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先頭は依然として『ハインカーツ』だ。
〝風除け〟のモニカの調子が良いらしく、小気味良い飛箒を見せており、他の三人も引っ張られるように軽快に続く。
二番手には、ウーゴの献身ともいえる頑張りで、着実に順位を上げた『アマーリオ』と、したたかに食らいついてきた『ウルリーカ』が、『ハインカーツ』の背中を捉えながら競っていた。
当然、先頭争いに食い込んでくると思われた『オルコック』と『ノッティーユ』が、すんなりと箒路を譲ってくれたのは不気味だった。
『やっぱり変だわ』
アリスが呟いた。
並ぶバネッサとセルマがやたらと警戒しているようであったが、まったく意に介していない。
そういうところは大物だよな、とジノは感心しながらも聞き返す。
「何がですか?」
『モニカよ。あの子がここまで粘っているなんて、今までなかったわ』
『〝隠し球〟ってやつじゃねーの? それよか〝オルコック〟と〝ノッティーユ〟のほうがやべえ気がするけどな、俺は』
『ワシもウーゴと同意見じゃが……ウーゴや、そろそろ代わるか?』
『バカ言うなよオジー。あと一つブチ抜くまでやるさ』
『そうは言うが、お前さんの声がかすれて聞くに耐えん』
競箒の四分の一は超えたのだ。一
『マジでまだやれるって。ダメなときは自分から下がるさ』
今までそうだっただろ、とウーゴは
『しかしじゃな……』
『本人が大丈夫と言っているなら、やらせてあげていいんじゃないかしら』
『さすがお嬢! わかってらっしゃる!』
ウーゴは口笛を吹こうとするが、やはりかすれて音にならない。
『ただし、この周回でできなければ強制的に外れてもらうわ。それでいいわよね? ジノ?』
仕切るアリスだが、今日の
「はい。でもとりあえず、お隣をどうにかしませんか? ちょっと目に付くというか、気になっちゃって……」
『もちろん、この目障りなメス豚どもは早々に千切ってやるわ! 行きなさいウーゴ!』
『お、おうよ!』
突然キレるアリスにジノとウーゴはビビり、オッジは苦笑いを浮かべた。
★★★
一方の『ノッティーユ』は、未だ沈黙を保ったままであった。
先行する『オルコック』がチラチラとこちらを窺ってくる。主力飛箒士である〝空騎士〟と〝つむじ風の君〟は若い。そろそろ焦れてくる頃だろう。
しかし、司令塔であるウスターシュは、まだ
これはあれだ。エサを見せびらかしながら、飼い犬に〝待て〟を出し続ける飼い主の図だ。
躾けとして行うならいいが、日頃の鬱憤を『オルコック』で晴らそうとしているのが透けて見える。
アランは誰にも聞こえないように嘆息した。
ウスターシュはこれまで同様、自分たちが勝つために色々と策を講じてきた。規定違反はもちろんのこと人道に反することさえ厭わない。
第三者が知れば、二度と箒に跨がれないことになるだろう。
だからといって、彼の人の悪さを否定するつもりはない。それらを容認してきたのは他ならぬ自分であり、勝ちたいという思いは、誰よりも強いと自負している。
そんな薄汚れている自分たちを凌駕してくる〝ほうき星〟は脅威であると同時に、とても眩しく思えた。
純粋に力で挑んでくる、若さ溢れる飛箒は羨ましい。
天賦の才というやつだ。
かつては、その欠片も持ち合わせていたはずであったが、やはり衰えは否めない。それは身に染みている。
ゆえにアランは、今日も道に外れた力に頼るしかなかった。
(ボチボチか……)
『ノッティーユ』の先に連なっている『オルコック』は、四番手争いを演じている。
上位一〇位内の『レプル』と『ファーニラード』の二つのギルドに挟まれた形でだ。
とはいえ、束になってかかってきても、遅れを取ることなど万に一つもない。
彼らは互角に渡り合っていると勘違いしている。背中からその高揚感が窺えた。
しかし、昂ぶった他人の心をへし折るのが大好きなのが、ウスターシュという男である。
『そろそろいいでしょう。〝オルコック〟』
まるで獲物を追い込ませるために猟犬を放つように、ウスターシュは告げた。
そんなウスターシュに追い立てられるように『オルコック』は速度を上げる。
左へ大きく曲がる経路に差し掛かるがお構いなしだ。それでいて『レプル』と『ファーニラード』の飛箒士たちに接触しないでいるのは、万年二位も伊達ではないといったところであろう。
無論、『ノッティーユ』も一寸も違わぬ箒路で続く。
そうして、曲がり道の出口で『レプル』と『ファーニラード』を置き去りにした。
傍から見れば、ようやく王者たちが本腰を入れてきたと思うことだろう。
事実、そうなのだが、どうしても時間を稼ぐ必要があった。
『今度の薬は馴染むまで時間がかかりましたね』
『効果は抜群だけどな』
〝風除け〟のロメオと二番目のフレデリクが苦笑する。
魔法医の探知にも引っかからない、マルセル特製の
これにはウスターシュも面食らった。
それでも即座に指示を出した。
競箒中盤まで四、五番手を維持する。
もし、効果が現われなくても、あとで挽回できる順位で魔力の消費を抑えながら様子を見ていたのである。
『これでマルセルの面子も立つということでしょう』
大手を振って汚い手を使わせてくれる出資者に対し、どこか上から見下ろしているウスターシュの声は、いつも以上に楽しげで耳障りだった。
★★★
そして、現在先頭を行く『ハインカーツ』では……。
『いい加減にしろ、モニカ・グラシエラっ! 魔力切れで落箒してしまうぞっ!?』
もう何度となるヨルダンの忠告をモニカは無視する。
実際、魔力切れ目前であった。
元々、開始の上手さには定評があったが、それ以外は並より少し上ぐらいである。正規飛箒士になれたのも、リュマが言った「女の子にも
それは屈辱であった。
他の実力のある飛箒士が出ていれば、もっと展開良く競箒をすすめていられたかもしれない。
『ハインカーツ』で密かに囁かれる噂を耳にし、心が砕ける思いをした。
また同じ女子でありながら、二つ名を持ち、あまつさえ〝飛箒王〟に競り勝った同級生の存在も、モニカを苦しめた。
確かに彼女は学生の頃から頭角を現していた。並の男子ではまったく歯が立たず、上位の者でさえ、足下をすくわれることも幾度となくあった。
そのアリスとの差はどうだ。
容姿は、ほんの少し勝っている自負はあるし、性格だって、取っつきにくい彼女よりはマシである。嫁にするなら絶対に自分のほうがいい。
しかし、世の男どもは挙って〝銀嶺の魔女〟を推す。
アリスにあって自分にないもの、それは実績だ。
確乎たる実績を残せば、誰もが納得するはずである。
もしくは〝ほうき星〟のように、強烈な印象を残せば、皆の語り草になる。
積極的にいっても靡かないのは、きっと、そのせいなのだ。
今のままでは、彼の隣に立つ資格はない。
(まだだっ! まだ私はやれるっ!!)
ゆえにモニカは、無理を押し通してでも、己の力を知らしめる必要があった。
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