11
『ニールギルス』大食堂――。
「ふむ……で、貴様らは付き合っているのか?」
「ふぁっ!?」
長テーブルがずらりと並ぶ大食堂の窓際の席で、向かいから神妙な面持ちで聞いてくるモニカ・グラシエラにジノは面食らった。
モニカはルデグム帝国の雄、『ハインカーツ』の
互いに別国からの留学生ということもあって、馬が合ったらしい。
その彼女たちが食事をしているところに、検診後、小腹を空かせてやってきたジノが鉢合わせ、相席することになったのだが、モニカはジノとアリスが恋仲ではないのかと疑ってかかっているのだ。
「どうなのだ?」
「そ、そんな、違いますよ。僕らはただの先輩と後輩というだけで……」
そうですよね、と隣に座るアリスに助けを求めるが、彼女は手元のスープに目を落としたままである。
「アリスさん?」
「え? ごめんなさい。聞いてなかったわ」
ジノとモニカの顔を順に見た後、再び俯くアリス。
初日を終えてから彼女の様子がおかしい。
競箒中はそうでもないが、箒を下りると何か思案に耽っているようで、声を掛けても上の空であることが多い。
「ふん、聞き流すフリをしても、そうは問屋がおろさんぞ! さぁ、キリキリ吐かんか!」
そんなアリスの異変に気づいていないモニカは、アリスが誤魔化そうとしていると踏んで、身を乗り出してくる。
「ですから、誤解ですって! 第一、僕みたいなのが、その……」
恋人だとしたらアリスの面子が立たないだろう。
〝銀嶺の魔女〟の二つ名に相応しく、彼女のその透き通るような美しさはかなり評判であり、
彼女が誰かのモノになったと知れば、暴動を起こしかねない熱烈な者もいると聞く。
実際、ジノにとっても高嶺の花だ。どうしたって釣り合わない。
「男も女も、見てくれだけが全てではないだろう。というか、貴様はそれなりに……」
「え?」
「とにかくだな!」
後半、よく聞こえなくてジノが聞き返すと、何故か顔を赤らめるモニカが両手でテーブルを打ち付けた。
「〝お嫁さんにしたい飛箒士〟で三年連続一位を獲りながら、浮いた話はこれっぽっちもなく、まるで『競箒が恋人』とでもいうような
ぶっちゃけるモニカの器は割と小さい。
が、ジノはどうにも腑に落ちない。
「……僕からしたら、モニカさんに恋人がいない方が不思議ですよ」
「どういう意味だ……?」
「だってモニカさん、すごく、き、綺麗ですから……」
言ってて恥ずかしくなったジノは、モジモジと視線を落とした。
事実、モニカもアリスに負けじ劣らずの美貌の持ち主である。
結い上げた金髪に切れ長の青い瞳が映え、顔立ちも整っているし、女性らしい身体の線は服の上からでも分かる。
「ふ、ふん、世辞ならよせ! なにも出ないぞ」
「お、お世辞なんかじゃないですよ! 本当に、その……」
「っ……!」
ジノが顔を赤くすると、モニカもつられて赤くなる。
「…………は、話を戻すが、貴様とアリスは付き合ってないんだな?」
「はい」
「本当だな?」
「はい」
「では、私と、つ、付き合いたいということでいいのだな?」
「は……えぇええっ!?」
頷きかけたジノがビクッとなる。
「だ、だってそうだろう! 貴様は私に近づきたいがために、ギルドの先輩であるアリスをダシに使ったのだろうっ?」
相席を申し出たのは確かだが、鉢合わせたのは本当に偶然だった。
どこをどうとれば、そのビックリ理論に到達するのか。ジノはモニカの思考についていけない。
「……ち、違うのか?」
「えっと、その……」
モニカがとても不安そうに首をかしげてくるので、ジノは言葉に詰まる。
正直に違うと言えば、人目を憚らず泣き出してしまうかもしれない。
だからといって肯定してしまうのは嘘になる。
無論、モニカのような美人ならば、願ってもない話だが、今日初めて会ったばかりだ。ジノは互いを知らないまま交際を始められるほど軟派ではなく、むしろ超が付くほどの奥手である。
そんな初心なジノを救ったのは、予想だにしない人物だった。
「やっと見つけたぞ! アリス・マーベリック!」
背後から飛んできた声に振り返ると、青い髪を逆立てた、野性味溢れる青年が、カツカツと踵を鳴らしながら近づいて来る。
ゲルハルト・ゴットフリード。
『ハインカーツ』の主力飛箒士を務める〝蒼の稲妻〟である。
ゲルハルトは、アリスの前までやってくると、おもむろに跪いて右手を差しだした。
「俺様と結婚し――」
「お断りするわ」
「……せめて最後まで言わせて欲しかったが、どうしてだ? 俺は今年こそ飛箒王になる男だ。何が不満なんだ?」
「……」
アリスは何も答えない代わりに、ジノを見つめる。
「えっ? あの……っ?」
「そうか……」
意味がわからないジノを、何かを察したゲルハルトが睨む。
「なら、今日の時間計測でアリスを賭けて勝負するしかないな」
「なんでそうなるんですかっ!?」
「そうだ! ジノは私に交際を申し込んだのだぞ! アリスとはただのギルド仲間だ!」
驚愕するジノに便乗したモニカがねつ造しようとする。
「そうなのか?」
「初耳だけど……そうなの?」
ゲルハルトに聞かれたアリスが、妙に鋭い視線をジノへ注ぐ。
「ち、違います! ぼ、僕はモニカさんが綺麗だって言っただけで、交際を申し込んだわけじゃ……あ」
気づき、ジノがモニカに振り返ると、彼女はジノを直視したままボロボロと大粒の涙を流し始めた。
「……踏みにじられた……乙女の純情を踏みにじられた……」
「いや、だから、あのっ!」
言いがかりにもほどがあるが、女子を泣かせて平然としていられるほどジノはゲスではない。
しかし、どう宥めていいかもわからない。
「てめぇ! うちの補佐飛箒士、泣かしてんじゃねえよ! 責任とりやがれ!」
「ご、誤解なんですって!」
「……」
モニカの言葉を鵜呑みにしたゲルハルトに胸ぐらを掴まれ、必死に釈明するジノをアリスが凍てつく氷のような目で見上げる。
「取り込み中のとこ、悪いんだけどね」
収拾がつかず、周囲の目も集まりだした中、ジノたちに声をかける者がいた。
「悪いと思うなら邪魔すんな……よっ!?」
追い払おうとしたゲルハルトは、古めかしい黒いローブに身を包むその者がフードをとったところで息を飲む。
「えっ!?」
「うそっ!?」
「なんとっ!?」
ジノとアリス、そして泣きはらすモニカまでもが目を奪われた。
白髪を後頭部でお団子にし、顔のしわが目立つ老婆。
名をキトリ・ロヨネといい、競箒に携わる者ならば、その名を知らなければモグリだと言われるほど有名な箒職人である。
「少し、時間をもらうよ」
ジノたちの反応を楽しむかのようにキトリは口元を綻ばせた。
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