28

 ――このままじゃ埒がアカン。まずは『ノッティーユ』を潰そうや。


 『アマーリオ』だけでなく、『ハインカーツ』までも呼び寄せて、エイブラハムが提案した三ギルド混成の〝チェイン〟は功を奏した。


 帰還したロメオが激しく消耗していたこともあったが、『ノッティーユ』に一五〇〇箒身ほどの差をつけて七日目を終えたのである。


 翌日の八日目も三ギルドが先行し、競箒を進めていた。

 だが、その差はじわりじわりと縮んでいく。一夜にして回復してみせたロメオの若さもさることながら、常勝無敗の名は伊達ではなかった。


 そうして、太陽が昇りきった頃、『ノッティーユ』は三ギルドを捉えた。


『くっ、追いつかれるぞ!』

『こっからはバラけたほうがいいんじゃねえか?』


 焦るモニカに続き、ゲルハルトがエイブラハムを見る。


『まだコリホーまでは距離がありますわ! 今しばらくはこのままで』


 代わりにセーラが答える。

 確かに、町の姿は未だ見えてこない。


 すると、さらに差を縮めてきた『ノッティーユ』が、ついに最後尾のグンターに喰らいついてきた。


『グンター! そのまま抑えこんどいてや!』

『一人じゃ無理よ! ワタシもいくわ!』


 エイブラハムの指示に口を挟んだヘルマンが後ろへと下がった。

 巨漢の二人が壁となり、少しずつ速度を落とすことで〝鎖〟から『ノッティーユ』を引きはがしにかかるが、脇からするすると三人が上がってくる。


 『ノッティーユ』は〝風除け〟のフレデリクを生け贄に捧げることで、グンターとヘルマンの作った壁を乗り越えたのである。


『馬鹿め! 自慢の〝鉄壁〟を残すとは、勝負を捨てたようなものだ!』

『馬鹿はそちらだ、モニカ・グラシエラ』


 鼻を鳴らすモニカにヨルダンが小さく嘆息する。


『なっ、貴様! この私を愚弄する気かっ!』

『勝負を捨てたのではない。勝負をかけてきたのだ』


 ヨルダンの言に合わせるかのように、『ノッティーユ』が右横に並ぶ。

 先頭はロメオ、次にウスターシュ、そして最後にアランという、能力に準じた順で、三ギルド混成の〝鎖〟を牛歩の歩みでゆっくりと追い抜こうとする。


『こうなったら体当たりタックルしかねえ! いいか、せーの、でいくぞ!』

『無駄じゃ。〝ノッティーユ〟には通用せん』


 オッジがウーゴの提案をばっさり切り捨てた。


 体当たりは、文字通り、自身の体を真横に来た相手にぶつける行為であり、競箒レースで認められている戦法の一つであるが、失敗すれば逆に落箒するといった危険性リスクも高い。


 どの上位ギルドからも目の敵にされていて、妨害を企てられることが大いに予想される『ノッティーユ』が体当たり対策を講じていないはずがない。

 むしろ、返り討ちに遭う可能性が高いだろう。


『じゃあ、どうすんだよ!』

「〝飛箒王ひそうおう〟の後ろにつきましょう」

『はぁっ? 何言ってんだ、お嬢!』

『そうだぞ、アリス! その戦法が奴らには通用しないのは、わかっているだろう!』


 ウーゴとモニカが揃って反論した。


 『ノッティーユ』が勝負を決めるときは、必ずアランに頼る。

 そのアランに勝とうとするならば、彼の定位置ともいえる『ノッティーユ』の最後尾に食らいつき、最後の最後で抜けばいい。

 単純であり、これまで多くのギルドが試した戦法であるが、成功した者は一人もいない。


 それは、アランが異常なまでに勝負所での強さを発揮するからに他ならない。

 主力飛箒士エースとしての役割を果たすアランが〝飛箒王〟たらしめるところでもある。


 ただし、


『星の人、いない、悔やまれる』


 テッテが残念がるのも道理で、可能性の話をするならば、爆発的な推進力を誇る〝ほうき星〟を以てすれば、アランに勝てるかもしれない。


 現にジノは、時間計測で彼の伴箒霊に勝っている。

 だがジノはいない。


 もし、この土壇場で帰ってきたとしても、〝ほうき星〟をやるだけの魔力が残っていないはずだ。


 それでもアリスには勝算があった。


「こっちもそうだけど、『ノッティーユ』も三人よ」


 そう、フレデリクをグンターとヘルマンが抑え込み、すでに五〇〇箒身ほどの差をつけているこの状況――この場にいる四ギルド全てが三人ずつである。これを逃す手はないのだ。


『しかし、最後に〝飛箒王〟を抜けなければ意味がありませんよね?』


 『ハインカーツ』の補佐飛箒士の一人、ドミニク・ギーセンが予想通りの指摘をしてくる。


「わかっているわ。だから主力飛箒士の〝鎖〟を作るのよ」

『主力飛箒士の〝鎖〟じゃと?』

「ええ」


 オッジに頷いたアリスの作戦はこうだ。


 まず、今の〝鎖〟の並びを換える。

 前半には、それぞれの補佐飛箒士、後半に主力飛箒士――セーラ、エイブラハム、ゲルハルト、アリスの四人だ。


 その並びでアランの後ろに食いつき、『ノッティーユ』が仕掛けてくるか、コリホーが見えたら仕掛ける。


 勿論、勝負なので、最終局面は各主力飛箒士に委ねられるが、人数と魔力の残存量などを鑑みて、公平を期すべく、主力飛箒士の〝鎖〟の並びは先ほど記した順番とする。


 これをアリスは開放伝心で伝えた。

 『ノッティーユ』に聞かれるのは重々承知しているが、個人伝心で隠蔽したところで、並びを見られれば、何の意図かはおのずと知られる。


『俺様はアリスの案を全面的に支持する!』

『おう! いっちょ、ぶちかましたろやないか!』


 想い人によく思われたいという下心がミエミエのゲルハルトに同意したエイブラハムの号令で素早く並びを換えた混成の〝鎖〟は、完全に抜かれきっていない『ノッティーユ』の最後尾アランの後ろへと回り込んだ。


 振り返るアランは「束になってかかってきても無駄だぜ」とばかりに肩をすくめる。

 同時に、『ノッティーユ』は速度を上げた。


『させない!』


 混成の〝鎖〟の風除けとなったテッテは、千切られまいと懸命にアランの尻を追いかける。


 対し、『ノッティーユ』の風除けであるロメオは、振りほどいてやるとばかりに右へ左へと蛇行する。


 その攻防が何度も繰り返され、しばらく膠着状態が続いた。


 だが、陽炎漂う地平線の向こうにコリホーの町がうっすらと浮かび上がると、『ノッティーユ』の速度はさらに上がる。

 思いっきり前傾姿勢を取り、最早、最後の直線を行く速度である。


 しかし、アリスたちもついていく。

 枯れてしまう花が、しぼんだ花びらを一枚一枚落とすように、前列から順に離脱していく。


 そして、温存された主力飛箒士の〝鎖〟が、『ノッティーユ』と横並びになった。

 砂丘を這うように突き進み、砂塵を巻き起こしながら加速する。

 徐々にコリホーの町が大きくなり、入口の手前に終着点ゴールの幕があるのも見える。


『いけーっ!! お嬢、いっちまえー!』

『踏ん張れっ! ここが決めどころじゃぞっ!!』


 ここにジノがいないのは寂しいが、ウーゴとオッジの声援は力強く背中を押してくれる。


(いけるっ!)


 魔力の残りも心許ないが、あと一〇〇〇もない。このまま押し切れると確信したアリスは、加速して自ら〝鎖〟から外れた。


 しかし、それを逃す者はいない。

 『オルコック』の命運を、エイブラハムに託したセーラが離脱し、勝負そのものを譲るつもりはないらしいゲルハルトも、最終加速ラスト・スパートをかける。


 そして、


『甘ぇぜ! 三下どもっ!』


 わざわざ開放伝心で挑発するアランも、ロメオとウスターシュをはね除けるようにして飛び出す。


 柄先分の差もない、四人の併箒。

 しかし、五〇〇を切ったところでアランがさらに前に出てくる。


「くっ!」


 アリスはもう一段、速度を上げようとするが、できない。

 これ以上は、終着点に辿り着く前に魔力切れを起こしてしまう。


『フハハハっ! 俺に勝とうなんざ、百年早ぇぜ!』


 あざ笑うアランに、エイブラハムとゲルハルトも追いつけない。


 アリスは奥歯を噛みしめる。


 ここで勝つことは、『アマーリオ』にとって大変意義のあるものだ。

 順位も大幅に上がり、残りの競箒次第では、総合優勝も現実味を帯びる。


 だからこそ絶対に勝たなければならないのだが、その力が自分にはない。


 好きではないが、〝銀嶺の魔女〟と呼ばれ、それなりに名が通る飛箒士となったが、飛箒士の頂点である〝飛箒王〟とは、まだこれほどの差があるのかと思うと悔しくてたまらない。


 もっと練習を積むべきだった。

 どんな小さな競箒でも出箒し、感覚を養っておくべきだった。


 思い返せば切りはないし、思ったところでどうにもならない。

 非情なる現実はアリスをしたたかに打ちのめす。


 だが、天は彼女を見捨てなかった。

 救いの手を差し伸べる者が現われたのだ。


 その者は、同じ橙色の飛箒服を纏い、跨がる箒の穂先から流星の輝きを放ちながら、颯爽とアランの前へ躍り出た。


「ジノっ!?」


 思わず叫んだが、ジノは返事をせず、代わりに手話ハンド・サインで小さく「行け」と示す。


 それに応えないわけにはいかない。アリスは魔力切れ覚悟で加速した。

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