55
手のひらの中心に小さな穴をあける感覚で、全身からかき集めた魔力を、柄に仕込まれた
徐々に甲高く鳴る音が最高点に達すると、箒はまるで獲物を狩る瞬間の獣のように、荒々しく加速した。
何度となく体験しているが、この後ろへ引っぺがされるような強烈な加速度には慣れない。
怪我をしないよう、防護魔法を施してある
しかし、上手に付き合うことができれば、勝利という最高の贈り物を与えてくれる。
ジノはそれを本能的に嗅ぎ取ることができた。
絶対無比とはいえないが、たった
慢心や驕りでもなく、確信だ。
二つ名の由来どおり、穂先が魔力の残滓を目視できるほどの光の尾を帯びる。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
直線は残り一〇〇〇。
少し長めだが、大競箒の最後に相応しく、
先にくぐるのは僕だ。
ジノは、斜め前の『ノッティーユ』を置き去りにしてやるつもりで前傾姿勢になる。
しかし、併箒する形で踏みとどまられた。
『ふふふ、残念でしたね。〝ほうき星〟に頼った飛箒では、我々に勝つことはできませんよ。さぁ、アラン!』
ウスターシュがアランに道を譲る。
『……』
しかし、アランは動かない。
『どうしたのですかっ? 早く――』
『断るっ!!』
『何をいってるんですかっ!? このままでは負けてしまいますよっ? また、あの惨めな日々に戻りたいんですかっ!?』
『そいつはごめんだっ!! でもな、ズルして勝つのは、もっと嫌なんだっ!!』
アランは加速した。
持てる力を全力で振り絞ったようだが、〝ほうき星〟には歯が立たない。
ズルズルと後退していく様は、飛箒王の名を持つ者としては、少々、無様であった。
『この莫迦者っ!!』
後ろへ下がったアランに代わり、役目を終えたはずのウスターシュが再度、ジノに並ぶ。
『勝負ってものは単純です。勝てばいいんですよ。勝って、勝って、勝ち続ければ、いろんな人間が集まってきます』
驚きを禁じ得ない。
こちらは全力以上の〝ほうき星〟である。
それなのに、何事もなかったかのようにウスターシュは併箒してくる。
『確かに、善人ばかりじゃありませんが、要は使いようです。相手の望むモノを与え、こちらも得たいモノを手にする。今までそうやってやってきたではありませんか?』
こちらを歯牙にもかけず、ウスターシュはアランへ語りかけ続ける。
『それを今になって手放すとは……! アラン、貴方は大莫迦者です!
アランからの応答はなかった。
すでに、比較的伝達範囲の広い開放伝心すら聞こえなくなっている距離に離されたのだ。
それに気づいてか、ウスターシュはこちらを見る。
『仕方がありません。無様な彼に代わり、私が新しい飛箒王になりましょう。血塗られた〝ほうき星〟の使い手である貴方とは、ここでお別れです』
真相ではない、一般的な解釈であるカルロの死を揶揄するウスターシュに怒りを覚える。
おのずと柄を握る手に力が入ってしまうが、ウスターシュを千切ることはできない。
それどころか、彼はさらに速度を上げ、抜きにかかってくる。
一体、どこにそんな力があるのか。今日の競箒に何かを仕込んでいると当たりはつけていたが、その正体を見極めることはできない。
ジノの心持ちを尻目に、ウスターシュはジリジリと前に出てくる。柄先分、柄の半分、半箒身と、次第に差がつき始めた。
(マズい! どうにかしないとっ!!)
とはいえ、こちらは切り札を使ってしまっており、他に手を打つこともかなわない。
ジノの胸の内に生じた焦りが、ドンドン膨らんでくる。
(どうするっ!? どうすれば勝てるっ!?)
残りは六〇〇を切っていた。
魔力を最大限で注がなければジリ貧だ。しかしそれでは、甘く見積もっても終着点手前の一〇〇で燃え尽きる。
直線は純粋な力比べだ。高等飛箒技術を駆使したところで勝てるものではなく、そもそもジノはそこまでの技量も器用さも持ち合わせていない。
ゲルハルトみたいに貯魔力があれば、どうにか凌げたかもしれないが、当然、ない。
お手上げである。
(そんなっ!? あと少しなんだっ!!)
あと五〇〇。
ウスターシュとの差は、ほどなく一箒身になろうかとしている。
(やっぱりダメなのかっ!? 僕じゃ勝てないのかっ!?)
結局、〝ほうき星〟に頼るしかない。
だが、それでは勝てない。
どうすることもできないジノは、それでも藻掻く。
『はっはっはっはっ! これが王と平民との差というやつです! 諦めなさい! そうすれば、楽になりますよ?』
「……だ」
『ん? すみません。よく聞こえなかったのですが?』
「……嫌だ! って言ったんだっ! あなたみたいな卑怯者には、絶対に負けたくないっ!!」
『ふっ、まるで子どもですね? 初等部からやり直してきたらいかがですか? それでもこの私にはかなわないでしょうがねっ!』
遊びは終わりだ、とばかりにウスターシュは加速した。
ついに一箒身の差がついてしまった。
残り三〇〇。
終着点を示す門がかなり大きくなっている。
もう迷っている暇はない。
ジノは玉砕覚悟で魔力の出力を最大にした。
かつてないほどの輝きを放つ〝ほうき星〟は、穂先だけではなく、ジノや柄先までも包みこんでいく。
その姿は、観ていた者の心に強く響く。
ある者は「きれい……」と放心し、ある者は「本当の箒星みたいだ……」と握りしめていた勝箒投票券を落とす。
勝ち負けを気にしている者はいなかった。
ただ美しかった。
それは若さゆえの拙さはあるかもしれないが、一人の人間が全てを賭して挑む、生命の輝きであった。
「いっけぇえええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!」
『いい加減、悪あがきだと気づき……なっ!?』
一箒身が徐々に縮まっていく。
『莫迦なっ!? 今の私を超えられる者などいないはず……っ!?』
驚愕するウスターシュ。
ジノはもう彼を気にすることはやめた。
迫り来る終着点に、柄先をぶち込むことだけを考える。
明日、飛べなくなってもいい。
今日、この一瞬だけでいいのだ。
〝ほうき星〟を超える〝ほうき星〟で、一番星になれれば、あとはもう何もいらない。
ついに残り一〇〇を切っても、盛り返したジノの勢いは止まらない。
『こんなはずはないっ!? そうだっ! きっと貴方も私と同じく、
ウスターシュが斜め後ろで喚いているが、聞く耳は持たない。
いまだかつて体験したことのない加速度は、容赦なくジノを後方へ吹き飛ばそうとする。
だが、ジノは飛箒し続ける。狭まる視界の中心に、しっかりと捉えていた。
そして終着点を目前にした瞬間、
――おめでとう。
聞き覚えのない、しかし、どこか懐かしさを感じる声が聞こえた気がした。
誰だったか、思い出せずにいると、門は後方へと遠ざかっていた。
「え? 終わった……? うおっ!?」
速度を緩めようとしたら、急に力が抜けた。
落箒は免れたが、したたかに石畳に打ち付けられる。
衝撃の瞬間、防護魔法が発動した飛箒服のおかげで痛みはなかったが、限界を達していたため、起き上がることはできなかった。
箒を手放し、ごろんと仰向けに倒れ、空を見上げる。
どこからともなく紙吹雪が降り注ぎ、大歓声が鳴り響く。
大歓声はすぐに「ジーノっ!! ジーノっ!!」の大合唱に変わった。
ああ、勝ったんだ。
喜びがこみ上げるよりも早く、安堵が胸に広がったジノは、そのまま目を閉じた。
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