26

「はっはっは! お前、相変わらずだなぁ!」


 隣りに座るロメオが果実水が入った瓶を傾ける。


「……」


 ジノは嘆息しながら抱え込んだ膝に顔半分を埋めた。


 あれからロメオと合流し、互いの状況を知った上で、それぞれの仲間のところに戻るまで共闘する約束を交わした。


 それからが早かった。


 どうやらロメオは『ノッティーユ』関係者にアロタオ砂漠の行き方を叩き込まれているようで、風除けのときは迷いのない飛箒ひそうをした。

 逆にジノが牽くときは、僅かでも進路を間違えようものなら、即、怒声を浴びせた。


 そうして、いくつかの〝鎖〟を見つけては渡り、無事、六日目の競箒を終えた。

 先ほど、二五〇位をきった辺りとソルドからの伝心で報告を受けた。


 満天の星空の下、旧交――というほど時間は経ってないが――を暖めている最中である。


「なぁ、ジノ」


 しょぼくれるジノに視線を向けず、ロメオはもう一口果実水を煽る。


「なに?」

「ほうき星のやり方は『アマーリオ』で教わったのか?」

「いや、あれはマグレというか、無我夢中で……」

「そうなのか? 俺はてっきり親父さんの残した手記かなんかを『アマーリオ』が持ってるもんだと思ってたぜ」


 そう言ってロメオは苦笑した。

 彼はジノとカルロの関係を知る数少ない人物であり、ジノにとって『アマーリオ』の面々を除けば、最も信頼できる者の一人だ。


「僕も聞いていいかな?」

「だめだ」

「なんで? まだ何も言ってないじゃないか!」

「親父さんの件は、『ノッティーユうち』の大将がクロじゃないかって言うんだろ? いつまでも低俗な噂に振り回されんなよ」


「でも――」

「確かに、お前の親父さん以外にも黒い噂はある。実際、裁判沙汰になったことだってな……だけど、今も〝飛箒王ひそうおう〟をやってる」


 それが答えだ、とばかりにロメオはジノを見る。


「……」


 それでもジノは納得しかねる。


「正直、お前の気持ちはわかる。だけど、それじゃあ〝飛箒王〟はおろか、俺にだって勝てないぜ」

「ど、どうしてさっ?」


「逆に聞くが、このバレ・ド・リュシュテリアは、競箒以外のことに気を取られて、この先、勝てるもんなのか? そんなに甘っちょろいモンなのか?」

「……」

「死んだ親父さんの夢を継いで、バレ・ド・リュシュテリアで優勝したいってのもわかる。けど、親父さんはそれを望んだのか?」


「それは……わからないけど……少なくとも、僕は望んでいる」

「本当にそうか?」

「……うん」


「じゃあ、その気持ちは他の飛箒士たちの思いよりも強いのか? それぞれ事情はあるだろうが、みんな死にものぐるいだぞ。結果を出せなきゃ終わりだからな」

「ぼ、僕だって必死だよ!」


「そうか? 素人気分だから開始スタートでつまづいたんじゃないのか?」

「ロメオだって、落箒してるじゃないかっ!」

「ああ、そうだ。俺は下手こいた……けど、俺は本職プロだ。それも最も厳しく、内部競争も激しい『ノッティーユ』の正規飛箒士レギュラーだ。こんなとこでほどヤワじゃない」


 ロメオに悔やむ様子はない。むしろ、先頭争いを続けている『ノッティーユ』の仲間たちの元へ、自身が戻ることは当然といわんばかりに自信に満ちあふれている。


 学生時代、ロメオの飛箒技術は、即、本職でも通じるほど抜きんでていたが、ここまでの自信家ではなかった。

 おそらく『ノッティーユ』で揉まれる内に、身についたものなのだろう。自信をつけるためにはまず練習し、実績を残すしかない。


 元々の差はあったものの、たった数ヶ月で、こうも開いてしまうものなのだろうか。ジノは少しだけ胸が疼く。

 そして、ロメオの次の言葉がさらにジノの胸を抉る。


「ジノ。やっぱり俺には、お前が競箒レースで勝つための理由を親父さんに預けているような気がしてならないんだ」

「そ、そんなつもりは……」


「なくても、俺にはそう映るんだよ。飛箒士ひそうしってのは、いや競技者全般に言えるが、みんな自己中心的な生き物だ。自分が勝つためには他人を蹴落としていくことだって厭わないんだからな……だから」


 区切り、ロメオはジノに体ごと向き直る。


「お前の思いは、軽くて弱い」

「……っ!?」

「親父さんじゃなくて、お前自身はどうしたいんだ? お前は競箒に何を求めているんだ?」

「それは……」

「はっきり言うが、その辺を明確にしておかないと、この先、お前は勝つことができない」


 そう断言すると、ロメオは自分の天幕へと消えて行った。


「僕は……」


 残されたジノは、じっと天を見上げた。

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