第二章 時間計測
9
昨日までの三日間でトゥルムンの森を抜け、ドーレンミール山脈の麓に辿り着いていた。
上空には、飛箒士や関係者たちの宿舎代わりとして『ニールギルス』が停泊している。
一〇〇回目の記念大会で、予選を行わなわなかったため、本来出箒するはずのなかったギルドが足を引っ張ったのか、例年に比べると少なく、五〇〇〇を越えていた出箒者は、すでに一〇〇〇を割っていた。
そのため、各個人に個室があてがわれるほどの余裕があった。
また船内には、食堂や酒場は完備されており、カジノや劇場などの娯楽施設もある。
気晴らしに巡ってみるのもよいが、先にやっておかなければならないことがある。
ジノにとって、それはあまり気が進まないことであった。
「はい、おしまい」
それほど広くはない所為か、あるいは地声が良く通るのか、医務室中に声を響き渡らせた魔法医のマイヤ・ナポロフが、
「あの、結果は?」
「ん。今回もシロだね。よくできました~!」
単眼鏡を羊皮紙に翳したマイヤが、浮かび上がった数値を確認し、子供っぽい笑顔を向けてくるので、ジノは小さく嘆息した。
これは違法な魔力回復薬を使用していないかの検診だ。
結論から言えば、ダーニャはやはりクロであった。
『エルベリンデ』が、どういった経緯で違法魔力回復薬を入手したかは明らかにされておらず、これから厳しく追及するつもりだ、と競箒協会が発表した。
さらに『エルベリンデ』の即時解散と、飛箒士およびギルド関係者の永久追放も決定され、『エルベリンデ』は初日で姿を消すこととなった。
違法魔力回復薬は忌避すべきものであるが、何が何でも勝ちたいという思いから手を出してしまう者は後を絶たない。
その代償として自らの命を差し出すとしても――。
「…………」
ダーニャを追い詰めてしまったのは自分だ。ジノは検診を受ける度に自責の念に囚われてしまう。
「こら」
「あいたっ!」
マイヤに額を指で弾かれた。
「また変なこと考えてるでしょ? い~い? あれはダーニャちゃんの自業自得で、キミには何の責任もないんだからね!」
めっ、と幼子を叱るようなマイヤは、年齢を感じさせない可愛らしさを覚えるが、ジノの胸はときめく余裕もない。
「でも……」
「〝でも〟も〝デーモン〟もありません! ほら、後がつかえているんだから、さっさと出て行っちゃってくださーい!」
マイヤが医務室の出口を指し示す。
扉の上部に設けられた磨り硝子の向こうには、順番待ちをしている飛箒士の姿が透けている。
確かに待たせては悪い。ジノはマイヤに礼を言って退室しようと扉に近づいた。
と、そこで、
「わぶっ!?」
急に扉が開き、何かが顔面を覆った。
何だろう、と触れてみると柔らかく、「あひゃひゃっ!」という珍妙な声が聞こえた。
「こらぁ、テッテぇ~」
頭上から野太い声も聞こえると、ジノの視界は戻る。
そこには赤髪の大柄な男が褐色の肌に金髪の幼女の首根っこを掴まえて立っていた。
ジノは息を飲んだ。
この二人のことはよく知っている。
大男の名はグンター・ワルバ。
髪と同じ色のたくましい髭と相まって、どこぞの海賊かと間違われることが多いらしいが、れっきとした飛箒士である。その体格を活かし、風除けとしての能力はピカイチだ。
そして幼女はテッテ・ラチェットだ。
その外見からでは想像できないほど器用で、主力飛箒士以外なら何でもこなす。
この二人に加え、〝つむじ風の君〟セーラ・スウィングラー、〝空騎士〟エイブラハム・テンパートンの
そんな
グンターに「すまねえな」と会釈され、ジノも「い、いえ」と返す。
そしてテッテはジノへと手を伸ばすが、グンターが阻止する。
「だからぁ、そういうのやめろって、いつも言ってるべぇ?」
「やっ!! テッテ、見つけた! グンター、離すっ!」
「へいへい、話は検診が終わってから聞くべぇ」
「やっ! 離すっ! あっ、待つ! 星の人、行くな――」
ジノは医務室を退室した。
「星の人」という言葉は意味不明だが、おかげでやる気は出た。
正直、ダーニャには悪いと思うが、終わったことをいつまでも悔いていてもしょうがない。
むしろ、バレ・ド・リュシュテリアで優勝することが彼女への手向けになるのではないか。
無論、そのためには『オルコック』や『ノッティーユ』にも勝たなくてはならないのだが。
(よーし! まずは今日の競箒だ!)
検診を待つ列を横目にジノは闘志を燃やした。
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