21

 それから三つの〝チェイン〟を渡ったジノは、絶体絶命の危機を迎えていた。


「くぅおおおっ!!」


 左方向への猛烈な曲路カーブを壁面スレスレに入る。


 遠心力により、箒ごと外へ外へと引っ張られるが減速はしない。目一杯体を左に倒し、〝アウトインアウト〟で曲がりきる。


 その箒路をなぞるかのごとく、数瞬遅れで砂ゴブリンたちの矢が突き刺さった。


(さっきより精度が上がってきてるっ!?)


 ジノは速度を緩めず、右曲路を攻める。


 先ほど四つ目の〝鎖〟に付いたが、休む間もなく砂ゴブリンたちの襲撃に遭った。

 八名ほどいた短い〝鎖〟は、あっけなく断ち切れた。ジノ以外の全員が砂ゴブリンの痺れ矢に沈んだのだ。


 拍子に壁面や谷底にぶつかっただろうが、飛箒ひそう服に施された衝撃緩和魔法エアバッグで無事なはずだ。砂ゴブリンたちが下りてくる前に、大会側の転送魔法で保護されるだろう。


(本当に大丈夫かな?)


 落箒らくそう自体、ジノも経験がないので正直心配である。

 だが、他人を気遣っている段ではない。より一層の鋭さを増した砂ゴブリンの矢がジノに迫り来る。


「くっ!!」


 曲路を舐めるように脱出したジノは、矢の群れを紙一重で躱すも、二、三本掠めてしまった。

 やじりに塗られた痺れ薬は強力であるが、幸い、飛箒服の内側まで達してはいない。このまま飛箒しても問題はないだろう。


 ホッと安堵したジノはキトリの箒を握り直した。

 魔力変化率と反応レスポンスの良さは、今まで使っていた箒と雲泥の差である。特に曲路での操作性が抜群に良い。これがなければ砂ゴブリンの矢の餌食になっていたであろう。


 昨日、キトリに突き返さなくて本当に良かった。ジノは砂ゴブリンに的を絞らせないよう、ジグザグに飛箒しながら先を急ぐ。


 そうして、しばらく進むと、砂ゴブリンたちの攻撃が止んだ。

 彼らの縄張りの外へ出たのだ。

 砂ゴブリンは幾つもの部族に分かれ、それぞれが縄張りを持っている。互いの縄張りを侵すことは絶対にしないことは、ソルドから競箒前に教わった。


 ジノは再び背嚢から魔力回復薬を取り出す。

 またいつ襲撃を受けるか分からない上に、今は一人だ。

 回復できるときは迷わず回復しておかなければ、追いつくものも追いつかない。


 スカーフを口元が見える程度に下げ、片手で魔力回復薬の小瓶の口を折ると、一気にあおった。


(よし!)


 空になった小瓶を落とし、スカーフを戻すと、さらに加速する。

 経路は右へ左へと曲がるが、ジノは速度を落とすことなく通過した。


(いける!)


 過信ではなく、本当に調子が良い。

 これならば今日中にアリスたちに追いつけるかもしれない。


 意気モチベーションが上がり、快調に飛ばすジノの前に、四名の飛箒士たちが現われる。

 いずれもかなりふくよかな体格で、身につける薄紅色の飛箒服と相まって、かつて存在した豚人オークを彷彿とさせる。


 その四人との距離を詰めながら、ジノは一瞬迷う。

 彼らが組む〝鎖〟に入り、少しでも魔力を温存するべきであろうが、その肉体が足枷になっているのか、いかんせん遅い。

 ようやく谷の半分に差し掛かろうというところで、足踏みさせられるとなると、日暮れ前に谷を抜けられない可能性が高くなる。


 やはり、ここは通過スルーして次の〝鎖〟で体勢を整えるべきか。

 いや、そもそも次の〝鎖〟まで、どれくらいの距離があいているかわからない。一旦、繋がっておくべきか。


 ジノが決めかねていると、一人がこちらに気づいた。

 そして、次の瞬間には、それぞれが二人分はあろうかというほどの肉の壁が、前後左右に迫る。


「ちょっ!? どういうつもりですかっ!?」


 一見、外敵からの保護を目的とした陣形フォーメーションであるも、進路妨害以外の何物でもない。


 開放伝心オープン・チャンネルで問い詰めたジノが、躱して抜き去ろうとするが、それに合わせて抑えにかかってくるので、確信犯だ。


『わ、悪く思わないでくれよ。これも作戦なんだ』


 やけにしわがれた声が開放伝心で返ってくる。


「作戦?」

『そ、そう。ここでキミを止めることが、僕たちの仕事だよ』


 ジノは理解した。


 彼らはだ。

 上位のギルドが下位ギルドを買収し、補佐飛箒士アシスト役をさせたり、邪魔な存在の排除などに当たらせる。

 あってはならないことであるが、まかり通っているのが現状である。


「あなた方はそれでいいんですかっ!? 飛箒士として恥ずかしくないんですかっ!?」

『う、うるさい! ぼ、僕たちみたいな弱小ギルドは、こ、こうするしか他にないんだ!』


「そんなことないですよ! 努力すれば、必ず報われるはずですっ!」

『わ、わかったような口をきくなよっ! そ、そりゃ、ぼ、僕たちだって、ど、努力はしたさっ! で、でもダメだった……っ!』


『ほ、〝ほうき星〟なんて必殺技を持っているキミには、ぼ、僕たちの気持ちなんか、い、一生わかりっこないさっ!』

『そ、そうさ! お、おまけにキミは若いし、か、顔もいいから、さぞ、モ、モテるんだろう? そ、そんな奴の言葉なんて、か、髪の毛一本も響かないぞ!』


『あ、ああ、こ、これだから美男子イケメンは、き、嫌いなんだっ!』

「ぐっ!?」


 右隣から体当たりを喰らい、ジノはふらつくが、持ちこたえる。


 競箒では、は許されているが、このように取り囲んでの行為は反則だ。

 しかし、失格の宣告がないところをみると、大会側も見落としているのかもしれない。どうしたって先頭集団に注目がいってしまうため、やむを得ないところではある。


 それでも頭に来る。

 他ギルドの駒になるなど、飛箒士としての誇りを捨てたも同然だ。即刻、箒から降りるべきである。


 そんな彼らと、彼らを買収した誰かには、死んでも負けたくない。


 しかし、ジノにさらなる苦難が降り注ぐ。

 一瞬、何かが上空の陽の光を遮る。

 岩大蛇バジリスクだ。

 まるで谷間を縫い合わせるかのように、両方の崖の上を行ったり来たりに飛び越えている。


『う、うわぁあっ!? バ、岩大蛇だっ!?』

『だ、大丈夫! ま、まだ気づかれてないよっ!』

『じ、じゃあ、さ、さっさと〝ほうき星〟を片付けて、に、逃げよう!』

『り、了解っ!』


 四人は「せーの」のかけ声で、ジノに体当たりをかました。

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