは、複数条件を満たすと出てくるってことか」
「そういうことだと思う」
「……七夕の日に、短冊があって、願い事をして、名前を言うと発動する?」
「残りの二枚の短冊の内容に合ってるだろ。一枚には恨み言。もう一枚は相手の名前。あとこの資材置き場の鉄骨がある場所だな」
憎悪の中から生まれたマシラは、衝動のままに人を殺した。だがそれに対して喜んだ者が現れたことで、マシラには感謝されたことによる「愉悦」が生じてしまった。
己の欲望を満たすために、マシラは条件に合致した人間に対して鉄骨を落とし続けた。これまで誰もそれに気付かなかったのは、マシラが条件を満たした時にしか出現せず、また意図的に揃えた者もいなかったためだった。
「じゃあ、最初に俺に鉄骨が突っ込んできたのは……」
「マシラが近くに、短冊を持った状態で潜んでたんだろうな。んで、淳平確かあの時に、「名前」と「願い事」を言っただろ。そのせいで鉄骨が突っ込んできたんだ」
だが青也の咄嗟の行動により、淳平は鉄骨を回避した。想定外の出来事にマシラは短冊を落としてしまった。
それを持ち歩いている状態で、今度は淳平が青也の名前と願い事を口にした。偶然、鉄骨を運ぶトラックがそこにいたため、マシラは条件を満たして、青也に向かって鉄骨を飛ばした。
「じゃあその短冊破けばいいんじゃないか?」
「それだとマシラ本体を倒したことにならないだろ。どこかの物好きが「災いが〜」って言わないとも限らないし。だったら、敢えてマシラをおびき寄せて倒したほうが楽だろ」
青也は悪戯っぽく笑いながら、短冊を口元に当てる。それを見た淳平は、嫌な予感がして口を歪めたが、青也の方が早かった。
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