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 結論からいうと、ニナが一枚上手だったのだ。


 貴族、しかもソルダーノ家の娘に手を出したカルロは、問答無用で処分されるだろう。事が明るみに出るのは時間の問題で、それは間違いのないことだ。


 また、平民の子を宿してしまったニナも問題だ。阿婆擦れ、売女、彼女への烙印レッテルはいくらでもあるだろう。どのみち貴族の世界では生きられない。


 それでも授かった命を守りたい。

 この恋は、彼女にとっての初めてであり、本物であった。


 しかし、このままでは愛するカルロを失い、育ててくれたソルダーノ家に多大な迷惑がかかる。


 そこで一計を案じた。

 ニナ・ソルダーノを殺し、別の人間として生きる。


 まず侍女の伝手を頼り、裏の世界で生きる魔法使いを雇った。

 金さえ払えば、殺しでもなんでもする極悪非道である。あまり関わりたくないが、悠長なことをいってる段ではなく、ニナの覚悟も決まっていた。


 その魔法使いは、確かに腕は良かった。

 病死にみせかけるため、ニナの偽の遺体を作り、さらに魔法医になりすまして診断書も書いた。


 それからニナの外見を魔法で変えた。

 後々、不都合が生じるため、身体の大きさはそのままに、目鼻立ちや髪の色などだけにとどめたが、印象がまるで違った。

 知っている者が、かなり注意深く観察すれば気づくかもしれないが、元々、交流範囲がそれほど広いわけでもないので、バレる可能性は低かった。


 そして名も変えた。

 血筋の途絶えた侍女の母方の親戚の姓を譲り受け、レジーナ・クッペルと改めたのだ。


 こうして姿形を変えた彼女は、カルロと一緒になった。

 当初、慣れない平民の生活に苦労したものの、愛する者と過ごす時間は何よりの幸せだったし、ほどなくして生まれた子の存在に何度も救われた。


 その子こそジノであった。






「それからのことはキミのほうがよく知っているかもしれないね」


 口元に笑みを浮かべながら、レオナルドは木杯を傾けた。


「いや、小さかったですし、特には……」


 これといった記憶のないジノは否定する。

 そもそも聞きたかったことは、両親の馴れ初めなどではない。


「そう慌てないでほしい。大丈夫、キミの聞きたい所はちゃんと話すよ……ただ、キミには二人のことを知っておいて欲しかったんだ」

「……」


 微妙な顔になるジノの反応を楽しむかのように、レオナルドは柔らかく笑う。


 華奢で薄幸という言葉が似合う彼は、紛れもなく貴族なのだろう。こういった間の取り方をする人物は、これまで会った中ではいなかった。

 急かしてはいけないとジノは思うのだが、やはり心は逸ってしまう。


「それで父はどうして……?」

「慌てるな、と言ったばっかりだけど、焦らしすぎるのも趣味じゃない」


 キミの気持ちは理解しているよ、とレオナルドは肩をすくめ、再び語り始めた。






 カルロとレジーナが一緒になって二年が過ぎた。


 ソルダーノ家から放たれた刺客も現われず、三人は平穏無事な暮らしを続けていた。

 幸せというのはこういうことなのだろうと、カルロ自身しみじみ感じていた。


 レジーナの素性を知らぬ周囲からは「お前には勿体ないくらい、可愛い嫁さんもらいやがって」と茶化されたものだが、浮かれてはいなかった。

 むしろ逆であった。愛する家族の存在は、カルロをとてつもない速度で上達させていった。


 元々、調律師ルーラーとしての実力を買われて正規飛箒士レギュラー入りしたのだが、直線での伸びと抜群の勝負感を身につけ、とうとう『ピッカルーガ』の主力飛箒士エースを任されるようになったのだ。


 主力飛箒士になってから五回ほど競箒レースに出たが、いずれも負け知らずであった。

 競箒の規模こそ中小であったものの、バレ・ド・リュシュテリアの出箒権を得られる国際競箒でも勝利したので、『ピッカルーガ』は大いに盛り上がった。

 ちなみに負かした相手の中には、飛箒王ひそうおうになる前のアランもいた。


 そうして、バレ・ド・リュシュテリアの前哨戦ともいえる、ルオズ国際競箒――運命の一戦を迎える。


 バレ・ド・リュシュテリアの終着地ゴールであるルオズの街中を巡る周回サーキット競箒だ。

 十二周と短い距離であるが、バレ・ド・リュシュテリア本番前に最終経路を飛箒できる数少ない機会とあって、名だたる強豪ギルドも挙って参加する。


 競箒前、準備飛箒ウォーミングアップを終えた飛箒士たちに記者たちが群がっていた。

 中でも一際目立っていたのが『ピッカルーガ』であった。


「調子はどうでしょうか?」

「ズバリ、今日の好敵手は誰ですか?」

「今回もあの飛箒を披露するんでしょうか?」

「えっと、あの、そ、そうですね……」


 矢継ぎ早に質問され、カルロはタジタジである。


 このとき、カルロは〝ほうき星〟を完成させていた。


 元来、急激かつ大量の魔力を消費して、爆発的な推進力を生む飛箒法の発想はあった。

 しかし、箒への負担が大きく、至る前に箒が壊れて落箒するのが常であった。

 ゆえに主力飛箒士は、最終直線で十割の力で飛ぶことができず、欲求不満フラストレーションを募らせたものだ。


 それを解消したのがキトリだった。

 彼女が作った〝ファルコン〟は、理論上、従来の二倍の魔力量にも耐えられる魔動力変換機構マギナリウスを持ち、それまで主流であった『ウィルフォード商会』の〝ワイバーン〟を引きずり下ろした。


 今度のバレ・ド・リュシュテリアでも正式採用されており、世界魔導具普及機関が魔導具発明の父にちなんだ最高賞〝フェルディナンド賞〟を彼女に授与することを決定した。


 これを機にキトリの元へ、大手商会が我先にと大量受注を申し出てくることになり、嫌気が差して権利を第三者へ譲渡した。

 彼女が現在の形式スタイル――自分の気に入った者にしか箒を作らなくなった原因として、有名な一件である。


 ともあれ、カルロは〝ファルコン〟の恩恵をあやかることとなった。

 見た目も派手な飛箒法は注目を浴びずにはいられず、『ピッカルーガ』は伏兵ダーク・ホースとして、バレ・ド・リュシュテリアの上位予想にも食い込んでいた。


 記者たちは声が重なるのも厭わず質問を繰り出し、念写機の発光フラッシュを焚くのに余念がない。


「取材は競箒の後にしてください。準備がありますので」

「そうだ、そうだ、後にしろー」

「それから、ウチのギルドマスターに話を通してくれんと取材は受けんからな?」


 記者たちとカルロの間に入ったのはソルド、リーチャ、オッジの三人である。

 彼らは補佐飛箒士として今回の競箒に出箒するが、王子を守る騎士といった構図にしか取れない。


 その三人に睨まれた記者たちは、舌打ちをしたり、小さく悪態を吐きながらも散っていった。


「……ありがとう、助かったよ」

「礼には及ばんさ」


 胸をなで下ろすカルロに、ソルドが小さく首を横に振った。


「でも、あれくらい一人でちゃんと受け答えできるようになんないとね」

「うーん……」


 曖昧な返事をするカルロへ、リーチャはため息を吐いて続ける。


「あのねぇ、カルロ。あんたはウチの主力飛箒士なんだよ? 余所の主力飛箒士をもう少し見習ったほうがいいよ」

「わかってるんだけどさぁ」


 勝負を決める主力飛箒士はギルドの顔である。

 主力飛箒士に成り代わって勝利するならまだしも、補佐飛箒士はあくまで補佐に過ぎない。

 立場の違いはわかっているが、どうにも人前は苦手だ。


「そう言わずに。バレ・ド・リュシュテリアで勝てば、嫌が応にも矢面に立たされるんじゃ。今のうちになれておく方がよかろう」

「……善処します」


 面白がっている風にしか見えないオッジに、カルロは嘆息した。

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