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 ライングレード家。

 かつて連邦制をとる前のウッドフィールドの北西を治めていた大貴族で、代々、名君と賞賛されていた一族である。


 そのライングレード領で革命が起きた。

 扇動したのは国政の民主化を願った活動家たちである。

 ライングレード家はただちに騎士団を派遣し、事態の沈静化を図ったが、活動家たちは腕利きの傭兵たちを雇い、革命軍を結成し徹底抗戦する。


 争いは泥沼化し、次第にウッドフィールド全土を巻き込んだものとなった。

 勝利の女神が微笑んだのは、革命軍であった。

 陸海空すべての補給路を断ち、孤立させてから、次々と貴族を倒していったのである。


 そしてライングレード家も例に漏れなかった。


「お父様! お母様っ!」


 あちこちから火の手が上がり、橙色に染まる居城の中で、幼い妹のアイリスが必死に叫ぶ。

 だが、侍従がしっかり抱き上げていて、二人の元へは行けない。


「早く行きなさい」

「嫌だ! 僕も戦います!」


 アイリスと同じように抱きかかえられたブライアンも首を振る。


「お前が生きていれば、我がライングレードは安泰だ。いつの日かこの地にこの旗が翻る日を天の上から願っておるぞ」


 父は玉座の背後に垂れ下がったライングレード家の家紋――二羽の鷹が重なる旗を眩しそうに見上げる。


「嫌です! なら、せめて父上たちも一緒にっ!!」


 手を伸ばすが、二人は握り返すことはしなかった。


「ブライアン。アイリスをお願いね……アイリスもお兄様の言うことをちゃんと聞くのよ……二人とも愛しているわ」


 本当は駆け寄りたいのを必死に我慢している母が、涙まみれになりながら手を振る。

 そして父が頷くと、ブライアンたちを抱えた侍従たちが、脱出用の隠し通路へと駆け出す。


「そんな、ダメですっ! お願いですから――」

「アイリスも良い子になるからっ! だから――」


 ブライアンたちの呼びかけも虚しく、隠し通路の扉は閉じられた。


 遠ざかる玉座の間からは、剣戟音と魔法による爆発の振動が伝わってきた。

 ブライアンは、どうしようもない胸の内を叫びたかったが、追っ手がかかるのを嫌った侍従に口を塞がれた。


 それから一刻ほど隠し通路を進み、外に出た。

 そこは小高い丘の麓で、逃走用の荷馬車が停まっていた。

 有無も言えずに荷馬車に乗せられたブライアンとアイリスは、丘の向こうで立ちのぼる煙を、泣きながら眺めることしかできなかった。






 それからブライアンたちは、ルデグム帝国にほど近いデルトー王国のマーベリック家に身を寄せた。


 ライングレード家と古くから親交のあるマーベリック家で何不自由のない暮らしを送った。

 マーベリック家当主の世継ぎがいなかったこともあり、我が子同然でかわいがられた。


 このときブライアンたちは、それぞれチャーリーとアリスと名を改めていた。祖国を捨て、新しい人生を歩むこととなったのだ。


 そうしてチャーリーが十五になり、帝立魔法学院へ留学し、七年後にはアリスも追いかけるようにして、その門を叩いた。


 両親がそうであったように、二人には魔法の才覚があった。

 チャーリーは、帝国の宮廷魔法使いの誘いを受けるほどであったが、断って傭兵になった。


 戦という戦に赴き、その腕を磨く。

 そんなある日、妙な噂を耳にした。


「ウッドフィードの内乱を実際に引き起こしたのは、ウィルフォード商会らしい」


 戦帰りの町の酒場で相席したのは、最近売り出し中の傭兵団ティンバーレイク魔法師団の一団であった。

 魔法師団というだけあって、全員が魔法使いや魔女であるが、まだまだ人員が足らず、随時団員を募集していた。

 そこで今回味方側にいた、めぼしい傭兵魔法使い――チャーリーに目をつけ、勧誘している最中であった。


 話題は互いの出身地になり、誰かがウッドフィードと告げたところで、団長のスパーロが口にしたのである。


「おい、それは本当かっ?」


 チャーリーはスパーロの胸ぐらを掴む。


「お、落ち着けっ! いきなりなんだっ!?」

「す、すまない。でも、詳しく教えてくれ」


 取り乱してしまったことを恥じるチャーリーに、スパーロは襟元をただしながら苦笑する。


「お前もウッドフィードの出か?」

「……」

「まぁ、深くは詮索しないのが傭兵ってもんだ。いいだろう」


 大人な対応を取ったスパーロは葡萄酒をあおり、語り出した。


「前置きしておくが、証拠はねえ。あくまで噂だ」


 それでもいいかと目配せしてきたので、チャーリーは構わないと頷いた。


「ウィルフォードが戦をさせたかったのは、二つの理由があると言われてる」


 スパーロは左手の人差し指と中指を立てる。


「一つ目は、金儲けのためだ。ウィルフォードが手広くやってんのは流石に知ってんだろ? てめえで戦の火種を起こしておいて、どっちの軍にも武器を卸してガッポリってわけだ。なぁに、良くある話さ」


「二つ目は?」

「国盗りだ」

「国盗り?」


「ああ。奴らは金はあっても平民だ。どう逆立ちしたって国や領土を治める貴族様にはなれねえ……それでも奴らは欲しがったのさ」


 スパーロは懐から葉巻を取り出し、自らの人差し指に魔法で火を灯し、煙をくゆらせ始める。


「そもそも革命を扇動した活動家ってのが怪しすぎんだろ。ライングレードを筆頭に、ウッドフィードは善政を敷いていた貴族が多かった。別に平民たちは、てめえの暮らしに不満はなかったはずだ。それを無理矢理、戦に持っていった節がみてとれる。何より、活動家たちに腕利きの傭兵を雇える金があったかも疑問だ」


 ライングレードの名を聞き、動揺しかけたが、スパーロの言葉はいちいち頷きたくなるほど当を得ていた。


 そして実際ウィルフォードは、民主化し、連邦制をとったウッドフィードの国政に深く関わる議員を後押ししている。

 国家元首も代々、その息がかかっていると巷説されているくらいだ。


 それを裏付けるように、首都の隣領にある郊外にウィルフォード商会の本部が移転された。

 その場所は、かつてライングレードが治めていた土地である。ライングレード城には、ウィルフォード一族が住んでいる。


「そうして奴らは自分たちの国を手に入れたってわけだ。もちろん、表向きにはリュシュテリア初の民主国家だがな。裏ではウィルフォードが糸を引いてる……おいおい? そんな怖い顔してどうした?」


「……頼みがある」


 チャーリーはマーベリック家に引き取られてから、ずっと温めていた計画をスパーロに打ち明けた。


 彼の率いるティンバーレイク魔法師団に入るという条件を飲んで、協力を願い出たのだ。


 しばし沈思したスパーロの返事はこうだった。


「報酬は弾んでもらうぜ?」


 チャーリーは二つ返事で了承した。

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