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 最後の直線は箒と一体になれ、という格言がある。

 ゲルハルトは、それを体現しているように見えた。


『いいか? 時間にすると三十秒だ。それ以上の予備はねえ』 

『予備ってっ!? あなた、貯魔力マナ・ストック持ちなのっ!?』


 アリスが一瞬、〝チェイン〟から外れそうになる。


『ああ。最近できるようになった』


 なるほど、これが隠し球なのだ、とジノは得心した。


 体内の魔力は個人差があり、基本的には一つのに収まっている。


 だが、器を複数持つ者も中にはいる。

 容積が均等であれば、並列魔法といった超高等魔法も放つことが可能である。


 ゲルハルトの場合は、ほんのおまけ程度のモノであるが、それでも希有だ。

 しかも多くは先天的に備わっているのに対し、後天的に身につけたものだというから、なおさら驚きである。


『さぁ、競箒レースが終わっちまう前にいくぞ!』


 言い終わるやいなや、ゲルハルトは加速した。


『くっ!』


 〝鎖〟が千切れそうになるのもお構いなくとばしていくので、続くアリスも必死である。


 しかし『ノッティーユ』との距離は縮まってきた。曲がりくねる経路を十秒ほど進んで、八箒身はっそうしんあった差が五箒身ごそうしんまで戻る。


『遅れんなっ! キビキビ飛べ!』


 ゲルハルトは、緩い登り坂の直線に入っても速度は緩めない。むしろ加速する一方だ。


 これが練習であれば、彼を鬼教官と呼んだだろうが、今は競箒本番だ。要求に応えなければ負ける現実がジノを奮い立たせる。


 坂を超えるとつづら折りの曲路カーブが控える。

 それでも速度を維持したままゲルハルトは突っ込んだ。

 バネッサよりも上手い高速曲箒ハイスピード・コーナリングで、〝内内内インインイン〟で曲がりきってしまう。

 

ジノを先導する形でアリスも行く。


 彼女の凄いところは、どんなに難度が高くても、前箒者の箒路コースを完璧に辿ることができるところだ。

 そして、それらを吸収し、自分の飛箒ひそうに昇華してしまう柔軟さも持ち合わせているところも怖い。


 正直、『アマーリオ』ではなく、他の三強ギルドに属していれば、最も手強い存在になったであろう。味方で良かったとジノは心から安堵した。


『ジノ、付いてきてるっ?』

「はいっ!」


 ゲルハルトとは二箒身位内に収め、なんとか〝鎖〟を保つアリスに、ジノはぴったりと張り付いている。


 最後の直線で勝負するには、できるだけ損失は少なくすることにこしたことはない。


 つづら折りを越えると、やや長い直線が待ち構える。ゲルハルトの言っていた三十秒も残り僅かである。


『ここで追いつく! 気合い入れろ!』

『ええ!』

「はい!」


 ゲルハルトとアリス、ジノが加速するのは同時だった。

 『ノッティーユ』との五箒身は、直線の半ばでゼロになり、ついに並んだ。


 するとゲルハルトが離脱する。


『俺様がお膳立てしてやったんだ! 勝てなかったら許さねえからなっ!』

「ありがとうございます!」

『恩に着るわ』


 ジノとアリスは、前を向いたまま左手を振った。

 遠ざかるゲルハルトから『恩に着なくていいから、結婚してくれ~!』と聞こえたが、アリスは答えなかった。


 もっとも、右隣の存在がそれを許さなかったと言えた。


『くっくっく……まさか、この土壇場で追いつくとは、あなた方も往生際が悪いですね』


 アランを牽くウスターシュが肩をふるわせる。


『どうせ二着なのですから、無理に頑張らなくてもいいんですよ? そうすれば魔法使いを辞めなくて済むでしょうに』


 チラリと振り返るウスターシュに、ジノはビクリとなる。


「な、なんでそれを……っ!? い、いや、まだ確定したわけじゃないっ!」


 あらゆる伝手を使って、消魔病の疑いがあることを知ったのだろう。ジノは飲まれまいと両手に力を込める。


『本当にいいんですか? もう二度と飛べなくなってしまいますよ?』

『安い挑発ね。ウチのジノを見くびってもらっては困るわ』


 ピシャリと黙らせたアリスは前方を指す。


 直線が終わり、右への曲路の入口が見える。

 その曲路を越えれば、最後の直線――長きに渡った大競箒バレ・ド・リュシュテリアも終わりを迎えるのだ。


『あくまで勝負したいのですか……いいでしょう。どうせ負けて泣くのはあなた方なんですから!』


 曲路へ突入すると、ウスターシュは速度を上げた。


 アリスも抜かれまいと加速するが、曲路の外側を飛箒しているため、大回りな分、遅れてしまう。


『はっはっはっ! だから言ったでしょう? 勝てないと! 最初からおとなしく、我々〝ノッティーユ〟に跪いておけばいいんですよっ!!』


 曲がりながらこちらに振り返る余裕すらあるウスターシュの技量は、確かに一級品である。 

 

 だが、この競箒だけは死んでも負けられない。


 これまで自分たちに関わってきた全ての人へ。

 そしてすっと抱き続けてきた夢を叶えるために。


 これまで歩んできた人生は違えど、このときのジノとアリスの思いは同じであった。


『ジノっ!!』

「はいっ!!」


 ウスターシュとアランから遅れること一箒身。

 アリスに導かれ、曲路を出たジノは、〝ほうき星〟を発動させた。

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