25

 ジェームスに「残念でした」とソルドの意向を伝えたリーチャとミックは、一足先にコリホーの町に来ていた。


 アロタオ砂漠の東端にあるこの町は、かつて金の産出地として名を馳せたこともあり、今でも多くの商人たちが行き交う。


 ここでは地位も身分も関係ない。

 金さえあればどうとでもなる自由貿易都市だ。


 ある意味、無法地帯とも言えるコリホーの現在の名物は賭博場カジノである。

 主に大通りにひしめく大手の宿屋が運営しており、中には曲技団サーカスまで雇っているものもある。


 まさに毎日がお祭り騒ぎなコリホーで、最も古くからある宿屋デ・ルサールの賭博場では、バレ・ド・リュシュテリアの賭事が行われていた。


「さぁさぁ、六日目の競箒が始まったよ! 今のところの本命は『ノッティーユ』、対抗に『オルコック』、大穴は『アマーリオ』! ほら、はった! はった!」


 設けられた小さな舞台の上では、水着兎バニー・ガールが威勢良く集まった客たちを煽る。


 客たちは、彼女の頭上にある予想配当率オッズ表と競箒の模様を映す投影像を食い入るように見つめながら、手元の投票申し込み券にお目当てを書き記していく。


 それに混じるリーチャの瞳も爛々と輝いていた。


「やっぱ、ここは『オルコック』よね~」


 申し込み券に記入し終えたリーチャにミックがビクッとなる。


「なにやってるんですかっ!? 僕らまだ勤務中ですよねっ!?」

「かたいこと言うんじゃないわよ~。仕事中に小遣いも稼げるんだから、一石二鳥でしょ?」


 生真面目なところがたまに傷なミックにぶぅ~としかめっ面を向ける。


「……編集長に言いつけますよ?」

「断言するわ、ミック……キミはいい男かもしんないけど、女の我が儘を聞いてあげられる度量がないとモテないわよ」


「それは時と場合によりますって! ほら次号の特集――〝今をときめく出資者の大胆予想〟を聞きにいきますよ!」

「やだやだー! 『オルコック』に賭けるんだい!」


 首根っこを掴まれたリーチャが子供みたいに手足をジタバタさせる。


「だめです! だいたい、元『ピッカルーガ』の飛箒士が、どうして後継の『アマーリオ』以外のギルドに賭けてるんですかっ!」

「決まってんでしょ。今の『アマーリオ』じゃ勝てないからよ」

「え?」


 今、なんて、と振り返るミックへ、リーチャは投影像を指し示してやる。


 投影像の中では、昨日に引き続き、四ギルドが熾烈な先頭争いを繰り広げている。


「確かにあの三人はよくやっていると思うわ。でも、長距離競箒は進度配分が肝なの。一人少ない状況は、必ず後でツケを払わされることになるわね」


 かつて、『ピッカルーガ』で曲路を得意とする曲箒士ベンダーとして、そこそこ活躍してみせたリーチャが、現役当時と変わらぬ鋭い眼光で語る。


「それなら『ノッティーユ』だって同じじゃないですか?」

「バカね。『ノッティーユ』は〝飛箒王〟が健在でしょ」

「いや『アマーリオ』にも〝銀嶺の魔女〟がいますし」

「〝銀嶺の魔女〟じゃ〝飛箒王〟には勝てないわ」

「どうしてですか?」


 まるでわかっていないミックに、リーチャは嘆息する。


「あんたの目は節穴なの? 〝飛箒王〟は昨日から一度も牽いてないのよ。それに引き替え〝銀嶺の魔女〟は自分からガンガン風除けやってるじゃない」

「あ」

「まぁ、〝ほうき星〟くんがきっと追いついてきてくれるって期待してんでしょうけど、七〇〇位じゃ、ほぼほぼ無理でしょうね。百歩譲って追いつけたとしても、魔力切れでお荷物になるだけよ」


「ほう、なら賭けてみるかい?」


 横から、顔をくたびれた帽子のつばで隠し、小汚いマントを羽織った、いかにも不審な男が割って入ってくる。


「あんた、誰よ?」

「なあに、怪しい者じゃないさ……それよりも賭けるのか?」

「賭けるも何も……」


 勝ち目のない賭けだ。絶対にジノは追いつけない。

 だが、ミックが即答する。


「賭けます! 絶対、〝ほうき星〟も戻って『アマーリオ』が勝ちます!」

「ちょ、ちょっと、ミック! 何、言って――」

「成立だな。ま、時間はたっぷりとある。ゆっくり見物しようや」


 男はミックと握手を交わし、酒場のカウンターをくいっと親指で指した。



 ★★★



 太陽が西に傾き始めた頃。


 ジノは独箒していた。

 休む暇なくただひたすらに東へと向かっていたが、〝鎖〟はおろか飛箒士一人にも出会してない。


 ひょっとして方角を間違えているのではないか。

 いや、太陽の位置を何度も確認し、逸れていれば、その都度修正してきたはずだ。

 だがしかし、その修正も誤っていたならば……。


 この広大な砂漠での孤独は、不安と焦燥感をこれでもかと募らせる。


「ぐっ!」


 ジノは、紛らわせるように加速する。


 今日はすでに魔力回復薬を一〇本服用しており、舌は馬鹿になっている。


 だが、おかげで飛箒距離はかなり稼いでいるはずだ。

 人影見当たらぬままであるも、楽観的に考えるならば、先行する他の飛箒士たちがあらぬ方角へと突き進んでいる可能性だってある。


(だとしたら、今の順位はどれくらいだろう?)


 この状況下では正確な順位を把握することなど不可能だ。競箒が終わり、ソルドからの伝心で確認するほかない。


(とにかく今は、信じて飛ぶしかない……ん?)


 暗示でもかけるように自分に言い聞かせると、遙か彼方の前方に豆粒ほどの黒点を見つける。


(なんだろう…………?)


 目を凝らしながらも加速の手は緩めない。

 黒点は次第に大きくなり、やがて肉眼でもその姿を確認することできた。


(あれはっ!?)


 空色の飛箒服を纏う飛箒士。

 背中には主な出資者の社名とロメオ・ヴィッターリの文字が刻まれている。


(なんでロメオがこんなところに!?)


 驚愕するも、ジノは背嚢から十一本目の魔力回復薬を取り出し、失った魔力を補充し終えると、すぐさま彼の元へと箒を飛ばした。

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