幕間

17

 全ての時間計測タイム・アタックが終了し、時計の針が夜の十一時を回った頃。


 アランは『ニールギルス』の自室にいた。

 ソファでだらしなく横になり、腹部には毛布代わりに伝聞紙でんぶんしがある。


 その一面には『〝ほうき星〟のジノ』という見出しとともに、時間計測直後のはにかんだ笑顔を向けるジノの念写ねんしゃがデカデカと載っていた。

 さらに傍のテーブルには、号外として発行された他社の伝聞紙が無造作に置かれている。


 いずれもジノの記事ばかりで、自身の伴箒霊を破り、歴代一位の記録を更新したアランのことなど一文もない。


「……」


 アランは腹の上の伝聞紙へ、今一度目を向ける。


 結局、伴箒霊ゴーストに勝てたのは自分と、このジノとかいうガキだけだ。

 それでも『アマーリオ』の順位は二つ上がっただけであり、これまでの競箒での貯金もあって、戦局に大差はない。


 明日より始まる中盤戦も、我が『ノッティーユ』が勝利をいただく。

 次の日も、その次の日も。

 そうして十一回目の総合優勝を果たせば、楽しい休暇に突入する。 

 それがアランの夏の恒例である。


 しかし、奴の出現で、休暇を心から楽しめなくなるかもしれない。


 記録そのものは、こちらが圧倒しているが、問題はその勝ち方だ。

 アランはテーブルの上にある別の伝聞紙を手に取る。

 そこに掲載されてある念写は、ジノが加速したときのもの――〝ほうき星〟をやってのけている瞬間である。


 魔動力変換機構マギナリウスへ大量の魔力を瞬間的に注ぎ込むことによって、爆発的な加速を生む。

 その残滓が、夜空を流れる箒星のように、穂先より光の帯を紡ぎ出すことから、〝ほうき星〟と呼ばれる幻の箒法そうほうである。


 この〝ほうき星〟を為し得たのは、ジノ以外ではたった一人。

 カルロ・リーベン。

 かつてアランがカルロと柄先を交えたのは二度だけ。

 その一度目で見た。

 真横にいたので今でもよく覚えている。まるで嵐に巻き込まれたかのように弾かれた。


 〝ほうき星〟を出されては、対処のしようがない。それこそこちらも〝ほうき星〟を繰り出さなければ。


「……出来るわけねえよなぁ」


 アランは伝聞紙を放った。


 要は、〝ほうき星〟を仕掛けさせない状況を作れば良いのだが、競箒次第では、最終直線で相まみえることもあり得る。


 『アマーリオ』には老獪なオッジに加え、本来の主力飛箒士エースであるアリスもいる。

 これに〝ほうき星〟のジノという新しい要素が加わると、二大主力飛箒士ダブル・エースを擁する『オルコック』以上に厄介だ。


「ったく、面倒くせえことになりやがって」


 アランが上体を起こし、ソファに座り直すと、ノックもなしに扉が開いた。

 入ってきたのは背広姿の中年の男、ブルーノ・ブライアンだ。


「これはどういうことだっ!?」


 ツカツカと目の前に来たかと思うと、慇懃無礼に手にしていた伝聞紙を蒔くように投げ捨てた。


「俺につっかかってもしょうがねえだろ」


 伝聞紙を拾いながら、アランは自慢の黒髪を掻き上げた。


「事の重大さがわかっていないな。いいか? 〝飛箒王ひそうおう〟であるキミは、何人たりとも負けてはならんのだよ」

「言われなくたってわかってるさ」

「いいや、わかってない! これまで我が社がいくら出資してきたと思っているんだっ!?」


 ブルーノは『ノッティーユ』の筆頭出資者パトロン『ウィルフォード商会』の者で、主に広報の仕事をしているが、ギルドマスターを兼任するアランとの遣り取りも任されている。


「有り難いとは思っているし、その恩には報いてきたつもりだ」

「その結果がこれか? 笑わせるなよ」


 伝聞紙を指しながらブルーノは口の端をつり上げる。


「……言っておくが、キミが〝飛箒王〟でなくなった瞬間に『ノッティーユ』の商品価値はなくなるからな」


 それを聞き、アランは片眉をぴくりとさせた。


「俺も言わせてもらうがな。俺はまだ負けてねぇ。この〝ほうき星〟だってマグレかもしれねえだろうが!」

「そのような認識で大丈夫かね? 正直に言うと、今回の一件で上層部では『アマーリオ』への出資を、という声も出ている」

「っ!?」

「鞍替えされたくなかったら、せいぜい頑張ることだ。では」


 言い残し、ブルーノは去った。


「……くそっ!」


 再び一人になったアランは、伝聞紙を乱暴に破り捨てた。

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