第六章 聖地ルオズ

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 翌日を移動日とし、ついにバレ・ド・リュシュテリア最終日を迎えた。

 〝競箒レースの聖地〟と崇められるルオズには、最終競箒を一目見ようと内外からやって来た多くの人で賑わっていた。


 大物のエサを運び入れた蟻の巣穴よろしく通りは人で埋め尽くされている。


 しかし、競箒の経路となる通りだけは、流石に人っ子一人歩いていない。

 ただ、軒を連ねる建物の窓という窓は、朝の乗合馬車さながらのすし詰め具合である。


 皆、競箒の始まりを今か今かと待ちわびているのだ。


 その熱気が一番強かったのが、開始地点となる、グレイサード記念公園の入口であった。


 かつて、四人の魔法使いが、無謀にも大陸横断に挑戦し、見事成し遂げた記念に、彼らの箒を捧げた地であり、それを中心にルオズの街は造られたのだ。


 そして〝バレ・ド・リュシュテリア〟は、彼らの偉業を讃え、開催されたのである。

 現に全ての経路は、大まかにであるが、彼らの箒路をなぞっている。


 開始線に並ぶ飛箒士ひそうしたちは、偉大なる先人の足跡、いや跡をなぞれたことを誇りに思わなければならないのだが、彼らの頭の中は、どうやって今日の競箒を勝つか、でいっぱいになっていた。


 その一人にジノもいた。


 先日の天空路スカイ・ラインの競箒後、ソルドの招集に応じ、『アマーリオ』の話し合いに参加した。

 その中で、ジノの復帰を声を大にして訴えたのが、代わりに出箒したケニーであった。


 そもそも彼は出箒を渋っていた。

 バレ・ド・リュシュテリアという、晴れの大舞台に立てることは飛箒士冥利に尽きる。だが、自分が飛ぶことで『アマーリオ』が負けるのは絶対に避けたい。


 再三にわたってソルドに申し入れたが、ソルドは頑なに拒んだ。

 結果、負けてしまった。

 総合優勝を果たすのには、どうにか首の皮一枚繋がっている状態であるものの、ジノの〝ほうき星〟がなければ、不可能に限りなく近い。

 その現況を理解した上での訴えであった。


 これには幹部も意見が割れた。

 ジノが消魔病しょうまびょうの疑いを払拭できなかったことが一番の原因であったが、最後は反対派筆頭のソルドとオッジも折れる形となった。


 話し合いが終わった後、ジノはケニーから「絶対勝ってくれ!」と、頭を下げられた。

 バレ・ド・リュシュテリアの総合優勝は悲願だ。飛箒士なら誰だって夢を見るし、自らの手で成し遂げたいと思うのが常である。

 だが、ケニーは年齢が一回り下のジノに託したのである。


 その思いには応えなくてはならない。

 たとえ、父と同じ道を逝くとしても、だ。


 このとき、ジノの覚悟は決まっていた。

 亡き父と同じ飛箒士となり、父の叶わなかった意志を継ごうと頑張ってきたジノであるが、それは間違いだった。


 これは自分の、そして『アマーリオ』という仲間達とのバレ・ド・リュシュテリアである。

 アロタオ砂漠の夜に、散々こき下ろしてくれたロメオの言うとおりなのだ。

 ましてやレイナルドの話が本当なら、継ぐ価値もない意志である。


 だったら、自分と仲間の思いを胸に飛ぶしかない。

 ジノは跨がる箒の柄をギュッと握る。


「大丈夫?」


 前に並ぶアリスが心配そうな顔で見てくる。


 今回、彼女は補佐飛箒士アシストで、主力飛箒士エースはジノである。

 この決断を下したのはソルドであるが、『アマーリオ』幹部の半分からは、やはり反発を受けた。

 確かに〝ほうき星〟ならば、劣勢をひっくり返す秘中の秘となり得る。

 何せ、対抗手段が皆無なのだ。〝ほうき星〟を出されたら最後、競箒相手達は黙って指を咥えるほかない。


 しかしながら、ジノの状態が万全でないという懸念がある。

 消魔病という爆発魔法がいつ炸裂するかわからない。


 堅実にいくなら主力飛箒士はアリス一択だ。マグレと言われようとも、彼女は〝飛箒王〟に勝った実績もある。


 話し合いは荒れに荒れ、取っ組み合いの喧嘩に発展する寸前にまでの様相を呈した。


 それに終止符を打ったのは、他ならぬアリスだった。

 彼女は、栄えあるバレ・ド・リュシュテリアの最終競箒の主力飛箒士に、ジノを推挙したのである。


 すると、オッジとウーゴの正規飛箒士、控えのケニーや他の飛箒士らもアリスに倣った。


 最後の勝負はジノに全てを託す。

 ある意味、賭けである。それもかなり分が悪そうな部類の。

 だが、この賭けに乗らなければ、『アマーリオ』の総合優勝も夢のまた夢である。


 彼らの、その期待に満ちた目を向けられたジノは、なんとも言い難い気持ちになったものだ。


「ジノ?」


 昨日のことを思い出していたジノへ、もう一度アリスが声をかけてくる。

 自分の状態を把握し切れていない不安と、重圧に押しつぶされそうになるが、小さく、そして力強く頷く。


「ええ、大丈夫です」

「そう……」

「でも、万が一のときはアリスさんが――」


 主力飛箒士をやってくださいと言おうとしたジノの唇を、アリスは人差し指で塞いだ。


「必ずあなたを送り届けるわ」


 彼女の背後からウーゴとオッジも顔を出す。

 二人とも笑顔で額の防塵眼鏡ゴーグルを下ろした。

 特にウーゴなどは、茶々を入れてきそうな場面であるが、親指を立てるだけにとどまっている。 


「だからあなたは何も心配しなくていいわ。に備えなさい」

「はい」


 再度、ジノが頷くと、競箒の始まりを告げるファンファーレが鳴り響き、見物客も手拍子を打ち始める。


 最後だけに演出も凝っているが、関心する余裕はない。ジノは向き直ったアリスの背中を見つめ、大きく深呼吸する。



 そうして、歴史に残る大競箒が始まるのであった。

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