49
ライングレード家。
かつて連邦制をとる前のウッドフィールドの北西を治めていた大貴族で、代々、名君と賞賛されていた一族である。
そのライングレード領で革命が起きた。
扇動したのは国政の民主化を願った活動家たちである。
ライングレード家はただちに騎士団を派遣し、事態の沈静化を図ったが、活動家たちは腕利きの傭兵たちを雇い、革命軍を結成し徹底抗戦する。
争いは泥沼化し、次第にウッドフィールド全土を巻き込んだものとなった。
勝利の女神が微笑んだのは、革命軍であった。
陸海空すべての補給路を断ち、孤立させてから、次々と貴族を倒していったのである。
そしてライングレード家も例に漏れなかった。
「お父様! お母様っ!」
あちこちから火の手が上がり、橙色に染まる居城の中で、幼い妹のアイリスが必死に叫ぶ。
だが、侍従がしっかり抱き上げていて、二人の元へは行けない。
「早く行きなさい」
「嫌だ! 僕も戦います!」
アイリスと同じように抱きかかえられたブライアンも首を振る。
「お前が生きていれば、我がライングレードは安泰だ。いつの日かこの地にこの旗が翻る日を天の上から願っておるぞ」
父は玉座の背後に垂れ下がったライングレード家の家紋――二羽の鷹が重なる旗を眩しそうに見上げる。
「嫌です! なら、せめて父上たちも一緒にっ!!」
手を伸ばすが、二人は握り返すことはしなかった。
「ブライアン。アイリスをお願いね……アイリスもお兄様の言うことをちゃんと聞くのよ……二人とも愛しているわ」
本当は駆け寄りたいのを必死に我慢している母が、涙まみれになりながら手を振る。
そして父が頷くと、ブライアンたちを抱えた侍従たちが、脱出用の隠し通路へと駆け出す。
「そんな、ダメですっ! お願いですから――」
「アイリスも良い子になるからっ! だから――」
ブライアンたちの呼びかけも虚しく、隠し通路の扉は閉じられた。
遠ざかる玉座の間からは、剣戟音と魔法による爆発の振動が伝わってきた。
ブライアンは、どうしようもない胸の内を叫びたかったが、追っ手がかかるのを嫌った侍従に口を塞がれた。
それから一刻ほど隠し通路を進み、外に出た。
そこは小高い丘の麓で、逃走用の荷馬車が停まっていた。
有無も言えずに荷馬車に乗せられたブライアンとアイリスは、丘の向こうで立ちのぼる煙を、泣きながら眺めることしかできなかった。
それからブライアンたちは、ルデグム帝国にほど近いデルトー王国のマーベリック家に身を寄せた。
ライングレード家と古くから親交のあるマーベリック家で何不自由のない暮らしを送った。
マーベリック家当主の世継ぎがいなかったこともあり、我が子同然でかわいがられた。
このときブライアンたちは、それぞれチャーリーとアリスと名を改めていた。祖国を捨て、新しい人生を歩むこととなったのだ。
そうしてチャーリーが十五になり、帝立魔法学院へ留学し、七年後にはアリスも追いかけるようにして、その門を叩いた。
両親がそうであったように、二人には魔法の才覚があった。
チャーリーは、帝国の宮廷魔法使いの誘いを受けるほどであったが、断って傭兵になった。
戦という戦に赴き、その腕を磨く。
そんなある日、妙な噂を耳にした。
「ウッドフィードの内乱を実際に引き起こしたのは、ウィルフォード商会らしい」
戦帰りの町の酒場で相席したのは、最近売り出し中の傭兵団ティンバーレイク魔法師団の一団であった。
魔法師団というだけあって、全員が魔法使いや魔女であるが、まだまだ人員が足らず、随時団員を募集していた。
そこで今回味方側にいた、めぼしい傭兵魔法使い――チャーリーに目をつけ、勧誘している最中であった。
話題は互いの出身地になり、誰かがウッドフィードと告げたところで、団長のスパーロが口にしたのである。
「おい、それは本当かっ?」
チャーリーはスパーロの胸ぐらを掴む。
「お、落ち着けっ! いきなりなんだっ!?」
「す、すまない。でも、詳しく教えてくれ」
取り乱してしまったことを恥じるチャーリーに、スパーロは襟元をただしながら苦笑する。
「お前もウッドフィードの出か?」
「……」
「まぁ、深くは詮索しないのが傭兵ってもんだ。いいだろう」
大人な対応を取ったスパーロは葡萄酒をあおり、語り出した。
「前置きしておくが、証拠はねえ。あくまで噂だ」
それでもいいかと目配せしてきたので、チャーリーは構わないと頷いた。
「ウィルフォードが戦をさせたかったのは、二つの理由があると言われてる」
スパーロは左手の人差し指と中指を立てる。
「一つ目は、金儲けのためだ。ウィルフォードが手広くやってんのは流石に知ってんだろ? てめえで戦の火種を起こしておいて、どっちの軍にも武器を卸してガッポリってわけだ。なぁに、良くある話さ」
「二つ目は?」
「国盗りだ」
「国盗り?」
「ああ。奴らは金はあっても平民だ。どう逆立ちしたって国や領土を治める貴族様にはなれねえ……それでも奴らは欲しがったのさ」
スパーロは懐から葉巻を取り出し、自らの人差し指に魔法で火を灯し、煙をくゆらせ始める。
「そもそも革命を扇動した活動家ってのが怪しすぎんだろ。ライングレードを筆頭に、ウッドフィードは善政を敷いていた貴族が多かった。別に平民たちは、てめえの暮らしに不満はなかったはずだ。それを無理矢理、戦に持っていった節がみてとれる。何より、活動家たちに腕利きの傭兵を雇える金があったかも疑問だ」
ライングレードの名を聞き、動揺しかけたが、スパーロの言葉はいちいち頷きたくなるほど当を得ていた。
そして実際ウィルフォードは、民主化し、連邦制をとったウッドフィードの国政に深く関わる議員を後押ししている。
国家元首も代々、その息がかかっていると巷説されているくらいだ。
それを裏付けるように、首都の隣領にある郊外にウィルフォード商会の本部が移転された。
その場所は、かつてライングレードが治めていた土地である。ライングレード城には、ウィルフォード一族が住んでいる。
「そうして奴らは自分たちの国を手に入れたってわけだ。もちろん、表向きにはリュシュテリア初の民主国家だがな。裏ではウィルフォードが糸を引いてる……おいおい? そんな怖い顔してどうした?」
「……頼みがある」
チャーリーはマーベリック家に引き取られてから、ずっと温めていた計画をスパーロに打ち明けた。
彼の率いるティンバーレイク魔法師団に入るという条件を飲んで、協力を願い出たのだ。
しばし沈思したスパーロの返事はこうだった。
「報酬は弾んでもらうぜ?」
チャーリーは二つ返事で了承した。
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