32
「――あとはご存じのとおりでふっ!」
語り終えたジノの横へ、いつの間にか陣取ったセルマが、兎の形に切ったペペルをジノの口へと運ぶ。
「セルマ! あんた、何してんのよっ!」
「何って、食べさせてるだけよ」
反対側のバネッサが、不審者を見た番犬のごとく吠えると、セルマは、見ればわかるでしょ、と小首を傾げる。
「や、約束が違うでしょっ!!」
「先に破ったのはバネッサのほう」
「……んぐ、約束?」
嚥下したジノがバネッサに向き直る。
「あ、あんたには関係ない話よっ!」
「いひゃい! いひゃいよ、バネッサ!」
ジノは何故かほっぺたをウィーンと横に引っ張られた。
なお、バネッサの顔が耳まで真っ赤なことに疑問を覚える。
「いけないわ、バネッサ」
セルマがバネッサの手をパチンと叩き、ジノの顔をグリンと振り向かせる。
「痛っ!!」
「かわいそう……とても強く引っ張られたのね」
「いや、今、セルマがグリンってやったせいで……」
首が痛いと続けようとしたジノの両頬をセルマが優しく撫でる。
「ぐぬぬっ! あんたってコはぁーっ!!」
飛びかかろうとしたバネッサの額をセルマが左手で抑える。
届かないとわかりながらもバネッサは両手をぐるぐる回し、その手のひらがジノをしたたかに打ち付ける。
傍から見れば、三角関係であるも実に甘ったるい修羅場だが、その空気を一変させる者がいた。
「……そう、よくわかったわ」
アリスである。長くなるからと、あてがわれた椅子からゆらりと立ち上がった彼女は、未熟者でも感じ取れるほど強力な殺気を纏っていた。
「ジノ」
「は、はい!」
「お仕置き、確定ね」
「なんでっ!?」
アリスが握り込むようにして指の関節をポキポキ鳴らし始めるのを目の当たりにし、ジノは敬語すら忘れて身を震わせた。
「問答無用よ」
そう告げた彼女の目は明らかに据わっていた。
「ちょっと暴力はやめたげなさいよ!」
「鉄拳制裁は、今どき流行らない」
バネッサとセルマが、どちらかともなく身を挺してジノを守ろうとすると、互いに睨み合う。
ちょうどジノの頭の上で三人の視線が火花が散らす形となる。
「え、えっと……」
セルマはともかく、バネッサがどの口で暴力反対を訴えるのかと首を傾げたくなるし、そもそも、何故アリスが怒っているのかがわからない。
が、この険悪な空気を何とか払拭しなくてはならない。
「あ、あの!」
「「「(あによっ!?)(なに?)(なにかしら?)」」」
同時に振り向いたので、少しばかり怯んだが、ジノは続きを口にした。
「きょ、今日はせっかくの休息日なんで、こ、これから町に行ってみたいなぁ……なんて」
一瞬、目を輝かせる三人の少女たちであったが、みんなで、とジノが付け加えると、揃って肩を落とした。
★★★
コリホーの町は、いつにも増して賑やかだ。
現在進行中のバレ・ド・リュシュテリアが訪れたからである。
飛箒士および関係者の姿を見つければ、すぐに人だかりが出来てしまう。
中でも一際注目を集めているのは、ここ一〇年無敗を誇った〝飛箒王〟アランを破った〝銀嶺の魔女〟アリスと、再現不可能とされていた〝ほうき星〟を二度も顕現させたジノの二人に他ならない。
「ジノ、いい店を知ってる。二人で落ち着いて話をしたい」
ジノの左手を引っ張るのは、無表情であるも鼻息が妙に荒いセルマである。
「はいはい、寝言は寝てからいいなさいよね。だいたい、ジノはわたしとお茶をする約束をしてるんだから、ねっ!?」
言葉尻でギンと睨みを聞かせるバネッサは、しっかりとジノの右手を掴んでいる。
「そ、そんな約束なんて……」
「ああん? あんた、わたしへの借りを忘れたってのっ!?」
「私達でしょ。でも、バネッサのは忘れていい」
「あんだってー!」
一〇年来の親友である二人が、親の敵を見る目で互いにいがみ合う姿は、なかなか見られたものではないが、ジノは別の意味で危機感を覚えていた。
「ふ、二人とも、仲良くしてよ、っていうか離して!」
「あによ、ジ、ジノのくせに、て、照れちゃってさ」
「バネッサのほうが照れているわ」
「べ、べべ、別に照れてなんか、なな、ないわよ! セルマ、そういう、あんただって顔が赤いんじゃないのっ?」
「それはジノのぬくもりを直に感じているから」
聞きようによっては卑猥な言葉を口にしたセルマは、ジノの手をにぎにぎし始める。
「な、な何やってんのよ! こうなったら、わたしだって!」
負けじとにぎにぎするバネッサ。
二人のおかげで両手がじんわりと熱を帯びてきたジノは、背中から冷気を感じた。
アリスだ。きっとメデューサのように、髪の毛を抑えきれない魔力でふわつかせているに違いない。
振り返れば確実にやられる。ジノは絶対に後ろを見ないように心に誓う。
「ジノ」
「は、はい」
「楽しそうね?」
「そ、そんなことは……!」
「そうかしら? ところで、どうしてこっちを向かないのかしら?」
「そ、そそ、それは……ひっ!?」
ジノの首筋にアリスの白魚のような手が絡みつく。
「人と話すときは、目を見て話せと教わらなかったかしら?」
「そ、それは、そうなんですけど……!」
助けを求めようと周囲を見渡すが、誰もが後ずさりして視線を逸らす。
その所為で、ジノたちから三箒分の間をあけて人の輪ができるという、異様な光景が広がってしまった。
〝ほうき星〟は女難、などとあらぬ噂が広がるのも時間の問題だ。
しかし、その修羅場に終止符を打つ者が現われた。
「きーさーまーっ!?」
モニカが金髪を振り乱しながら突っ込んでくる。
「わわっ!? ぐおっ!?」
両手と首を拘束されたジノは身構えることもできず、大きく跳び上がったモニカの蹴りを土手っ腹に受け、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「「「きゃっ!?」」」
三つの可愛らしい悲鳴が重なったが、成敗と瞼を閉じて悦に浸るモニカは、構わずジノを指さした。
「私という者がありながら、昼間っから女を侍らすとは、破廉恥極まりないっ! 見損なった……ぞっ!?」
目に映ったモノにモニカは思わず絶句してしまった。
それは、重なるようにして仰向けに倒れたジノとアリスである。
これだけ述べると何ら問題はなさそうに思えるが、ジノの後頭部がちょうどアリスの胸の谷間にすっぽりと収まっていた、
「わぁあああっ!? ごめんなさい! ごめんなさい!」
すぐさま飛び退いたジノは、東方より伝来した最上級の謝罪方法――DOGEZAで怒れるアリスの御心を鎮めにかかる。
だが、
「……んもう、ジノのえっち……」
頬を染め、胸を隠すようにかき抱いたアリスが、満更でもない様子で、しかも可愛い。
一瞬、「この人、こんな人だったっけ?」と、我が目を疑いたくなるほどだ。
「うがーっ! ジノ、貴様っ!」
「胸ね! やっぱり胸なのねっ!?」
「……死刑執行する?」
事態の元凶であるモニカが地団駄を踏み、バネッサがお世辞にも大きいとは言えない自身の胸を持ち上げ、同じく慎ましやかな胸部のセルマが怪しい笑みを浮かべた。
「ははは……」
乾いた笑いを発したジノは即、決断する。
「きゅ、急用を思い出したので、あとはみなさんでどうぞ」
口早に言い切ると、明後日の方向へと走り出す。
「「「「あ、待て~!」」」」
すぐに四人の少女たちの声と足音が聞こえてくるが、ここで捕まったら身が持たない。ジノは全力疾走で人混みを駆けた。
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