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「実は~、お伝えしたいことがありまして~。って、あら? 見慣れない方がいらっしゃいますね?」


 その笑顔と口調からは、全く深刻な雰囲気に思えない様子のマイヤは、チャーリーたちの姿を認め、小首を傾げた。


「あ、え、えっと僕たちは……」

「『アマーリオ』の関係者です!」


 言いよどむミックをリーチャが押しのける。


「ちょ、ちょっとリーチャさん!」


 転びそうになるも体勢を立て直したミックがリーチャに耳打ちする。


「そんなこと、問題になりますって!」

「わかってるわ。責任はあたしが取る」

「で、でも……」


 食い下がろうとするミックを、リーチャは「いいから、いいから」とあしらう。


「で、大変なことってなんなの?」


 話を進めようとするリーチャにマイヤが少しだけ困った顔になり、ソルドに「本当に話しても大丈夫かなぁ~?」と視線を送る。


「……彼らは『アマーリオ』関係者だ。私が保証しよう」

「あ、そうなんですね」


 小さく頷いたソルドに、マイヤはホッと胸をなで下ろし、一枚の羊皮紙を取り出して、ちょいちょいと手招きで皆を呼び寄せる。


「……これはっ!?」


 訝しみながら集まり、羊皮紙に目を通した皆を代表して、ミックが声を漏らした。

 羊皮紙に書かれていたのは、ジノの検診結果だ。


 違法な魔力回復薬使用エーテルを未然に防ぐために、競箒レースごとに必ず義務づけられている検診であるが、飛箒士ひそうしの体調もわかりやすく数値化、図表化される。


 そして皆が注目したのは、欄外に記された特記の部分であった。


「〝この者、消魔病しょうまびょうの疑いあり〟……っ!?」


 声に出したのはジノ本人であった。


 消魔病とは、読んで字のごとく、魔力が消える病気である。


 枯渇ではなく消失。


 一般人と身体の構造が少しだけ異なる魔法使いにとって、生命力と密接に関係している魔力を失うことは、非常に危険である。最悪の場合、死に至ることもある。

 罹患率は極めて低いが、原因不明で現在の魔法医学では治すことができない超難病なのだ。


「……嘘だろ……マジかよ……」

「むぅ……」

「……」


 ウーゴ、オッジ、アリスの正規飛箒士レギュラーたちが落胆するのは無理もない。

 今、ここで〝ほうき星〟という切り札を失うのは『アマーリオ』にとって致命傷だ。


「そんな……あんまりだ……」

「泣くんじゃないわよ、ミック! ねぇ、あんた魔法医なんでしょっ? なんとかならないのっ?」

「え、えっと、あの~!」


 リーチャに掴みかかられ、マイヤがおろおろする。


「リーチャ」


 静かに組んでいた手をほどいたソルドがリーチャを見る。


「どんなに優秀な魔法医でも、どうにもならないことはお前も知っているだろう?」


「でもさ、あと少しで『アマーリオ』の夢が叶うところまで来てんだよっ!? なのに……これじゃカルロが報われないじゃないっ!!」


「やめておけ」


 マイヤから手を離し、ソルドに向き直るリーチャへ、今度はオッジがため息交じりにたしなめる。


「それはわしらも重々承知しておるわい……のう?」

「……」


 オッジが視線を飛ばした先のソルドは、噛み切らんばかりに唇を噛む。

 あまり感情をおもてに出さない彼にとっては珍しい。


 と、そこでジノの隣からすすり泣く声が聞こえてくる。


「……どうして……!?」


 その赤い瞳から大粒の涙を流すアリスが耐えきれず両手で顔を覆う。


「ア、アリスさん……」


 本当に泣きたいのはジノの方であるが、他人の涙をみると冷静になってしまい、どう声をかけていいかわからなくなってしまった。


 そうして、やり場のない怒りと悲しみが部屋に充満し、誰一人声を発することはなくなった。


「……あ、あの~……」


 その沈黙を破るかのように、マイヤが大変申し訳なさそうに眉をハの字にする。


「う、疑いがあるというだけで、ジノくんが消魔病になったわけじゃないので……そんなに気を落とすことはないんですよ~」


 それが本当だとしても、一同は、彼女の優しさから放たれた、気休めの言葉だと認識してしまった。



 ★★★



 しかし、その気休めを打ち消すかのごとく、ジノの調子は良かった。


(というよりも、これは……)


 出来が良すぎる。


 ムーテルビアの回廊の曲路カーブは直角ばかりであるが、これ以上ない最適の位置取りで曲がりきり、直線も普段とは比べものにならないほどの滑らかな伸びを感じる。


(……おかしい)


 〝ほうき星〟という唯一無二の武器を手に入れたものの、昨日今日で飛箒技術が上がることなどない。

 日々、練習を重ね、さらに競箒の経験を蓄積し、獲得するものである。


 無論、足し算か、かけ算といった個人差はある。

 どちらかといえば、ジノは前者であり、それほど器用でも物覚えも良いほうではない。


 ゆえに、このを手放しで喜べない。

 誰かに操られているような、そんな気持ち悪さすら覚える。


(……まいったな)


 終盤に差し掛かり、『ハインカーツ』と『オルコック』が先頭争いから脱落し、未だ風除けを担うジノの左前を『ノッティーユ』の最後尾――〝飛箒王ひそうおう〟アランが行く。


 彼に勝ちたい。

 まともな飛箒士であれば誰もが望むことだ。


 だが、それは己の力でなければ意味がない。このような奇妙な状態で勝ったとしても納得しかねる。


(っ!)


 やはり最適解の箒路コースで曲路を行くジノ。

 自身を制御しきれない焦りから、背中に嫌な汗が流れる。


(どうなってるんだ、僕は……っ!?)


 アランと併箒する形になり、彼がチラリとこちらを見るのがわかった。

 父の死の真相を聞き出すためにも勝たなくてはならないが、これでは競箒に集中できない。


 そんなジノに手を差し伸べるかのように、アリスの声が耳朶を打つ。


『ジノ。少し速度を落として。私たちを置いていくつもり?』

「え? あ」


 一瞬、後ろを見ると、二番手のウーゴと三箒身ほど間が空いていた。

 これでは〝チェイン〟も意味を成さない。


「す、すみません!」

『いや、そのままでいいっ』


 緩めようとしたジノを押し上げるように、ウーゴが加速してきた。


「ど、どうしてですか?」

『認めたくねえが、今のお前は神懸かってる。この機会を逃す手はないだろ!』


『じゃがジノは……』

『どう見たって〝消魔病〟を患ってるヤツの飛箒じゃねえよ!』


 オッジを遮ったウーゴは力強く続ける。


『もっかいだ! もっかい〝飛箒王〟に勝てば、お嬢はマグレじゃなくなる!』


 確かに、アリスを新たな〝飛箒王〟――この場合〝飛箒女王〟であるが――にするためには必要な条件である。


「ジノ! 俺らのことは気にすんな! 死ぬ気で飛ばせ!」

「はい!」


 ウーゴの檄に頷くジノは、さらに加速した。

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