5.荒っぽい侵入
木の根ではなく床を見ていた青也は、そこに落ちていたものを見て歓声を上げた。両手で持ち上げたのは賞状などを入れる額縁のようで、木によってどこかから払い落とされたものだと思われた。
「おい、お前な」
「これ、妖魔士連盟の発行文書だぜ」
青也は額縁の中に入っている一枚の紙を指さした。その左下に「妖魔士連盟本部」と達筆でしたためられているのを見て、宗雪も驚いた顔をする。
全国の妖魔士を管理する組織の名前が入ったものが、何故潰れてしまった民間企業にあるのかわからない。
「何が書いてある?」
「んー……、何かのソフト作ってたみたい。本部で使うアプリケーションとか作ってたのかな?」
青也は日焼けと損傷により半分以上が読めなくなった紙から、汲み上げられる情報だけを繋げていく。
「株式会社IDR。ソフトウェア開発の……これ、何て読むんだ?」
「委託。まぁ任せる的な意味だな」
「あ、SoltやSugerって此処で作ってたんだ」
それは今でも妖魔士達が、マシラ退治の報告などを行う時に使用するアプリケーションの名前だった。
それを作っていた会社が灼龍事件によって無くなり、そしてマシラの巣に潰されたというのは、あまりに出来すぎた話のように思われた。
「開発責任者……これも読めねぇんだけど。トウカイバヤシ?」
「ん? お前、これは読めないとまずいだろ。「ショウジ」は」
東海林と書かれた文字を見て、宗雪は溜息をつく。
「反妖魔士連合の副総裁と同じ苗字だろ。覚えておけよ」
「同じ苗字か。関係者かな」
「まさか。反妖魔士連合の関係者が妖魔士連盟のソフトを作ってたなんて、ゲームでも今時見ないような展開だぞ」
青也の手から額縁を取り上げた宗雪は、それを遠くに放り投げた。玩具を奪われてしまった青也は、悲しそうな声を出す。
「もうちょっと見たかったのに」
「見てどうするんだよ。それより早いところ調べに行くぞ。まだ木にすら登ってないんだからな」
「あ、そうだった」
思考が脇道に逸れたことで、当初の目的を忘れていた青也は目を見開いた。
「お前、そんなんでよく十八まで生き延びて来たな。いや逆か、そんなだから生き延びれたのか」
「別に今まで危険な目に遭ったことなんかねぇもん」
「いつだったか、マシラに喰われかけてなかったか?」
「普段からあの手の仕事はよく回ってくるから、特に危険とも思わねぇ。オッサンだってそうだろ?」
宗雪は「まぁな」と呻くように言った。
流派で特別な役割を持つわけでもない、あくまでただの「門下生」である宗雪は、時間に融通が利くために色々と仕事を押し付けられることが多い。
また、青也同様に宗雪も「多少危険な仕事を与えても問題ない」と思われているため、一歩間違えれば命とりのような事も頼まれる。
「何が危険だか、いまいちわからなくなってるのは認める」
「他の連中も、俺達に押し付けねぇで自分でやればいいのになー」
青也は文句を言いながら、木の根に押し上げられていたデスクに飛び乗った。十年以上放置されていた割りに頑丈な天板は、青也の体重を何とか支える。
「おい、だからその後先考えずに行動するのをやめろって」
「後先考えずにタトゥーをガンガン彫った奴に言われたくねぇよ」
不安定な天板の上でバランスを取りながら、青也は天井を突き破る木の根に手をかけた。中から染み出した水分と、表面の泥が混じって掌にまとわりつく。
「うーん……どうしよっかな。木登りの基本はまず最初の手の位置だけど」
青也は総じて身体能力が高いが、腕力だけは平均である。非力と言うほどでもないが、自信を持てるものでもない。
幼馴染の女装癖ロリコン変態男に腕相撲で負けたのは、末代までの恥でもある。
折角、木登りするためについてきたのに、最初から失敗しては恥ずかしい。悩みに悩むこと、三秒と少し。青也は両手を胸より少し上に上げて、木の根を掴んだ。
「おい、青也。昇るなら足場を……」
「ファイトー! オー!」
突然、体育会系の掛け声を出した青也は天板を思い切り蹴った。腕力には自信はないが、脚力は別である。
壊れかけていたデスクの天板が割れて、後方に弾き飛ばされた。宙に浮いた爪先で、背中から頭へと弧を描く。
勢いに任せて背中を反り、爪先が頭を越えて木の根についた瞬間に青也は両手を放す。腹筋に力を入れて上体を起こしながら前方に体重を掛け、無事に木の根の上に足を着いた。
一瞬の出来事の後、デスクが崩れ落ちる音が室内に響く。
それを見守っていた宗雪が大きな溜息をついた。
「おい。俺はどうやって登ればいいんだ。良いところにあったデスク、壊しやがって」
「あ、ごっめーん。手ぇ貸そうか?」
「いらん。それよりもう少し上に登れ」
宗雪が持っていた弓を構えるのを見て、青也は慌てて移動した。一度登ってしまえば、あとは木の根が複雑に絡まっているのを手掛かりにすれば良いので、比較的登りやすい。
外から見た時は、大きな一本の木に見えていたが、実際には細い木々の集まりのようだった。蔓のようにそれらが複雑に絡み合い、交わり、分離しながら上へと伸びている。植物で出来た籠の中に放り込まれたような、そんな気分を青也に与えた。
割れた天井の穴から上へと登る。そこも会社のフロアのようで、木の根に「社長室」と刻まれたプレートなどが引っかかっていた。
青也が何となくそれに手を伸ばしかけた時、階下で眩い光が走った。首を曲げて下を見ると、青也が最初に足を掛けた木の根が縦に分断されており、その中心に矢が一本突き刺さっていた。
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