10

 『ニールギルス』の真下から、徒歩で一〇分ほど行ったところに洞窟がある。

 入口の周囲には扇状に設けられた客席があり、空席の目立つ。


 その一角にウーゴとオッジはいた。


「やっぱり、この辺だとロクな奴がいねえな」


 鋭い視線を飛ばしてくる者もいるが、観客に放った言葉ではなく、出箒者に対してである。

 洞窟の手前――白い開始線スタートラインに立つ飛箒士は、良く言っても二流ギルドの者だ。


「そう言うでない。思わぬ伏兵ダークホースが紛れておるかもしれんじゃろう?」

「ないね。それはオジー、あんたが一番わかってんじゃねえのか?」


 現役最高齢の飛箒士のオッジは、数々の競箒に出箒してきた。このバレ・ド・リュシュテリアも歴代最多出箒となる。


 だからこそ彼は知っているはずだ。


 過酷な競箒を四日目の時点で手を抜いたまま飛箒し続けることの難しさを。


 ギルド内で最速の者の順位が反映される、得点加算方式で勝敗を決めるバレ・ド・リュシュテリアでは、もうじき訪れる競箒の中盤以降、下位ギルドが巻き返したことなど皆無だ。


 言ってしまえば、今日の競箒――五〇〇〇の距離を行く時間計測タイム・アタックが序盤の最後の機会となるため、下位ギルドの者たちは例外なく奮起する。


「そうじゃな……じゃが、慎重になることに越したことはなかろう」


 いっそ臆病者とののしられても構わない、と言い切るようなオッジの横顔はどこかすがすがしい。


「逆に、俺はあんたのそういうとこが怖いよ」


 突然の変事にも対応出来るよう、どんな些細な情報も見逃さず、しっかりと頭に刻んでおく。


 それに老獪な飛箒が加わるのだから、相手ギルドの連中はたまったものじゃないだろう。ウーゴはオッジが味方で良かったと心底安堵する。


 それを見てオッジがフッと笑った。


「まぁ、一方ではこうも思っておる」

「あ?」

「ここで奴を抜くことができる者が現われるなら、飛箒士の未来も明るい」


 オッジの視線は二流ギルドの飛箒士の隣に注がれた。


 そこにはもう一人、飛箒士がいた。

 だが足は尻つぼみに消え、全体的に半透明だ。

 これは伴箒霊ゴーストといい、出箒者の競箒相手となる。


 今回の時間計測はギルド単位ではなく一人づつ行われる。

 ただ薄暗い洞窟を一人で飛箒するだけでは、観客も飽きて帰ってしまうし、出箒者自身も張り合いが持てない。

 退屈しのぎとやる気を与える。まさに一石二鳥の存在だ。

 そして、この伴箒霊には実在する最速の飛箒士の能力が付与されてある。


「アホ言え! 模写コピーとはいえ飛箒王アランに勝てる奴がウン百番台のギルドにいるかっ!」


 ウーゴは上空に浮かぶ三つの投影像を見上げた。


 向かって左から、これまでの順位、出箒順、そして時間計測を終えたギルドの暫定順位が映し出されている。

 その暫定順位の右横には計測時間が表示されており、どれも凡庸の一言に尽きる。


「そういきり立つでない。ほれ、始まるぞい」


 顎でしゃくるオッジにもう一言言ってやりたかったが、ウーゴは黙って時間計測に集中した。

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