15

 ジノたちいる天幕から数十歩ほど離れたところに、もう一つの天幕があった。


「はっはっは! ジジイもだらしねえな! もう潮時じゃねえのか!」


 波打つ黒髪を掻き上げながら、伴箒霊ゴーストがオッジ・ファウランを打ち負かしたことに喜ぶのは、言わずと知れた〝飛箒王ひそうおう〟アランである。

 調度品のソファにもたれかかり、テーブルに足を投げ出す姿は、王と呼ぶにはほど遠い。


「しかし一箒身いっそうしんもありませんでしたよ? 状況が違えばどうなっていたことか」


 隣から水を差すのは、ウスターシュ・ユゴーである。

 緩く後ろで束ねた金髪に、銀縁眼鏡という出で立ちは、宮廷お抱えの家庭教師さながらであり、〝風読みの賢者〟の二つ名に相応しい。


「けっ、この世に〝たられば〟なんざねえんだよ。結果が全てだ、結果が」

「一時の結果に満足していては、そのうち足下をすくわれる、と言っているんです」

「そういうのは一度でも俺の足下をすくってみせてから言いやがれ。この万年二番手が」


「ぐっ」

「ほら、どうした? さっきまでの勢いはどこにいきやがった?」

「……ロメオ君」


 ベロベロバー、と子供みたいなアランの斜め後ろに控えるロメオ・ヴィッターリの身体がぴくっとなった。


「はい」

「キミはこのような恥ずかしい大人になってはいけませんよ」

「バカ言え。俺以上に手本になる奴がいるかよ。なぁ?」


 振り返るアランにロメオは曖昧な返事をした。


 今でこそ同じ『ノッティーユ』で手を取り合っているが、アランとウスターシュは同い年で、学生時代からしのぎを削り合ってきただけあり、普段は何かと反発し合う。


 他人には理解できぬ譲れない思いが互いにあるのだろうが、せめて競箒相手たちの時間計測タイム・アタックには集中してほしいと思うロメオである。


 無論、口にはできないため、アランとウスターシュは『アマーリオ』の二番手の飛箒を見逃してしまう。

 しかし、それはさほど問題ではない。このウーゴ・ペジェリという飛箒士も伴箒霊を抜くことは出来なかった。


 問題はここからだ。

 投影像の中では、『アマーリオ』の三番手、ジノが開始線に向かっている。


「お? 来やがったな」

「ええ」


 アランとウスターシュがやや真剣な顔でジノを注視する。

 彼らは、初日の競箒でのジノの飛箒を見て、ジノに興味を抱いている。


 それがロメオにとってはたまらなく妬ましい。


 ジノとは、エッフェルバーグ魔導学院の同期で、世界学生競箒で優勝を果たした同士でもあった。

 当時、主力飛箒士エースであったロメオを補佐飛箒士アシストとして支えたのがジノだ。


 卒業後、本職プロとして一緒に『ノッティーユ』でやっていこうと誘ったが断られた。

 彼が選んだのは『アマーリオ』だった。


 確かに『アマーリオ』は良いギルドだが、未だバレ・ド・リュシュテリアでの優勝経験はない。

 亡き父親の思いを引き継ぎたいという気持ちはわからないでもないが、『ノッティーユ』がある以上、不可能だ。

 立ちはだかる〝飛箒王〟アランに勝てっこない。


 無論、ロメオだってアランに挑戦したい思いはある。しかし、それは先の話だ。

 今は彼の下で学び、力をつける時なのだ。


(ジノ。お前は選択を誤ったな……)


 初日の競箒で見せた〝可能性〟はマグレだ。

 あのジノが、たった数ヶ月程度で見違えるほどの力をつけられるはずがない。

 きっとアランとウスターシュも興を削がれてしまうはずだ。


 ロメオが否定的な視線で、開始線で箒に跨がるジノを見つめた。

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