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 競箒が動いたのは最終局面を迎える少し前だった。


 『ノッティーユ』と、脱落したかに思えたが、見事な猛追を果たした『オルコック』が混成の〝チェイン〟を組んだのだ。


 風除けに〝つむじ風の君セーラ〟、二番手には〝空騎士エイブラハム〟、三番手に〝風詠みの賢者ウスターシュ〟、そして最後尾は〝飛箒王アラン〟という、少し競箒レース者でも考え得るであろう、現今最強の布陣である。


 序盤から〝鎖〟で繋がっていた両ギルドであるが、こうまであからさまな形を見せてくるとなると、秘密裏に共箒きょうそうの密約を交わしたことが明白だ。


『けっ!! この前の意趣返しとは恐れ入ったぜっ!』


 両ギルドの残りの飛箒士ひそうしが、枝から落ちる枯れ葉のように減速し、後方へ下がっていくのを尻目にウーゴが鼻を鳴らす。


 確かに、前回の長距離競箒ロング・ライドでは、アラン率いる『ノッティーユ』を倒すため、三つのギルドが共箒した。

 だが、それは純粋な勝負の中で生じた、その場限りのものである。


 『ノッティーユ』と『オルコック』には、明確な共箒の意志を感じられるほど、滑らかな連携が見られる。まるでこの日のために練習でもしていたかのような、一糸乱れぬ〝鎖〟だ。


『奴はそうまでして勝ちにこだわるかっ!?』


 〝飛箒王ひそうおう〟としての威厳もへったくれもない、と嘆かんばかりのオッジの心情はわかる。


 これは『ノッティーユ』が優位の共箒なのだ。

 『オルコック』の主力飛箒士エース二人が前衛を務めていることが何よりの証拠だろう。


『二人とも落ち着いて。もう最後の勝負が始まるわ』

『けどよ、お嬢。こんな独占禁止法に引っかかるような真似されちゃ、俺たちの立つ瀬がねえよっ!』


 ウーゴの喩えは言い得て妙であり、その気持ちも痛いほどわかる。

 この四人を隣りにしては、どんな飛箒士であれ、心を折られかねない。


 だが、ジノは違った。


「それだけ僕らを意識してるってことなんじゃないんですか?」


 逆に言えば、王者が三位のギルドが手を組まざるを得ないほど、『アマーリオ』を恐れているとも取れる。


 事実、〝飛箒王〟に競り勝ったアリスと、起死回生、逆転の切り札となる〝ほうき星〟を持つジノは、他ギルドからすれば脅威以外の何物でもない。


『お前が言うと腹立つけど、確かにそうだ』

『んむ、小生意気にもほどがあるが、一理あるのう』

「そういうつもりで言ったんじゃなかったんですけど……まったく分が悪いってわけじゃないだろうし……」


『だからお前が言うと嫌味にしか聞こえねえんだって!』

「す、すみません!」


 ウーゴの怒鳴り声にジノが肩をすくめた。


『いや、ジノの言うとおりよ。二人ともやる前から勝負を降りる気?』

『ビ、ビビってるわけじゃねえって、なぁオジー?』

『んむ。わしらはいつだって追う者じゃったが……これが追われる者の気持ちというやつかのう』


 総合順位は二位だが、潜在能力では優勝候補筆頭という伝聞各紙の評価を得て、実際に競箒相手たちがその対応を取ってきたことに、二人とも過敏に反応してしまっただけらしい。


「だったら勝ちましょう! 今度はぶっちぎりでっ!」

『『『おう(んむ)(ええ)っ!!』』』


 今日勝つことで、名実ともに優勝候補筆頭と呼ばれることもあり得る。


 ジノの鼓舞が三人を奮い立たせるのと同時に、曲路カーブから最後の直線に差し掛かる。


 距離にして三〇〇程度。障害物もないが、小さな荷馬車が一台通れるかどうかという狭い通路を最大加速で飛箒するのは度胸がいる。


「行きまぁあああすっ!」


 怖じ気づく、己の弱い心を打ち消すつもりで、ジノは加速した。

 ウーゴとオッジ、そしてアリスの三人は付いてきたが、アランたち混成の〝鎖〟も併箒へいそうをやめない。


 『オルコック』二大主力飛箒士が前衛という贅沢さからか、ジリジリと差を広げられ始める。


『ジノォっ!!』

『はいぃっ!』


 叫びに近いウーゴの声に、ジノは〝鎖〟から外れるべく、右の壁側に避けて速度を緩めようとした。


 しかし、


『まだ下がってはダメっ!』


 アリスに引き留められ、彼女の前――オッジの後ろに入る。


「どうしてですかっ?」


 正直なところ、まだ余力はあるが、補佐飛箒士アシストとしての自身の役割は終えたはずだ。このまま下がり、託した勝負の行方を見守るつもりだった。


『もう一度、牽いて。そのときは……』

「……えっ!?」


 小声で囁かれたアリスの提案は、ジノにしか聞こえなかった。

 そして、その内容は前代未聞にもほどがあった。


「無茶ですよっ!!」

『確かに無茶かもしれないけれど、やってみる価値はあるはずよ』

「でも……」


『ごちゃごちゃ何をやっておる! 最終加速に備えんかっ!』


 直線の三分の一を過ぎたところで力尽きたウーゴが『頼んだっ!』と残して外れ、代わりに風除けを担うオッジが加速する。


 ここで議論している暇はない。ジノは〝鎖〟が途切れないよう、オッジに続く。


 一方、アランたちの〝鎖〟は未だ健在であるも、先頭のセーラがやや苦しそうにしているのが防塵眼鏡ゴーグル越しに見て取れる。


 地力が違うのはわかっていたことだが、相手も同じ飛箒士。魔力が尽きれば飛べなくなる。

 自分たちがまったく通用しないわけではないのだ。


『せめて〝つむじ風〟だけでも道連れにせねば、格好がつかんわいっ!!』


 勝機、とばかりにオッジが飛ばす。

 すると、一箒身ほど開いた差をみるみる埋めた。


 そして、ついにセーラが千切れた。〝ごめんなさい〟と手話ハンド・サインを送ったのち〝鎖〟から離脱した。


『悔しいが、後は若いもんに任せるとしようかのう』


 己の割り当てを達成し、媒酌人のようなことを口にしたオッジは、早々に後方へ下がる。

 壁に肩を擦りつける、危なっかしい飛箒をみるところ、彼も本当に限界だったようだ。


 これで二対三。

 これまでの実績と数的にもあちらが有利である。

 それを知らしめるかのように、エイブラハムが加速する。


 二番手で温存できた魔力を存分に叩き込むその様は、戦の開始と同時に愛馬を走らせ、先陣をきる騎士のようである。 

 〝空騎士〟とはよく言ったものだ。エイブラハムの加速は、グングン速くなる。


 またウスターシュとアランもそれに難なく付いていくところも流石である。


 ようやく直線の半分に差し掛かり、オッジが詰めた差は、あっという間に二箒身にまで開いた。


『ジノ! 今よ!』


 このままでは勝てないと判断したアリスの声が飛んだ。

 だが、ジノは行けない。


「やっぱり無茶ですってばっ! 〝ほうき星〟で補佐アシストするなんてっ!!」


 先ほど、彼女が告げた前代未聞の提案である。


 その実、爆発的な加速を見せる〝ほうき星〟は、魔動力変換機構マギナリウスの限界点で高純度に高められた魔力の燃え滓が、空気に触れることで発光する現象である。


 それを浴びる危険性、あるいはこの狭い通路での発光による妨害行為とみなされることをジノは危惧しているのだ。


『いいからやりなさいっ! これは主力飛箒士の指示よっ!』

「うっ……」


 それを言われると反論できない。今日の主役は彼女だ。


『早くしなさいっ!!』


 それでも躊躇するジノに痺れを切らしたアリスが、珍しく激昂する。


「もう、どうなっても知りませんからねぇええええええっ!!」 


 ジノは魔芯に残存する魔力を注ぎ込む。


 穂先が輝き出すと、たちまち光の尾を引き始める。

 その中に包まれるようにしてアリスが続くと、共箒状態にあるアランたちを一気にブチ抜いた。


 しかしその差は五箒身もない。

 彼らは一様に驚いたものの、〝鎖〟を崩さず追箒してくる。


『くぅっ!!』

「アリスさんっ!?」


 やはり耐えかねるのか、苦悶の声を漏らすアリスをジノは心配する。


『大丈夫よっ!! 集中なさいっ!!』

「は、はいっ!!」


 ジノは半ば自棄になりながら魔芯ましんに魔力を叩き込む。

 急速に魔力がなくなり、全身に走る倦怠感と意識が朦朧とする感覚は、何度やっても慣れない。


 が、この日は少し趣が違った。


「っ!?」


 まだ魔力が残っているにもかかわらず、魔力切れを起こしたのだ。

 先ほどまで、あれほど好調だったことを考えると異常だ。


 途切れる〝ほうき星〟。

 アリスの前を牽いていたジノは失速し、脇に逸れた。


『ジノっ!?』

「す、すみま……せん」


 そこで意識が途切れたジノは、通路の床に激突した。

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