33
疾走中のジノを建物の四階から見下ろす者が三人。
全員、黒ずくめの服装で、顔も布で覆っている。
「お、やっと一人になった」
「待ちくたびれたぜ」
嘆息する二人を余所に、頭の人物が手にした念写に目を落とす。
念写は二枚あり、それぞれジノとアリスの胸から上が写っている。
「……まずは坊やの方だ」
「「了解」」
返事と同時に、三人とも音もなく消えた。
★★★
体力には自信があったほうであるが、昨日魔力切れを起こしたこともあり、息がすぐ上がってしまう。
そうでなくとも人が多くて走りずらい。
「お? 〝ほうき星〟じゃねえか!」
「なんだ、鍛えてんのかっ?」
「明日も競箒なんだからやめときなよっ! こっち来て、お茶でも飲みな?」
「い、いや、あのっ」
気づいた者が挙って声をかけてくるものだから、なお悪い。
「ねぇねぇ、こっちおいでよ~」
積極的な若い娘がジノの腕を掴み、近くの店に連れて行こうとする。
だが、その手を振り払う者がいた。
「いたっ! ちょっと、何するのよ!」
キッと睨みつける若い娘であったが、相手を見て顔色を変えた。
「申し訳ありませんが、この方はわたくしとの先約がありますの」
セーラだった。
言葉こそ丁寧であるものの、胸を突き出すように上半身を反らし、腕を組む姿は慇懃無礼にもほどがある。
「え、あ……」
「では、ごきげんよう」
呆気にとられる若い娘に、にこやかな笑顔を向けて手を振るセーラは、ジノの腕を取って場を後にしようとする。
「あの、ちょっ?」
「大人しく従いなさいな。捕まってしまいますわよ」
セーラは、猛烈な速度で駆けてくる一団――モニカを先頭に、バネッサ、セルマ、アリスの四人を顎でしゃくる。
彼女たちは、いずれも目を血走らせており、今にも「ヒャッハー!」と叫び出しそうなほど、野蛮な雰囲気を醸し出す。
端的に言うと怖い。
「すみません。お手数かけます」
迷ってる暇のないジノが、真顔で礼を言うと、セーラの顔がボンと音を立てて赤くなる。
「あ、あの……?」
「な、なんでもありませんのよ、なんでも……」
オホホホ、と空いた手の甲を口元にもっていくセーラであったが、足取りはしっかりとしており、ジノは、四人の少女たちが辿り着く前にその場を立ち去った。
セーラに連れて行かれたのは、上流階級御用達の店〝金の斧亭〟であった。
「ここなら大丈夫ですわ」
「は、はぁ……」
中央の座席に着いたセーラは得意気に笑みを浮かべるが、周囲からの熱い視線が気になってしょうがないジノである。
皆、口元を隠しているものの「あれは〝ほうき星〟じゃないか?」、「なぜ、〝つむじ風の君〟と一緒に?」、「二人はどういった関係なのだ?」「ともあれ
そしてさらに、
「にひひ~!」
隣りに座るテッテが、袖をぎゅっと握って離さない。
どうやらセーラと食事の約束をしていたらしく、先に〝金の斧亭〟に来ていたそうだ。
彼女とセーラは同じギルドであるから、一緒に行動してもおかしくないのだが、いつもグンターがお守り役をしていたように見受けられたので、少しだけ新鮮な組み合わせに思えた。
すると、セーラがこほんと咳払いをする。
「テッテ。ジノ殿がお困りでしょう? 手を離しなさいな」
「や! 星の人、やっと捕まえた! テッテ、ずっと一緒!」
「あ、あの、ちょっと……!」
ぎゅ~、としがみついてくるテッテをどう扱っていいものか分からない。
「テッテ、おやめなさい!」
「やっ!」
「おやめなさいっ!!」
「っ!?」
びくっとなったテッテがジノの手を離し、しばらく固まったかと思うと、徐々に顔が歪み、
「っぐ……ひぐぅ……うあ~!!」
ついには泣き出してしまった。
周囲から「あ、泣かした」「あんな小さい子を……かわいそうに」というヒソヒソ話が聞こえてくる。
「な、泣くことはありませんでしょう? ほ、ほら、泣き止みなさいな」
「びゃああああああああああっ!!」
セーラが慌てるも、テッテは憚ることなく泣き続ける。
このままでは店に迷惑がかかってしまう。かつて近所の幼子をあやした経験のあるジノは、同じ要領でテッテの頭をなで始めた。
「ごめんね。でも、手がふさがっちゃうと料理が食べられないよね? だからセーラさんは注意したんだよ」
「ほんと……?」
テッテが向き直ると、セーラはコクコクと頷く。
「食べ終わるまでは我慢してね……あ、ほら」
頃合いを見計らっていたのか、給仕が料理を運んでくる。
「じゃ、食べようか?」
「ん!」
向日葵みたいに眩しい笑顔を向けるテッテは、フォークとナイフを立てるように握る。
それを見て、同時にクスっと笑ってしまったジノとセーラは、互いに目を合わせ、もう一度笑った。
そのときであった。
「動くな」
低く、しかし圧を乗せた声が聞こえると、ジノは首筋に冷ややかな感触を覚える。
「大人しくしていれば、危害は加えん」
黒ずくめの者が、首筋の三日月型の鋭利なナイフをちらつかせる。
飛箒士は特殊だが魔法使いである。その力ゆえ狙われることの多い魔法使いは、護身術や戦闘魔法を学院で習うことを義務化されており、ジノも、一通り習得した身である。
それでも、気配すら微塵も感じさせず背後を取られた。
タダ者ではない。おそらく本職の暗殺者だ。
「何者ですのっ!!」
「星の人、離すっ!!」
セーラとテッテがジノを助けようとするが、黒ずくめの男はさらにジノの首筋にナイフをあてがう。
「邪魔をすれば、殺す」
低い声が店内に響く。
このとき、店内にいた貴族の客らは、密かに従者や警護の者を呼び、この黒ずくめの男を取り押さえ、ジノを救出し、あわよくばお近づきになろうと企んでいたゆえ、誰もが騒ぎ立てることはなかった。
それに気づいているのかわからない黒ずくめの者は、ジノに立つよう命じ、そのまま後ろ足で店の出口へと向かう。
ナイフを突きつけられた状態のジノは、どうにか状況を打破できないか、考えを巡らせる。
だが、やはり黒ずくめに隙はなく、力ずくでは逃れることはできない。
唯一の利である魔法も、対策を講じられているだろう。そうでなくては、こうも大胆不敵に捕らえようなどとは思わないはずである。
一歩、また一歩と黒ずくめが出口に向かうのに伴い、ジノの足も後退する。
そして出口に辿り着くと、店の外が何やら騒がしいことに気づく。
怒号のような声と叫びが重なり、甲高い金属の音が響いている。
まるで戦闘でも繰り広げられているような喧騒である。
治安の悪さから、ここコリホーでは日常茶飯事に争いが勃発しているが、それにしては数が多い気がする。
一体、何が起こっているのか。戦慄するジノを余所に、黒ずくめが店の扉を開けた。
「……っ!?」
体ごと振り返らされたジノが目にしたモノは、通りのあちこちで傷つき倒れる色とりどりの鎧甲冑に身を包む者たち、その姿に怯える市民だった。
「お、あっさり捕まえてやがる」
「流石は御頭。やるねえ」
返り血を浴びた別の二名の黒ずくめが泰然と向き直る。
「ずらかるぞ」
ジノを拘束したまま、御頭と呼ばれた黒ずくめが顎をしゃくる。
と、同時に何かがぶつかってきた。
「うわっ!?」
衝撃で御頭の腕の中から逃れることができたジノであるが、受け身を取り忘れ、そのまま地面に突っ伏す。
「あいたた……てっ!?」
鼻頭を抑えながら顔を上げると、テッテが妙に様になっている構えを取り、距離をあけた黒ずくめたちを睨みつけている。
「こいつ!」
「待て」
ナイフを逆手に持ち、飛びかかろうとした黒ずくめを御頭が制止する。
「あの構え……レイブンドーの使い手か」
「レイブンドー……?」
おののく御頭に上体を起こしたジノが首を傾げる。
「レイブンドーとは、大陸東南の国、
駆け寄ったセーラがジノを気遣いながらテッテの背を見つめる。
武術が盛んな国である水華において、レイブンドーは軍の武術にも採用されているほどである。その極意は、相手が攻撃をしてくる前に倒す、という〝先の先〟に特化したものだ。
「そんなモノをなんでテッテが……?」
「確か、彼女の故郷に水華出身の者がいて、物心つく前より教わった、と聞いてますわ」
「はぁ……」
そんなことがあるのかと俄には信じられず、ジノが目をパチクリしていると、テッテが消えた。
「ぐっ!?」
「うがっ!?」
次の瞬間には、黒ずくめの二人が倒れており、テッテは再び元の位置に戻っている。
「す、すごい……!」
「ち、ちなみに免許皆伝だそうですわよ……!」
ジノとセーラが息を飲むと、テッテがババッと空突きと蹴りを繰り返し、ちょいちょいと左手の指先で手招きする。
「ちっ」
御頭は応じず、倒れた二人を担ぎ、一瞬にして消えた。
すると、遠巻きで見ていた群衆が歓声を上げ、テッテを讃える。
「ふんす!」
ここ一番の得意気な顔で振り返るテッテ。
「ありがとう」
ジノは満面の笑みで応えた。
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