第四十四幕 ―― 古代都市攻防戦
迷路のように入り組んだ旧世界のビル街。斜めに崩れた建物が朽ちたアスファルトに影を落とし、ツタや木の根がコンクリートを持ち上げて過去の繁栄を覆い隠すように青い葉を広げていた。
何者も干渉することがなく、終焉という歴史の中に埋没した世界――。
しかし、何百年も止まっていた時の秒針が銃撃の音によって再び動き始める。遺跡と化したコンクリートジャングルは戦禍に呑まれ、あちこちで銃声や爆音が轟いて無数の黒煙が立ち上っている。
色褪せたアスファルト、その隙間から伸びる草。かつて多くの人が行き来したであろう通りを、シキミとエスペランサーが駆け抜ける。落ちかけた標識を吹き飛ばし、障害物を交わしながら狭い路地を曲がると、そこでいきなり大型の武装マーキナーと遭遇した。
《ピピピピピピ…………ビ――――ッ!》
「くっ」
シキミが体を斜めに倒し込んで機体に制動をかける。
胴部を全方位回転できる武装マーキナーは回避するエスペランサーを捉えると、腕のレーザー兵器を照射した。赤い線光が地面を焦がし後ろから追いかけてくる。
センサーが騒がしい警告音を発し、シキミは機首を傾け手前に迫った壁に張り付いて飛ぶ。そのまま交差点に躍り出るとビルの谷間に飛び込み、路地を数回左折して、今度はこちらが武装マーキナーの側面を捕らえた。
《ロックオン――》
「撃て!」
エスペランサーの後部に搭載したチェインガンが唸りを上げて回転し、武装マーキナーのボディに無数の風穴を作る。パーツが千切れ落ちて火花を散らせると、武装マーキナーは爆煙を吐いて切られた大樹のように地面へ倒れ込んだ。
まずは一機撃破――。
アクセルペダルを踏み込み、シキミが仕留めた獲物の横を通り抜けると、
『ザザ……誰か助けてくれ! こちら第5班、突然現れたマーキナーに挟撃されている。近くに誰かいたら……ギャアッ』
ノイズ混じりの悲鳴がスピーカーを通して耳に入ってくる。
「やはり数でこちらが劣るか。分が悪いのは承知していたけれど……」
旧人類が存亡の要としてきた施設。そこの守りが手薄なはずもない。無尽蔵に湧いてくる敵を前に、こちらの劣勢が浮き彫りになっていた。しかも、相手は死を恐れず向かってくるのだからタチが悪い。
シキミはヘッドマイクに手をやる。
『すぐに向かう。何とか持ちこたえなさい!』
エスペランサーが手元に3Dマップが浮かび上がらせて、通信を受信した位置に三角のアイコンを示す。シキミはさらにベダルを踏み込み、両脇から伸びたハンドルを切り返して路地裏を抜けたのだが、その道は瓦礫で塞がっていた。
「クッ」
シキミは機転を利かせて左手前に見えた廃ビルの中へ侵入する。チェインガンが左右不均等な動きをすると、それぞれが前方にあったエレベーターのドアを撃ち抜き、エレベーターシャフトへ潜り込んだ。エスペランサーはこの縦穴を垂直に登り、最上階まで一気に駆ける。
「ぶち抜けっ!」
主の声に応じてチェインガンを真上に照準を合わせる。一分間で二百発連射される徹甲弾が天井に着弾し、分厚いコンクリートを一瞬で削り取る。エレベーターシャフトに光が射し込むと、漆黒のボディが屋上へ飛び出した。
《ピピッ》
エスペランサーは屋上の床スレスレに着地し、AIが新しいルートを再検索する。シキミは限界までベダルを踏み込み電磁コイルをフル回転させると、屋上から勢いよく飛び降りた。
「サイドアンカー!」
機体の左右にある二枚合わせの装甲板が縦に開閉し、隙間からワイヤー付きアンカーの矢先が光る。発射されたアンカーは獲物の肉に牙を突き立てるようにして、両側の壁にフックを固定。狭いビルの間を振り子のように飛び抜けると、エスペランサーは正面に迫るオフィスビルの2階に突っ込んだ。着地と同時に、機体の尻が少し右に流れる。
『ザザ……も、もうダメだぁ~っ!』
そして、無線が切迫した状況を告げると、フロアを疾走する黒い影は窓枠にビッシリと生えた緑のツタを突き破って大通りに飛び出す。銀髪が風ではためき挟撃に合った仲間の頭上を滑空すると、四方を50機ほどの蜘蛛型マーキナーが大挙して押し寄せていた。
「頭を下げてなさい」
ビルで羽を休めていた鳩が一斉に空へ飛び立ち、
世界が一瞬、スローモーションのようにコマ送りになる。
腰を上げてハンドルを力一杯引き寄せると、機体の底からイオン風が吹き出し、後部に二門あったチェインガンの銃口がハの字に開く。AIが標的を片っ端からロックオンすると……シキミが命令を下した。
「撃てぇええ!」
容赦無い銃撃音がビルの間で反響する。密集していた蜘蛛型マーキナーは徹甲弾の雨に晒されると、八本あった足が無残に飛び散り、ボディは原型が分からないほどズタズタに撃ち抜かれる。
次々とスクラップの山が出来上がっていく中、チェインガンの吐き出す薬莢が仲間の乗った装甲車に
「わちちちっ!」
「ひぇえええ……」
熱を帯びたチェインガンの銃身が回転を止め、宙を舞っていたエスペランサーが反対車線に着地するとシキミの胸が大きく弾む。かけていたゴーグルを頭に乗せると、シキミは仲間の安否を確認した。
「無事か?」
「ど、どうにか助かりました」
「いや、まだだ……またどっからか湧いてきやがったぜ!」
先ほどの強撃で大半のマーキナーを蹴散らしはしたが、それはさらなる敵を呼び込む結果となってしまった。今度は浮遊タイプの球型マーキナーがビルの角から次々と集結してきて、大通りに水玉の影を落とし込む。その数は尋常ではなかった。
《ピピピピ……》
「防衛戦だ。エスペランサー……モード・ガンアームズ!」
《ボイスコマンド認証、モード・ガンアームズ》
声に呼応してスクリーンにモードチェンジの文字が浮かび上がる。後部の旋回銃座が押し上げられて、二門のチェインガンが人の腕のように左右に伸びた。シキミがハンドルを離すと座席シートが後ろに持ち上がり、アクセルペダルがガッチリと足を固定する。立ち上がった状態で右ペダルを踏み込み機体を素早く右に旋回させた。
「お前達は、そこでじっとしていなさい!」
腕を下げて両足に携えていたガンタイプの赤外線マーカーを引き抜く。動かす腕に合わせてエスペランサーのアームが精細に動作を模倣すると、シキミはトリガーに軽く指を添えた。
「舞うぞ、エスペランサー!」
赤外線マーカーをマーキナーのボディに重ね、そのまま指を絞り込む。
放たれる閃光と弾幕――。
シキミは迫り来る敵に向けて、素早く体をねじり、腕をクロスさせ、再び両腕を広げる。赤外線マーカーが示した場所へ的確に徹甲弾が撃ち込まれ、破壊された金属片が四方に飛び散っていく。
反撃に出た球型マーキナーがボディからレンズを露出させると、網の目のようにレーザー光を投射する。シキミはペダルを操作し、絶妙なステップで飛び交う線光を躱していった。
『なんて優雅なんだ……シキミさんは、やっぱり俺たちの女神だぜ……』
その様を呆けた顔で戦闘を見守っていた仲間がふと言葉を漏らすと……。
次の瞬間、旋回したチェインガンが銃座から顔を覗かせていた男の頭を掠めた。
『わっぷねぇ!』
『バッキャロウ、頭を出すんじゃねぇ! あの人は女神といっても死を招く
……それはちゃんとシキミの耳に届いていた。
「好き勝手に変な呼び名を増やすんじゃない!」
そして、銃撃が止んでチェインガンの銃身が再び熱を吐き出すと、アリのように湧いた球型マーキナーを全て撃墜した。動くモノはもう残っていない。シキミは息を切らし、ホバーリングしながらもう一度周囲を確かめる。
「これで全部か?」
『やったぜぇ!』
『さすがシキミさん!』
動くモノはもういない。額の汗を拭って後ろを振り返ると、襲われた装甲車はどうにか無事のようだった。シキミは少し頬を緩め、警戒を解いて口うるさい仲間の顔を見てやろうとした――その瞬刻。
エスペランサーが強烈な警告音を発し、
思わず、シキミは声を漏らす。
「……クラスター爆弾だ!」
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