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 知っての通り、競箒レースは得点加算方式で勝敗が決まる。

 中間直線スプリントや最終直線での順位がモノを言う。


 そこに至るまでに、いかに優位な状態でいられるかが重要であり、いくつもの駆け引きが要求される。


 魔力を温存するのか、それとも魔力回復薬を使うのか?

 競箒の速度配分はどうか? 風向きは? 地形は?

 集団での位置取りは? 飛び出す頃合いはいつか?

 〝鎖〟の切り離し方はどの時期が最適か?


 これらは出箒者全員に関わってくるものであり、乗り越えるには、ギルドの立てた戦術が必要である。


 それは千差万別だ。

 とにかく綿密に立てるギルドもあれば、基本的な決めごとだけして、あとは飛箒士ひそうしに任せ、その自由度に期待するギルドもある。

 全ての状況に対応するべく、何十、あるいは何百通りを想定するギルドだってある。


 そして、主力飛箒士の実力に絶対の自信を持っているのであれば、その必勝の方程式に持っていくよう仕向けるギルドも、だ。


 『ピッカルーガ』は後者であった。


 カルロの〝ほうき星〟は、練られた戦術のもとにもぎ取った多少の差など、無に返すことのできる切り札。

 相手側からすれば、脅威以外の何物でもない。


 端的に言えば、理不尽である。

 ゆえに『ピッカルーガ』は警戒されていた。


 戦の陣形でいうところの方円、その内側に閉じ込められる形で競箒の終盤を迎えていた。


「ねぇっ! そろそろ仕掛けないと追いつかないんじゃないのっ!?」


 先頭のリーチャが痺れを切らした。

 もっとも、囲まれているため、彼女の風除けも意味はない。


「慌てるでない。まだあと一周はあるじゃろう」

「でもさ、オジー」

「落ち着けリーチャ」


 二番手のオッジへ振り返ろうとするリーチャを、三番手のソルドが制止する。


「心配しなくとも、そろそろ自滅し始める頃だ」


 まるで未来でも視てきたかのような口ぶりのソルド。

 直後、彼の言ったことは現実になる。


 今、飛箒しているルオズの街の通りは、荷馬車三台分もある幅広いものであるが、直線部分が少なく、やたらと曲がりくねっている。

 加えて、上り下りが頻繁にあるため、立体的な飛箒を求められる。


 そのような悪路で、複数のギルドが方円陣を組んで飛箒するのは至難の業だ。

 流石に強豪ギルドは即興でもやってのけているが、『ピッカルーガ』よりも下位のギルドは、綻びを修正できないでいた。


 そして、その綻びが今し方大きくなったのだ。

 一瞬の隙を逃す手はない。


「いこう」


 カルロは主力飛箒士エースらしく告げた。


 向かって右前方の、痩身の成人男性が通れるほどの隙間をリーチャが突っ込む。

 慌てて寄せてくるが、時すでに遅し、隙間が塞がったのは続く三人が通り抜けた後だった。


「へっへ~! ザマーミロ!」


 お尻ペンペンという、子供じみたリーチャの挑発に我を忘れた他ギルドの面々は、方円陣を崩し、追いかけてこようとするが、互いが互いに邪魔をし合い、上手く速度を出せない。

 それどころか、接触して落箒する者までもが現われる。


「あ~らら」

「ふん、自業自得じゃ」


 陥れようと手を組んだ者同士である。同情する余地はない。

 カルロは振り返らずに競箒に集中する。


「で、先行してるのはどこだっけ?」

「『デスパロ』と『ギャリンカ』、それから『ノッティーユ』のはずだ」

「『ノッティーユ』?」


 前者二組はバレ・ド・リュシュテリアでも優勝したことのある大ギルドであるが、最後の一つは覚えがない。


「忘れたか? 前のネルパントーネ杯で競ったところだ」

「ああ!」


 バレ・ド・リュシュテリアの出場権を得た、ルバティア王国で行われた国際競箒である。


「主力飛箒士がやたらと体当たりを仕掛けてきたとこ」


 それ以外は記憶に残っていないほど、凡庸なギルドだったように思える。


「じゃが、二競箒連続で優勝争いに絡んでくるとなると、少しばかり注意しておいたほうがよいじゃろうな」

「ああ、今後も含めてな」


 ソルドが同意するのにあわせて、カルロも『ノッティーユ』の名を頭の片隅に書き記しておくことにした。


「見えたよ……って、あれ?」


 『ピッカルーガ』を牽いているリーチャが先行していたギルドを捉えたようだが、様子がおかしい。


「どうしたの?」

「その『ノッティーユ』がいないのっ! 『デスパロ』と『ギャリンカ』しか見えないっ!」

「なんじゃとっ!? まさか、抜き去ってしまったのかっ!?」

「状況からすると、そうなのだろうな」


 『デスパロ』と『ギャリンカ』が〝チェイン〟を組んで飛箒しているのをカルロも視認した。

 しかも、やけに疲弊している様子が窺える。


 ルオズ国際競箒は短距離競箒ショート・ライドなので、魔力回復薬の使用は一切認められていない。

 だが、この二ギルドは何度も出箒している、言わば常連である。想定した練習および戦術を組み立てているはずだ。


「考えられるとしたら……速度配分ペースを上げられたってことか」

「それもかなり……ということじゃろうな」


 カルロの推測にオッジが頷くと、ソルドが前に出る。


「リーチャ、代われ。俺が牽こう」

「え? まだ早くない?」


 ソルドは最終直線前でカルロを牽く、補佐飛箒士アシストの要だ。リーチャが驚くのも無理はない。


「もし、その速度配分なら、間に合わなくなるぞ!」


 ソルドの直感は当たる。

 これまで何度も競箒の流れを読みきり、『ピッカルーガ』を勝利に導いたかわからない。


「わ、わかったわ」


 そのソルドが、やや切羽詰まった感のある声を発したので、リーチャも素直に従う。


 リーチャとソルドが入れ替わる形となった〝鎖〟で『ピッカルーガ』は速度を上げた。

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