経路コースはさらに激しさを増す。

 一瞬でも迷えば激突しかねない、迷宮のような難所が続き、その上、住処を荒らされたと激怒するモンスターたちから攻撃が加えられる。


 こちらが通過する頃合いを見計らって牙や爪を飛ばしてくる獣系はまだしも、厄介なのはノームだ。

 かつて、森の守り神ともいわれたノームは、高い知能を持つだけでなく、地属性限定であるものの魔法まで使える小人である。


 枝葉を鞭のようにしならせて打ちつけさせたり、地面から土壁を立たせたりしてくる。

 また、葉を投げナイフに見立てて放ってきたりもする。

 侵入者は生きて返すなと言わんばかりだ。ジノは肝を冷やしっぱなしである。


 見た目以上に頑丈な飛箒ひそう服で守られているとはいえ、飛箒に手を取られているため、反撃も防御もできない。避け、かいくぐり、ただただ飛箒し続けてやり過ごすしかない。


 それをアリスたちは平然とやってのけるのだ。

 ここしかないと思える最良の箒路ルートを瞬時に割り出し、最小限の操作で飛び込んでいく。


 とても人間業とは思えない。ジノは己の未熟さをまざまざと見せつけられた気がしたが、ここで置いていかれては、たちまちノームの攻撃の餌食になってしまう。それはもう必死についていくしかないのである。


 だが、いかんせん技量で劣るジノだ。アリスから遅れること二箒身そうしんの位置を保つのが精一杯である。


 しかしながら、この二箒身という距離が絶妙であった。

 アリスを狙ったはずのノームの攻撃が、まるで避けていくように目の前を通過していく。

 無論、ジノは生きた心地がしなかったが、無傷で競箒を続けることができた。


 そうして、どうにかこうにかノームの攻撃地帯を抜け、二番手のウーゴが顔を上げた。


『お? ようやく第一集団のお出ましか?』


 確かに、五〇箒身ほど先には十数名の飛箒士たちが見える。


『いや、あれは第一集団から脱落した者たちじゃろう』


 オッジの推測は当たっていた。前方の者たちは力を使い果たしたのか、若干ふらついている。

 第一集団の速度は調律師ルーラー並だった。対応できるのは強豪ギルドの主力飛箒士といった真に実力のある者だけだろう。


『じゃあ、先頭はまだまだ先ってことか?』

『そういうことじゃな』


 巨木の脇をすり抜けたところでオッジは、そろそろ代われ、と手話ハンドサインで合図し、後方に下がる。

 アリスも本来の定位置である最後尾に戻り、『アマーリオ』の並びは、ウーゴ、ジノ、オッジ、アリスの順となった。


『まあ、要は全部ぶち抜いて、仕上げはお嬢にお願いすりゃいいだけのこった。ジノ!』

「は、はい!」

『こっからは死ぬ気で付いて来い。さっきみたいに遅れたらタダじゃおかねえからな!』

「わかりましたっ!」


 ジノが返事すると、ウーゴは速度を上げた。

 まだ余力があるのか。ジノは改めて彼らの凄さを思い知るも、二の轍は踏まない。即座にウーゴの尻にひっつき、彼の箒路を辿っていく。

 そのジノにオッジとアリスが続き、一本の鎖となった『アマーリオ』は、脱落者たちを難なく追い抜いていった。


 かに思えたが、


「ぐっ!?」


 突然、左から衝撃を受け、ジノが〝チェイン〟から外れてしまう。


『言ったそばから何やって……っ!?』

『むう!?』


 ジノを咎めようとしたウーゴと、ジノの穴を埋めたオッジ、そしてアリスも気づく。


 ジノを弾き飛ばし、隣に併箒する緑色の飛箒服に身を包む者。

 体の線は女性であり、やや癖のある飛箒には見覚えがある。


『……ダーニャ』

『久しぶり……ってほどでもないかしらね』


 聞こえるはずのない『アマーリオ』専用伝心チャンネルでのアリスの呟きに、開放伝心オープン・チャンネルで応じた声は、紛うことなくダーニャであった。

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