40
迎えた十一日目。
競箒の舞台は雲上――
後発のグリフォン杯に刺激され、このバレ・ド・リュシュテリアでも取り入れてからは久しい。
切り分けた
その経路は一本道であるが、曲がり具合や起伏が激しい。
本家グリフォン杯が八〇里に対し、十五里と短いが、全日程を考えればバレ・ド・リュシュテリアの方が厳しいのは言うまでもない。
その開始地点となるカラッカの町は多くの人で賑わっていた。
その大半は『ノッティーユ』の名を呼ぶも、他の上位ギルド――とりわけ、『アマーリオ』の名を呼ぶ声も少なくない。
声援は確実に力になる。開始線から飛び立つ『ノッティーユ』の勢いは良い。
今回の
後続は、一つ上のギルドとの得点差を時間に換算し、遅れて飛ぶ。
二番手は『オルコック』、三番手は『アマーリオ』とあまり差はなかった。
しかしながら、ジノの姿はなかった。
町外れにある古びた酒場で、カウンターの上部に映し出された
「キミの選択は間違っていなかった」
隣で燻製肉をツマミに葡萄酒を煽るその人物の名はレオナルド・アレサンドリ。
同じルマディーノ人だが、どこか冴えない男で、ジノは妙な親近感を覚えたものである。
「まぁ、キミはクロではないけど……魔法を使えば
レオナルドは魔法医――先日マイヤが、消魔病に詳しいと言っていた人物である。
結局、疑いを晴らすことができなかったジノは、今日の競箒に出箒できなかった。
ソルドに部屋での待機を命じられ、大人しくしていたところ、レオナルドが訪ねてきたのである。
飯でも食べようと誘う彼の手には、フード付きのローブが握られていた。
ちょうど腹も空いていたし、折を見て、きちんと診断してもらおう、と了承して、今に至るのである。
ちなみに護衛役を務めるチャーリーには、レオナルド本人が退席を命じている。
「ほら、控えの彼は、なんと言ったかな……とにかく上手くやっているようじゃないか」
木杯を掲げるようにして投影像に映るジノの代わりを指す。
「確かにケニーさんは熟練ですけど……」
正直、突出した実力を持っているわけではない。
「……〝自分の出ていない競箒ほどつまらないものはない〟か」
図星を突かれたジノは飲んでいた果実汁をむせそうになる。
「ハッハッハ。キミはとてもわかりやすな」
どうもレオナルドのペースにのまれているような気がする。
なんとなく気に入らないので、ジノは話の矛先を変えてみることにした。
「……それ、誰の言葉なんです?」
「キミの親父だよ」
「え?」
「キミの親父――カルロとは魔法学院の同級生でね。ソルドと三人でよく悪さして先生に叱られたよ」
悪戯が成功したときの悪戯っ子のような笑みを浮かべるレオナルド。
まさかここで父を知る人物に出会すとは驚きを禁じ得ない。
「カルロの死について、僕は真相を知っている。聞きたいかい?」
無論である。ジノは力強く首肯した。
「そうだよね。まぁ、キミには話しておかなくてはならないと思っていたところだけど、一つだけ」
レオナルドは左手の人差し指をピンと立てる。
「キミが思い描いていた
「それって、どういう……?」
困惑するジノにレオナルドは苦笑した。
「親友だった僕がいうのも何だけど、カルロは少々手に負えない男だったんだ……」
そう口にしたレオナルドは、過去を語り始めた。
★★★
「へ? マジで何してんのキミは?」
魔法学院卒業以来、数年ぶりとなる再会の席で、カルロの放った言葉にレオナルドは愕然とした。
「完全に嵌められた……まさか、あんな手でくるとは……」
目の前の料理に顔を埋める勢いで頭を垂れるカルロ。
ソルドとともに、国内でも中堅の飛箒ギルド『ピッカルーガ』に入団し、最近、
酔った勢いとはいえ、同意の上、むしろ向こうから誘ってきたと言ってもよかった。
それでも、男なら責任を取らなければならない。飛箒士としてはまだ駆け出しであり、収入には乏しいが、互いを助け合えばどうにかやっていける。
もし無理なら、飛箒士を諦めて安定した収入を得られる職に就けばいいだけの話である。
だが、相手が悪かった。
彼女の名はニナ・ソルダーノ。
ルマディーノ王国の五大貴族の直系であり、現当主の
「なんでも、入団したときから俺のことを目に付けていたらしいんだ……それで、その……」
「避妊魔法をこっそり解除されたってわけか……」
カルロは力なく頷いた。
「いずれにせよキミが悪い。良くて斬首……悪くて撲殺の上、市中引き回しかな……」
「どっちも嫌だ! まだ死にたくない!」
「だって、相手が相手だし……」
「だから、こうしてお前に会いに来たんだ!」
カルロは顔を上げる。
限りなく余裕がない。こんな表情をするカルロを見るのは初めてだ。
「確かに、ソルドじゃお手上げの話だろうね」
レオナルドの実家――アレサンドリ家は、ソルダーノ同様、五大貴族の一つである。
やり手で、評議会でも発言力のあるソルダーノ家に唯一対抗できる家柄だ。
しかし、レオナルドの表情は硬い。
「キミ、僕が勘当されてるの知ってるよね?」
貴族の中には魔法使いもいる。だが、五大貴族のような由緒正しき貴族たちは、魔法そのものを忌避する風潮がある。
魔法の始まりは、まじないや占いである。
そのようなあやしげなモノを扱う者は一族に相応しくない。
レオナルドが魔法学院に入学する際に父から言われた言葉である。
「家は兄さんたちが継いでいるけど、父さんの偉功は根強いはずだよ。そんなところへ僕が行ったところで門前払いがオチさ」
力になってあげたいけど、と続けようとしたレオナルドに向かって、カルロは椅子から降りてDOGEZAをする。
「それでも頼れるのはお前しかいないんだ! このとおりっ!」
床に額を擦りつけるカルロ。
数年とは言え、寝食を共にし、彼の人となりは重々理解している。
決して悪い人間ではない。むしろ人が良すぎる。
その癖、脇が甘いので、隙につけ込まれてしまう。
それでも一度引き受けたなら最後までやり通す男なのだ。
そのカルロが八方塞がりで、頼れるのが自分だけという状況はこれまでになかったことだ。
「……わかったよ。ダメ元で頼んでみるよ」
「本当かっ!?」
「陛下のお気に入りのソルダーノ家には、散々、煮え湯を飲まされてきただろうから、その線でいってみる」
「恩に着るっ!」
DOGEZAを解いたカルロはぴょんと抱きついてきた。
「ちょ、僕にはそういう趣味はないんだっ! やめてくれっ! あと、みんな見てるっ!!」
「えっ? あ、アハハハ……」
他の客たちの白い目に気づき、カルロは離れた。
しかし、レオナルドが直談判することはなかった。
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