7.過去の一幕

 明暗二七年、師走。

 十妖老直属妖魔士、月野稔は朽ちた旅館を歩きながら鼻歌を歌っていた。数年前に捨てられた町の中で、この旅館は山間にあるにも関わらず強い存在感を示していた。


「百年以上経ってるな、これ。勿体ねぇの」


 稔は二四歳になるまでは普通の妖魔士だった。自身も優れた妖魔士だったが、兄のほうが数段優秀であるために影に隠れてしまっていた。

 お調子者で、可愛い女の子を見れば見境なく口説いては振られ、さらにそれを友人たちから揶揄われても懲りない。そんな普通の若者だった。


「此処が大広間。あっちの血は首を突き刺した時に出た血。あれだけ出ても逃げるんだから大したもんだよな」


 元々、直属妖魔士の候補に挙がっていたのは稔の兄だった。候補が変わったのは単純な理由である。稔の兄はもっと重要な役職についていて、今更直属妖魔士にするメリットがなかった。

 十妖老達はその代用品として、能力が劣る稔を選出した。だが、稔は期待よりも上回る成果を出した。それが全ての不幸の元だった。


「一階はこんなもんかな。二階も一応映しておくか」


 十妖老達は稔に、最初に与えた「追跡」以外の仕事を求めるようになった。任務を受けるのは自由だと言いながら、彼らが稔の意向を認めたことはなかった。

 際限も加減も無い命令を残さずやり遂げながら、稔は始末屋へ変貌していき、そして気付いた時には取り返しがつかなくなってしまっていた。


「殺し屋を始末しろって、俺の仕事じゃないと思うんだけどな」


 廊下に出て、階段の方に向かいながら稔は愚痴を零していた。左手に構えた携帯録画機器は音声も拾うようになっている。動画を提出すれば、当然ながら十妖老達が稔の愚痴を聞くこととなる。それを十分に認識しながら喋り続けるのは、稔の一種の反抗心だった。


 十妖老が自分を罰するメリットなどないと稔は確信していた。もしそんな話が出ても、裏青蓮院流は断固として稔を庇ってくれるはずだった。

 「月追い」が仕事をしなくなれば、その仕事をするのは他の直属妖魔士二人。その二人はどちらも、裏青蓮院流の息がかかった妖魔士である。始末屋にさせたくないと思うに決まっている。


「でも十妖老の命令には従わないとなー。断りたいけど、断ると兄ちゃんに迷惑かかるしなー」


 わざとらしい口調で言いながら階段に足をかけると、潰れた声が聞こえた。稔は構わずに階段を昇る。その間にも、右手に引きずった「それ」は声を上げ続けていた。

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