終章

57

 五年後。

 ルバークの町は再び人で溢れ返っていた。

 そう、今年もバレ・ド・リュシュテリアの季節がやってきたのだ。


「快晴の空の下、初夏の風がそよぐ、ここ〝始まりの町〟ルバーク。全リュシュテリアの競箒愛好家の皆様、いかがお過ごしでしょうか? 今年も待ちに待った大競箒が始まろうとしておりますっ!!」


 開始線スタートライン横の階段状の座席の一番上に設けられた特別席から、栗色の髪を振り乱さんばかりの勢いで、若い女性がまくし立てる。


「実況はわたくし、コーデリカ・ソルダーノ、解説は元『アマーリオ』飛箒士ひそうしにして、現国際飛箒士育成学院アカデミー長、オッジ・ファウランさんと、特別解説にウッドフィード連邦よりライングレード家当主、ブライアン・ライングレード様にお越しいただいております」


 コーデリカが「よろしくお願いします」と頭を下げると、オッジとブライアンも応える。


「さて、今年もこの季節がやってまいりましたね」

「そうじゃの。長いようで短い。前回が昨日のことのように思えるわい」

「それは流石に……歳のせいでは」


 オッジの回答にブライアンが苦笑する。


「そうかのう?」

「まぁ、ファウラン翁がご多忙であることは知っています」

「それはお互い様じゃろう」


 ブライアンとオッジが笑い合う。


 良くも悪くも人々の記憶に残っている五年前の大会ののち、競箒レース協会は大改革を行った。

 その大黒柱は、飛箒士の資格化である。


 それまで不正が横行していた飛箒士の在り方を一から見直し、飛箒士免許を持たない者の競箒出箒しゅっそうを禁じるというものである。


 勿論、現役飛箒士からの反発はあったが、清く正しい競箒運営を前面に打ち出す協会は断固として譲らなかった。


 その結果、現役飛箒士には月二回、年二十四回の講習と三年ごとの免許更新試験が課せられることとなった。

 年間一〇〇前後の競箒が行われる中、非常に面倒ではあるが、真面目に取り組んでいる者であれば、造作もない程度のモノである。


 そして新たに飛箒士を目指す者は、国際飛箒士育成学院で一年間学び、飛箒士試験に合格しなければならなくなった。

 その教育課程は厳しく、脱落者も少なくはないが、既存の魔法学院と違い、飛箒士に特化した専門的な知識や技術を身につけられることもあり、卒業した者の活躍はめざましい。


 現役飛箒士も、うかうかしてられない、と自己の研鑽に励み、結果的に、飛箒士全体の質は大きく向上した。


 それはひとえに、生涯現役を貫くはずだったオッジのおかげともいえた。

 彼自身、五年前の競箒で思うところがあったらしく、協会からの打診に二つ返事で了承したのだ。

 長年に渡る飛箒士の経験を惜しげもなく教え、ときには人としての道徳や倫理についても説いた。

 その功績を讃え、近々、殿堂入りを果たす見込みである。


 一方、ブライアンはウッドフィードの象徴貴族の旗頭である。


 政には関われない決まりであるが、王室の公務の取り纏め、戦争撲滅運動の普及、自然保護活動や魔法研究への援助と、その活動は多岐に渡る。


 国際飛箒士育成学院設立にも一枚噛んでおり、今回呼ばれたのである。


「……まぁ、お暇が取れたら、今度、我がウッドフィードにお越しください。手厚く歓待いたしますよ」

「おお、それは楽しみじゃ。最近のウッドフィード産の葡萄酒は、特に美味になったからのう~」

「おっと、ここで飛箒士の入場です!」


 私的な会話になりつつあったので、コーデリカが慌てて前方の開始線に続く通路を指す。

 公募により決まった妙齢の女性がギルド名の書かれた札を持ち、その後ろから飛箒士たちが沿道に手を振りながら続く。

 だが、予選成績の下位からの登場なので、沿道の盛り上がりは今ひとつであった。


「前々回から採用された〝入場行進〟ですが、もうすっかり馴染みとなりましたね」

「駆け出しの飛箒士は特に、顔を覚えてもらうにはいい機会じゃろう」

「愛好家もここぞとばかりに水晶に記録してますね。お? あの娘は私好みだ」

「飛箒士をみてください! 飛箒士を!」


 なんでこの人を呼んでしまったんだろう、とコーデリカは頭を抱えたくなった。


「いいじゃないか、私は独身なんだから」

「むしろ早く身を固めるべきじゃろうな……む? 確かコーデリカ嬢も独り身じゃった――」

「絶対に嫌です。たとえ父に勧められてもお断りします」

「そこまで拒否されると、とても悲しいのだが……まぁ、キミには心に決めた人が――」

「とにかく仕事しましょう! 仕事を!」


 大丈夫だろうかこの人たち。


 ソルダーノの家督を継ぐはずだったが、どうしても競箒に携わる仕事がしたくて、根回しに根回しを重ねたあの頃にように、コーデリカの胃が痛み出す。


「コーデリカ嬢は真面目じゃのう」

「ですね。もっと肩の力を抜いた方がいい」


 誰が配役キャスティングしたんだ、と後ろに控える現場監督を睨んだ。

 すると、オッジがぼそりと呟いた。


「ほう、懐かしいのう」


 視線の先は、草色の飛箒服を纏う『レイベン』の最後方の男性飛箒士である。

 他の三人と違い、脇目も振らず、ただじっと前を見つめながら行進している。


「ん? ああ……彼も災難だったといえば、災難でしたから……」


 ブライアンは神妙な面持ちになる。


 『レイベン』の本拠地であるガルーバス王国は競箒後身国であるが、最近になって力を入れ始めた。その目玉としてロメオが主力飛箒士に就いたのである。


「ロメオ・ヴィッターリ選手は確か、元『ノッティーユ』の一員でしたよね?」


 ようやく仕事を始めてくれた、とコーデリカは内心、安堵しつつも、話題を掘り下げにかかる。


「そうじゃ。『ノッティーユ』の残党と揶揄する者もおるが、あれは〝風詠みの賢者〟とウィルフォード商会の指示じゃ。新人じゃったヴィッターリは従う他なかった……」

「ウィルフォードの名を聞くと、私もいまだにはらわたの煮え返る思いがしますが……彼も苦労したと聞きます。善戦を期待したいですね」


 五年前の大会後、賭け勝った副賞として、ミックによって真実を暴露する記事が書かれた。

 やっぱり『ノッティーユ』はクロだった、と世間に認識させることになった。

 一部の愛好家たちは、集会を行い、競箒協会に『ノッティーユ』の解体を要望する嘆願書を提出した。

 報道も、連日取り上げるので、事態の収束を図るべく、先の大改革に踏み切ったのである。


 そして『ノッティーユ』は解体され、アランとフレデリク、そしてウスターシュの三名は、協会からの永久追放に加え、ウィルフォード商会と結託し、競箒への不正介入を行ったとして刑罰対象となり、今も牢獄での生活を余儀なくされている。


 ロメオはおとがめなしであったが、他ギルドから入団拒否を宣告され、一度、他の職に就こうとするも、全て断られた。

 くすぶっていた彼を拾ったのが『レイベン』であったのだ。


「勘は鈍っておるやもしれんが、あやつの才覚ならば乗り越えられるじゃろう」


 学院長風を吹かせるオッジに、ブライアンも頷く。

 まるで孫や子どもを見守る親の顔である。


 そうこうしている間にも入場行進は進む。

 コーデリカがギルドや飛箒士の名前を言うと、オッジとブライアンが子細な解説をはさむ。


 ノってきたな、とコーデリカが手応えを感じる。

 現場監督も魔法伝心網ネットの反響いいとホクホク顔になっている。


 そうしてしばらくすると、沿道もざわつき始めた。


「さぁ、どんどん入場してきます! おっと、この辺りからは上位ギルドの登場ですね……昨年の〝グリフォン杯〟の覇者『ウルリーカ』! 昨年から主力飛箒士エースに就任したバネッサ・バックルンド選手と、補佐飛箒士筆頭メイン・アシストのセルマ・アルヴィドソンを中心とした、女性のみのギルドです」


「彼女たちは、ここ最近、急成長を遂げとるのう」

「そうですね。いや~、華やかで実にいい! ほら、こちらにも手を振ってくれてますよ」


 手を振り返すブライアンが鼻の下を伸ばし始めるので、コーデリカはわざとらしく咳払いする。


「続きまして、昨年の〝グラン・ウルド〟王者、そして前回準優勝の『オルコック』です! 二大主力飛箒士ダブル・エースのエイブラハム・テンパートン選手とセーラ・スウィングラー選手は健在! さらに今期より電撃移籍したウーゴ・ペジェリも補佐飛箒士として、勝利に貢献しています」


 名前を呼ばれたのがわかったかのように、ウーゴは女性の観客に向かって投げキッスを放ちはじめる。


「フン、ちいとばかり活躍してからと浮かれおって」

「まぁ飛箒士としては悪くないんですがね。飛箒士としては……」


 そこそこ人気が出てきたウーゴも三十路を越えたが、その性格が災いしてか、いまだにいい人は見つかっていない。


「さて、続いて登場するのは、前回優勝の『ハインカーツ』! 〝飛箒王〟に輝いた〝蒼の稲妻〟ことゲルハルト・ゴットフリード氏を新ギルドマスターに据え置き、正規飛箒士も一新してきました! その采配にも期待です!」


「確か、前任のリュマ・ヘイデルさんは寿退陣でしたか?」

「うむ、若い燕を諦めて、昔なじみとくっついたわい」


 その昔なじみとは、ソルドのことである。


 オッジが嘆息すると同時に、別のギルドが登場した。

 沿道からの歓声が一際大きくなる。


「さぁ、最後に登場してきたのは、今期の〝グリフォン杯〟と〝グラン・ウルド〟の二冠を達成した『アマーリオ』! 〝狙撃手〟モニカ・グラシエラ選手と〝小さな巨人〟テッテ・ラチェット選手の移籍組の後ろには、〝銀嶺の魔女〟アリス・マーベリック選手と、今期より復帰した〝ほうき星〟ジノ・クッペル選手の姿がありますっ!」


「いや~、こうして彼の姿を見られるとは、感無量ですね……って、ファウラン翁、泣いてるんですかっ!?」


 感慨深げにブライアンが笑みを浮かべている横で、オッジが人目も憚らず涙を流している。


「儂にとっては、孫同然じゃからな……いやぁ、よかった、よかった」


 実況席に突っ伏してしまうオッジ。


 しょうがないな、とハンカチを渡してやるコーデリカも、内心、ジノの復活を喜んでいた。

 彼は今でもお気に入り、いや、それ以上だ。

 少しでも多くの人に応援してもらいたいと思うのは致し方なかった。

 コーデリカは、掘り下げようとブライアンに話題を振る。


「ジノ・クッペル選手といえば、五年前、消魔病しょうまびょうと誤診されたんですよね?」

「ええ。あのときは私の友人でもあるアレサンドリがいなければ、今日の彼の姿はなかったでしょう」


 ブライアンが遠い目をする。


「アレサンドリさんといえば、消魔病治療研究の第一人者ですものね?」

「はい。五年前のあの日、『アマーリオ』の優勝の祝賀会を二人やっていたんです。もうベロンベロンに酔っ払って……で、まだ本人に祝辞を述べていないことに気づき、病院に向かったんです」


「ジノ・クッペル選手は、あの伝説に残る聖地ルオズの競箒直後、意識不明で運びこまれていましたね」

「そうです。それで病室の前で彼を診察した魔法医と遭遇したんです。その魔法医とアレサンドリは古くからの知り合いでした。二、三言言葉を交わすと、アレサンドリの表情が変わり、病室に飛び込みました」


「すぐにクッペル選手を診た、と?」


 ブライアンは「はい」と頷く。


「アレサンドリは、彼のある可能性を見抜いたんです」


「可能性ですか?」


「魔法使いは一時的に魔法が使えなくなる時期があります。〝越壁ブレイク〟といって、身体が成長しきると魔力も大人のモノへと変わるのです……まぁ、わかりやすく言うと、男性の声変わりのようなものです」


「では、当時のクッペル選手は、でバレ・ド・リュシュテリアを飛び抜いたということですかっ!?」


 少々、わざとらしい反応リアクションだったが、ブライアンは「そういうことです」と同意してくれた。


「これは再び〝飛箒王〟に戴冠するかもしれませんねっ! 今大会はジノ・クッペル選手から目が離せませんっ!」


 援護射撃は完璧だ。これで皆、ジノを応援してくれる。

 悦に浸るコーデリカは、ジノを今一度見つめる。


 沿道からの「ジーノっ! ジーノっ!」の声に、ちょっとはにかみながら手を振る様に、胸がときめいてしまう。


 あの後、何度かソルダーノの家に遊びに来てくれた。

 遅くに〝越壁〟になってしまったため、魔力が安定するまで時間がかかり、直に飛箒を目にするのは、今回が初めてとなってしまったが、とても優しい印象を受けたものだ。


「…………これは本当にお父様に言って縁談をすすめてもらったほうがいいわね……って、今の無しですっ! 編集してくださいっ!」


 ついつい心の声が漏れてしまった。


「無理じゃな」

「これ、生放送ですしね」


 泣き終えたオッジとブライアンがニヤニヤしはじめる。


「じゃが、それもかなわんじゃろうて、ほれ」


 オッジが指さす先では、鬼の形相でこちらを睨みながら、ジノの腕に組み付いているアリスの姿がある。

 ジノも照れているが、満更でもない様子である。


「先日、婚約したそうじゃよ」

「マジですかっ!?」

「マジじゃ」

「…………………………」


 放心するコーデリカ。


 それを余所に飛箒士たちは行進を終え、開始線に並び始める。

 並び終えると、開幕を告げるファンファーレが鳴り響く。


「こ、こうなりゃ私は仕事に生きてやるっ! 第一〇五回バレ・ド・リュシュテリア開幕だぁ、こんちくしょうっ!」


 やけくそになったコーデリカは、実況の異名を持つこととなる。


 そんな彼女を慰めるかのように、旗振り役が赤い旗を振る。


 飛箒士たちは一斉に飛び立った。


 己の夢を叶えるための終着点ゴールを目指して。

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ほうき星のジノ 吉高来良 @raira_yoshitaka

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