14
陽がだいぶ西に傾いた。
まばらだった観客席もほぼ満員となり、少々耳障りに感じるほどざわついている。
無理もない。これよりいよいよ上位陣が出箒するのだ。
『続きまして、〝アマーリオ〟所属、オッジ・ファウラン』
場内の報せに従い、オッジが開始線に出てくると、観客達の声援が大きくなった。
対し、オッジは手にした箒を掲げてみせた。
その光景は、観客席の脇にある天幕に控える出箒前の者たちも見ていた。
「オッジさんって人気あるんですね」
中央のテーブルに置かれた大きめの水晶から映しだされる投影像を眺めるジノが感嘆する。
「オッジは息の長い飛箒士だから」
隣のアリスも投影像をぼんやりと見つめている。
二つ名持ちではないが、長年飛び続けるオッジには、幅広い世代の
「派手さはなく、堅実な飛箒だが、逆に大きな失敗もない」
アリスの反対側に座るモニカが、冷静な口調でジノに椅子を寄せてくる。
「ああ。その経験値の高さゆえ、どんな状況でも器用に立ち回れる……まったく、厄介な爺さんだ」
モニカの後ろに立つゲルハルトが忌々しげに投影像のオッジを睨む。
「んだぁ、オラも何度か柄先を交えたけんど、粘り強えことこの上ナシだぁ」
ゲルハルトの右側では、ジノの後頭部に飛びつこうとするテッテを捕まえたグンターが、うんうんと頷く。
「おーい、ジノー」
それを遠巻きに眺めていたウーゴが手招きしてくる。
ジノは返事してウーゴの元へ行く。
「なんですか?」
「『なんですか?』じゃねえよ! お前、この状況はなんだっ? なんで『オルコック』の連中や〝蒼の稲妻〟なんかと仲良くなってんだっ!?」
「別に仲良くなったわけじゃ……」
投影像を見ていたら勝手に集まってきただけなのだが、その他の出箒を控える飛箒士たちもウーゴと同じ感想なのだろうか、近からず遠からずの微妙な位置でこちらを窺っているように思える。
今、この場にいるということは、彼らもそれなりに名が通った飛箒士たちであるが、ゲルハルトやグンター、テッテを前にすると霞んでしまう。
「いいや、俺の目は騙されないね! 見ろ!」
ウーゴが指さしたのは、そわそわと落ち着かない様子でチラチラと振り返ってくるモニカである。
「誰が見たって恋する乙女の顔じゃねえかっ! 吐けっ! 俺がオジーの
「な、何もしてないですってばっ! ぐるじいっ!」
偵察が徒労に終わったこともさることながら、恋人がいなくて久しいウーゴが、自身のやるせない思いを込めてジノの首を締め上げにかかると、背後からぬぅっと影が伸びてきた。
「あらー、こんなところで若い男が肩を寄せ合っちゃって……ワタシも混ぜてくれない?」
その野太い声に振り返れば、禿頭の筋骨隆々がシナを作っていた。
「「ぎゃぁああっ! ヘルマン・シュタルグっ!?」」
ジノとウーゴの声が綺麗に揃う。
彼は『ハインカーツ』の一員で、飛箒士たちの間では、ある意味〝飛箒王〟よりも有名である。
「
「「おえぇっ!」」
片目を瞑るヘルマンが気持ち悪くてジノとウーゴは口元を抑えた。
「うふふ、ワタシを見て感極まってるのね。嬉しい……!」
「曲解にもほどがあるだろっ!?」
超前向きな解釈をするヘルマンへ、すかさずツッコミを入れるウーゴに、ジノはコクコクと激しく同意する。
「あら? あなた見かけない顔ね?」
「っ!?」
ヘルマンに見られ、ジノは固まった。まさに蛇に睨まれた蛙状態である。
「緊張しちゃってカワイイ……ねぇ、今夜ワタシの部屋に来ない?」
「え、遠慮しまずっ!?」
即答したジノの首をウーゴがさらに締め上げる。
「ジノ。何事も社会勉強だ。奴に抱かれてみるのも良い経験になると思うぞ?」
「いやでずっ!」
「心配するな。
ウーゴの提言は、嫉妬心と漁夫の利からなり、いたずらに己の器の小ささを知らしめるものである。
が、当のジノは、先輩が後輩に対してよくやる「タチの悪い冗談」ぐらいにしか思っていないところに救いようのなさがある。
それでも、舌なめずりしながら蠢く幼虫のように手招きするヘルマンに、初めてを捧げる気には到底なれず、必死にウーゴの拘束から逃れようと藻掻く。
そんなジノを救ったのは、他ならぬアリスであった。
「えい」
抑揚のないかけ声とともに繰り出された拳は、ウーゴの脳天をかち割る勢いで炸裂する。
たまらずジノを離し、頭を抑えながらその場に蹲るウーゴへ、アリスは告げる。
「呼んでいるわよ。早く行きなさい」
天幕の出入口には気の弱そうな係員が、オッジの次の出番であるウーゴへ不安そうな視線を飛ばしている。
「なら、ちったあ加減してくれよ……」
目がチカチカしているらしいウーゴは、よろよろと立ち上がって飛箒帽と箒を手に、天幕の出口の向こうへと消えて行った。
と、同時に投影像では、時間計測を終えたオッジが悔しげに箒を地面に叩きつけている場面が映し出されていた。
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