トゥルムンの森の上空に浮かぶ一隻の帆船『ニールギルス』。

 元は軍艦であったが、老朽化のため競箒協会へ払い下げとなった。

 現在は競箒に随伴するためにギルド関係者が搭乗する船として使われている。


 その大広間では、壁一面に競箒の模様を映す投影像ビジョンをギルド関係者たちが固唾を飲んで見守っていた。

 ソルドもその一人である。投影像に向かって右側の壁やや後方の目立たない位置で、先ほど通りかかった給仕からもらった葡萄酒の杯を傾けている。


「あら、ソルドじゃないの」


 声をかけてきたのはリュマ・ヘイデルだ。

 亜麻色の髪を結い上げ、露出度の高い臙脂のドレスで着飾っているが、貴族や大富豪の夫人ではなく、ギルド『ハインカーツ』のギルドマスターである。


「……派手だな。少しは年を考えることだ」

「あら、半年ぶりだっていうのに随分とご挨拶じゃない」


 追い払うつもりで皮肉を口にしたが逆効果だった。リュマは剥き出しの肩をくっつけるようにして隣に並ぶ。


「それで? どうなの?」

「どう、とは?」

「『アマーリオ』に決まってるでしょ?」

「……余所の心配よりも、自分のギルドの心配でもしたらどうだ?」

「うちの調子の良さは、流石のあなたでも知ってるでしょ?」


 リュマは勝ち誇ったように微笑を浮かべる。

 確かに、『ハインカーツ』は例年以上に調子を上げてきている。不動の主力飛箒士を軸に、出箒者同士の連携が取れており、特に若手の補佐飛箒士が良い仕事をしている。


「今年こそ総合優勝をいただくわ……あいつらを引きずり下ろしてね」


 リュマは視線を投影像に移した。

 投影像には、人数の少なくなった第一集団の先頭を行く、空色の飛箒士たちを映している。


 『ノッティーユ』。

 飛箒大国ルバティア王国が誇る最強の飛箒ギルドであり、過去十年に渡りバレ・ド・リュシュテリアを制している。


 その原動力となっているのが、『ノッティーユ』の最後尾を悠然と行く〝飛箒王ひそうおう〟アラン・クロードである。

 飛箒士としての実力は言うまでもない彼は、『ノッティーユ』のギルドマスターも兼ねる、辣腕の持ち主である。


「……」

「あら、どうしたの? そんな怖い顔しちゃって?」

「……何でもない」


 投影像を睨みつけたままソルドが答えると、投影像が別の場所を映しだした。

 『アマーリオ』だ。現在、十二番手で第一集団を追いかけているが、別ギルドの一人に邪魔されて、思うように速度を上げることができないようだ。


(間違いない)


 その飛箒から、ダーニャだとわかり、ソルドは内心で嘆息した。

 出箒者を発表した後、アリスたちと一悶着あったことは聞いた。その腹いせに『アマーリオ』を妨害しているのだろう。


「あら、あれって……?」

「どうかしたのか?」

「ほら、例の『エルベリンデ』よ」


 ダーニャの飛箒服の背中に書かれたギルドの名をリュマが指した。

 ここ二年で急速に力をつけた新進気鋭の『エルベリンデ』には、あまり良い噂を聞かない。

 言葉は悪いが、ろくな飛箒士がいないくせに、そこそこ大きな国際競箒で優勝しているのだ。十中八九、違法とされる高純度の魔力回復薬を使用しているに違いない。

 しかし、証拠は一切出て来ず、摘発されていない。


「きっと出資者が競箒関係者に圧力をかけているのよね」


 腹立たしげにリュマが顔をしかめた。

 大方の見解は彼女の言うとおりである。『エルベリンデ』は余程の大物の後ろ盾を得ているのだろう。


「どうにかして暴いてやりたいんだけど……」

「……やめておけ」

「なんでよ? 証拠さえ掴めばいいのよ?」

「おそらく貴族絡みだ。証拠を突きつけても処罰されないだろう。首を突っ込むと火傷するだけではすまんぞ?」

「じゃあ、このまま指を咥えて黙って見てろって言うのっ?」

「ああ」


 ソルドは鼻息荒げるリュマに投影像を見るように促す。


「うちの連中がどうにかしてくれるさ」


 どんなに強い魔力回復薬を使っても競箒に勝てないのであれば意味がない。

 それをダーニャにわからせてやれ、とソルドは心の中でジノたちに告げた。

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