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穂先から魔力の残滓が輝いて尾を引く、いつもの〝ほうき星〟であったが、カルロ自身の感覚では、過去一番の出来であった。
発動から一瞬で『ノッティーユ』の主力飛箒士を置き去りにし、勝ちを確信した。
だがそれは、燃え尽きる前の蝋燭が、最後に一度燃えさかるのと同じであり、終わりの始まりに過ぎなかった。
(え?)
〝ほうき星〟は、性質上、急速に魔力が失われていく。
しかし、身体の感覚が消失するようなことはなかった。
(なんだよっ! これはっ!?)
少しずつ切り取られているような、足先から徐々にその感覚がなくなっていくことに恐怖を覚える。
追い詰められた精神は、すぐに身体に影響を及ぼす。
途端に荒くなる息。
ドッと吹き出した汗は、身を強張らせた。
飛箒は、無駄に力んではいけないというのが基本であり、逆らえば落ちるのが必定である。
それはカルロも理解しているが、身体が付いていかない。すでに下半身の感覚を失いつつあり、この速度で平衡を保つことができない。
危険を察知した本能が速度を緩めさせた。
無名とはいえ、
「今度は俺の勝ちだな」
確かに彼は言った。
そして、置き土産とばかりにカルロに体当たりし、過ぎ去って行く。
「くっ!!」
どうにか体勢を立て直そうとするカルロであったが、どうすることもできない。左側の壁――煉瓦造りの建物に激突し、跳ね返る球のように反対側へとぶつかり、とうとう落箒した。
「ぐ……っ!!」
冷たい石畳に這いつくばり、カルロが見たものは、『ノッティーユ』の主力飛箒士が
「……と、事の真相をカルロは病床で教えてくれた」
木杯を手に取り、中身の葡萄酒を覗き込みながらレイナルドは付け加える。
「これは僕しか知らない話だ」
「……でもっ!」
「言いたいことはわかる」
身を乗り出そうとするジノを、レイナルドは視線で制した。
「アランの体当たりで体勢を崩してカルロは落箒した。不幸にも打ち所が悪くて、飛箒士を続けられなくなった……」
当時の一般的な見解はそうだ。
ジノも信じており、頷くことで自らの主張とする。
「けどね、ジノ。当時の飛箒服もそんなにヤワじゃなかったよ。そうでなくても普通の飛箒士なら対衝撃の防御魔法ぐらい唱えられていたはずさ」
「それは……」
「殺したのはアランじゃない。カルロは消魔病に罹ったんだ」
ジノの反論を許さないとばかりに、レイナルドは断じる。
「消魔病の怖いところは、罹患者を死に至らしめるところだ……けど、消魔病そのものが直接作用するわけじゃない。勘違いしている人が大半だけど、消魔病は魔力を奪うだけだ」
わかるかい? とレイナルドが覗き込んでくるが、ジノは眉を潜める。
「消魔病によって、魔力を失ってしまったことが生きる活力を奪ってしまうのさ。キミも飛箒士――つまり魔法使いだ。想像してごらんよ。明日から魔法が使えなくなることを。飛箒できなくなる自分を」
言われるがまま想像してゾッとするジノであったが、あることに気づく。
「ちょ、ちょっと、待ってください! 父さんは、じゃあ……」
「ああ。彼は自ら命を絶ったんだ。翌日、見舞いに訪れると病室で首を吊っていたよ……愛する妻と幼いキミを置いてね」
「そんな……!」
「魔法が使えないというだけで、死ぬわけじゃない。魔法使いじゃなくなるっていうだけだ。この世界の人間の大半がそうであるように、魔法が使えなくたって生きていける。しかもカルロはまだ若かった。いくらでも人生をやり直せたはずだ。それなのに……」
「…………」
俯くレイナルドをジノは見つめた。
彼は本当に父と仲が良かったのだろう。
だからこそ許せないというやり場のない怒りがこみ上げているのだ。葡萄酒が零れても気にしないほど強く木杯をテーブルに打ち付ける。
ジノも同じ気持ちだ。
確かに昨日まで出来ていたことが出来なくなる恐怖というのは想像を絶する。
しかし、だからといって自害するのはあり得ない。仮にも一家の大黒柱だったのだ。家族に対する責任というものがなさすぎる。
「……すまない」
レイナルドの濡れた袖が気になったジノは、ハンカチで拭いてやった。
「いえ……」
しばし無言になる二人。
沈黙を破ったのは、投影像から上がった歓声であった。
今日の競箒の決着がついたのだ。優勝は『ノッティーユ』ではなく、意外なことに『ハインカーツ』だった。
「……驚いたな。まさか『ハインカーツ』とは」
見上げるレイナルドの目は見開かれている。
確か、切り札を用意したとリュマが言っていた。それが功を奏したのだろう。
次を考えるなら、観ておいたほうが良かったが、今のジノは、とてもそんな気分になれなかった。
「『アマーリオ』は三位か……」
残念そうなレイナルドに、ジノは黙って俯いたままである。
「競箒に出たいかい?」
唐突に問われ、ジノは答えに窮する。
レイナルドの話が本当であれば、アランを目の敵にするのはお門違いだ。父は己の弱さのせいで死んだのだ。
「……僕はキミを競箒に出したくない」
答えないジノにレイナルドが向き直る。
「キミがカルロと同じ運命を辿るのを黙って見てられないよ」
「あの、一ついいですか?」
「なにかな?」
「僕は消魔病なんですか? 診断では疑いがある、ということだったんですが……」
「ああ見えて、マイヤの魔法医としての腕は折り紙付きだ。僕も絶対の信頼を置いている」
「じゃあ……」
シュンとなるジノにレイナルドが続ける。
「断定できないのは、一つの可能性が捨てきれないんだ」
「それは一体――」
問いかけを遮るように、ジノは肩を掴まれ、反対側に振り向かされる。
「ボスがお呼びだぜ。打ち合わせだそうだ。早くいってやりな」
チャーリーだった。
いつの間に背後に回ったのか気配が微塵も感じられなかったが、笑みを浮かべる彼に驚く暇もなく、
「あ、はい」
とだけ返事して、ジノは店をでた。
ジノが去った後、チャーリーは彼が座っていたカウンター席に座った。
「親父、葡萄酒を一つ」
「あいよ」
店主が葡萄酒を用意するのを横目に、レイナルドが苦笑した。
「外で待っているはずじゃなかったのかい?」
「……余計なことはするなと言ったはずだ」
「悪かったよ。でも――」
「今のままでいいんだ……今のままで……」
絞り出すようなチャーリーに、レイナルドは嘆息した。
「キミ、いつか刺されるよ。妹さんに」
「かまわんさ」
鼻を鳴らすチャーリーの前に木杯が差し出され、彼は葡萄酒を一気にあおった。
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