12

「用件は一つさ」


 そう言って、キトリがおもむろに取り出したのは一本の箒だった。


 柄も穂もおぞましいほど黒光りするそれは、通常の箒よりも長い。


 これは、時間計測のような、ただ真っ直ぐの経路をいかに速く行けるかに特化した長箒ロングだ。


「受け取りな」

「え? 僕にですかっ?」


 ジノが聞き返すとキトリは小さく頷いた。


「いや、でも……」


 気が引けるのはもっともで、キトリの作る箒は練習用でも金貨三〇〇枚をくだらない。


「あんたんとこのギルマスに頼まれてね」

「ソルドさんが?」

「そうさ。正確には、あんたの箒の整備だったんだけどね」


 確かに、ジノの長箒は調子が悪く、ルバークに出立する十四日前に修理を依頼していた。


「バラしたら思いのほか痛んでてね。部品を取っ替えるよりも作った方が早かったってわけさ」


 ほれ、と差し出される長箒をジノは両手で受け取る。

 見た目に反し、軽い。


「言っておくけど、その子はじゃじゃ馬さ。乗りこなすにはちょいと時間がかかるかもしれないね」


 不穏なことを言うキトリだが、彼女の箒は癖の強いことで有名である。

 使用者の間では〝キトリの洗礼〟と揶揄されているが、一度馴染むと手放せなくなるらしい。


「あと、一番気をつけておいたほうがいいのは、飛び始めさ」

「飛び始めですか」

「ああ。思ってる以上に強めに魔力を注いでやんな。でないと浮いちゃくれないよ」

「は、はぁ」

「他に質問は?」


「え? そ、その――」

「俺様にも一本こしらえてくれ!」

「私もだ!」

「私にも!」


 この機会に何か聞いておこうと考え込むジノを押しやり、ゲルハルト、モニカ、そしてアリスまでもがキトリに跪く。


 キトリの箒に高値が付く理由は、その性能の良さからくるものではない。


「いやだね。あたしが気に入った奴の箒しか作らない主義だってのは知ってんだろ?」


 競箒用の箒職人ならば、競箒に関して知り得ているべきであるが、形にこだわる者が多いため、大抵の箒は何かしらの無駄や欠点がある。

 慣れるまでの使いづらさという点ではキトリの箒もそうだが、彼女の場合は「その飛箒士に合った箒」という概念コンセプトで作られるため、持たない者からすれば喉から手が出るほど欲しい一品である。


「そこをなんとか!」

「無理は重々承知だ!」 

「お願い!」


 なおも食い下がろうとする三人。

 上位ギルドの主力飛箒士ですら額を床に擦りつけるという有様に、正直、気まずさ全開であるが、キトリは首を横に振る。


「くどい。あたしゃ、自分の主義は曲げないよ」


 彼女も職人らしく頑固で融通は利かない。

 アリスたちは、捨てられた子犬のような瞳でキトリを見上げる。


「そんな顔したって無駄さ。まぁ、あんたらがこの坊主みたいに、あたしの心を鷲掴みするような飛箒ひそうをしたら、話は別だけどね」


 キトリは意味深な笑みをジノに向け、踵を返した。


「……僕、そんな飛箒したっけ?」


 これまでの競箒を振り返るが、思い当たる節がない。ジノはキトリが大食堂を出るまで彼女の背中を目で追った。

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