4
ルバークから街道に沿って西へしばらく行くと、トゥルムンの森に突き当たる。
かつて存在したエルフの言葉で「家」を意味するそこは、西方諸国から大陸中央に至る広大な地域に分布し、未開拓な土地も数多くある。
ところによっては原初から変わらぬ生態系を保っており、凶暴なモンスターの巣窟といった近寄りがたい場所もある。
そのトゥルムンの森から数里ほどの距離をジノたちは飛箒していた。
開始から同じ並び――オッジ、ジノ、ウーゴ、アリスの順で、街道から続く林道を地表スレスレでだ。
『オジー、ちっとばかり離され過ぎじゃねえのかっ!?』
それもそのはず、ジノたちがいるのは第二集団である。
『アマーリオ』は十分優勝を狙えるギルドである。強豪揃いの第一集団でしのぎを削っていてもおかしくはない。
『慌てるでない。
バレ・ド・リュシュテリアは一日で決着はつかない。
休養日を除き、一日ごとに競箒を行い順位を付ける。その順位に応じてギルドに得点が入る。
そして最終日を終え、一番得点が高かったギルドが勝者となる。
なお、得点はギルド内で最も順位が上だった者のみのものとし、他は切り捨てとなる。
だが、競箒の途中には区間賞――
『オッジの言うとおりね』
『んなこと言ってもよう、初日に勢いをつけておきたいじゃねえか』
アリスがオッジに賛同し、ウーゴは少々気勢を削がれた感がある。
だがウーゴの言い分もまた正論である。様子見をできるほど、バレ・ド・リュシュテリアは甘くない。
『第一集団の
アリスの指摘にウーゴも『あ……』と声を漏らす。
競箒では、飛箒士それぞれに役割を課せられ、大別すると
その補佐飛箒士の中に、開始直後に先行し、競箒の進度を定め、あるいはかき乱す
ついて行こうとすれば、きっと終盤で置いていかれる。
『私達は私達の競箒をしましょう』
そう言って、アリスが飛箒服の後ろ腰にあしらわれたポケットへ手を伸ばした。
取り出したのは小さな青い小瓶。
中身は
飛箒は柄に仕込まれている芯――
加え、もう間もなく道なき道の森へと入る。
天然自然の障害物に加え、潜んでいるモンスターの妨害も予想される。事前に教わった
ゆえに、道中での補給が困難になるため、あらかじめ魔力を補給しておく必要があるのだ。
ジノは目の前のウーゴが魔力回復薬を取り出すのに倣い、自らのポケットから青い小瓶を手に取る。
尖った栓を握る左手の親指を立てるようにして折り、スカーフの下から口元へと運ぶ。
一気に煽ると口の中いっぱいに苦味が広がる。
ジノは、この魔力回復薬の味が大嫌いだった。吐き出したくなるのを堪えて飲み下すと、小瓶を流れゆく地面へと放った。
小瓶には風化の魔法が施されており、開封し中身がなくなってからしばらくすると砂と化してしまうので、大地を汚す心配はない。
そうして『アマーリオ』が臨戦態勢を整えたと知ると、他ギルドもこぞって魔力回復薬を補給し始める。
やはり見逃してはくれないようだ。
他ギルドが魔力回復薬の空瓶を捨てると、両脇に迫る木々が互いに支え合うように傾いて頭上を覆い始めた。
もうじき競箒が動く。経験の浅いジノにとっては正念場だ。
『ほっほっほ。そう硬くなるでない。自然体じゃよ、自然体』
言葉とは裏腹にオッジは前傾姿勢を取る。
いつでも飛び出せそうであり、周囲の飛箒士たちが少なからず動揺しているのが見て取れる。
『かー! やだね、やだやだ! そうやって弱い者イジメしてっから、嫁さんに逃げられちまうんだよ!』
ウーゴが肩をすくめながらも前傾になる。
『フン、逃げられたのではない! わしが追い出されたんじゃ!』
『どっちにしろ、自慢できる話じゃねえだろ』
『やかましいわい!』
オッジが叫ぶのと、経路が森へと逸れたのは同時であった。
『ハナタレどもっ! 遅れるでないぞっ!』
乱立する木々と、そこから伸びる枝葉が行く手を阻もうとするが、最年長飛箒士は猛然と加速した。
集団はばらけ、その隙を突くように抜き出る。
『年寄りの冷や水はいただけねえな』
追随するウーゴ。
その背中をジノは必死に追いかける。
しかし、速すぎて徐々に間隔があいていく。
「くっ!」
『落ち着いて。ウーゴの
「は、はい!」
ぴたりと後ろにつくアリスの励ましは有り難いが、トゥルムンの森は容赦しない。
木々は時折斜めや真横に伸びるものもあり、枝葉に垂れ下がる蔦や、地面を覆う草も、進路を塞ごうと複雑怪奇な形で待ち構える。
それらを掠めながら、ジノは巧みな箒捌きで翔け抜けていくオッジとウーゴを追う。
(だめだ、速すぎる!)
間隔は三
これはジノの補佐飛箒士としての役割を果たす上で大きな障害となる。
補佐飛箒士は、道中、風除けとなってできるだけ主力飛箒士の魔力の消耗を抑え、経路上の障害や競箒相手からの妨害などから守る盾となる。
主力飛箒士が魔力回復薬を取り落とした際などは、自らの魔力回復薬を差し出すこともある。
主力飛箒士を生かすことで勝利に貢献するのだ。
だが、それも補佐飛箒士同士の連携が取れていなければ、全て水の泡となる。
競箒では基本的に〝
端的に言うと、四人が縦一列になるのだ。
文字通り、鎖に見立てたところからくるが、先ほどの第二集団のような大人数ともなると、紡錘形となったほうが風の抵抗を分散し抑制しやすく、魔力消費の効率も良い。
ゆえに、これ以上離されてしまうと、ジノ一人でアリスを終着点まで導かなければならず、自滅する可能性が高い。
オッジとウーゴが速度を緩めてくれれば問題はないが、これでも二人は手を抜いてくれている。本気になればあっという間に千切られてしまうのは、これまでの練習で十二分に思い知った。
(どうにかしないと!)
理想は前の者の穂先から自身の柄先の間が拳二個分ほどであるが、すでに五箒身もの開きがある。
もう少し速度を出すか。いや、今でもギリギリだ。これ以上の速度では木や枝を躱しきれない。
反問するジノの横にアリスが静かに並ぶ。
『私が牽くわ』
「えっ? でも……っ!?」
主力飛箒士が補佐飛箒士の風除けになるなど前代未聞である。
『……〝鎖〟が切れては勝負ができないもの』
アリスの言い分はもっともで、ばらけた第二集団の飛箒士たちが、各々体勢を立て直し、こちらと併箒し始めている。
「それは……そうですが……」
『大丈夫。適当なところで代わるわ。けれど、次はないわよ』
「……はい。すみません」
アリスはするりとジノの前に出る。
その背は、自身の動きを盗めと言わんばかりであった。
(そうだ、僕は……!)
飛箒士として未熟なのだ。これは素直に認めなくてはならない。
手持ちの駒でやりくりできるほどの力はなく、器用でもないのだ。
しかし、逆を言えば、伸びしろはまだ十分に残されている。
それをモノにするためには、ただやれることをやっていてもだめだ。もっと貪欲に吸収していかなければならない。
その手本としては最高級の者が目の前を飛箒してくれるのだ。願ったり叶ったりではないか。
ジノは、アリスの一挙手一投足を見逃すまいと、防塵眼鏡の中で目を大きく見開く。
アリスは、そんなジノの思いに応えるように卓越した飛箒技術を披露する。
左右から突き出た枝を速度が乗った蛇行で躱し、蔦の作るカーテンの隙間を捻り込みながら抜け、大岩にもたれかかる倒木の坂を滑るように乗り越える。
(す、すごいっ!?)
ものの数秒でウーゴの後ろへ付いてしまった。
実力の劣るジノも何の苦も無くついていくことができ、また、併箒しかけていた他の連中の気配は後方へと遠ざかっている。
(本当に、この人は……!?)
ただの主力飛箒士ではない。補佐飛箒士の仕事も一流の水準でこなしてしまう
『ジノ! 感心する暇があったら、さっさと代われ! お嬢に無駄な仕事させんな!』
「は、はい!」
ちらりと振り返り、状況を把握したウーゴが半ばキレ気味に手招きするのがアリス越しに見えたので、ジノはアリスと入れ替わろうとする。
しかし、アリスが〝待て〟の
『まだ大丈夫よ』
「で、でも!」
『ジノはもう少し学んでおいたほうがいいと思う』
そう言われてはぐぅの音も出ない。ジノは渋々後ろへと下がった。
『おいおい、大丈夫かよ?』
自身の定石ともいえる提案を却下され、ウーゴががぶりを振った。
『アリスがよいというなら問題なかろう』
『オジーまで……本当に勝つ気があんのかね?』
投げやりなウーゴの言葉が胸に刺さり、ジノは居心地の悪さを覚えるが、
『もちろんよ』
アリスの返事は、ジノに下を向くことを許さないほど力強いものだった。
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