第四十三幕 ―― 武器と、決意と、尊厳と

 灰色の空と、廃墟と化した古代都市……。

 シキミの眼前に荒れ果てた荒野が広がり、背後にはそれを上書きしようと森の木々が迫っていた。荒野のさらに先。塔を取り囲むように密集した廃ビル群には、シダや苔、それに蔓が過去の繁栄を覆い隠すように根や枝を伸ばし続けていた。


 人を寄せ付けない禁断の地、ジューク――。


 この地に踏み入って戻ってきた者はいないという、陸の孤島。

 そびえ立つ巨塔に雲の切れ目から陽光が射し込み、そこに張られた何百、何千というガラス窓が光を乱反射させていた。

 鉄色のミリタリーケープを風に靡かせて、シキミは黒縁のゴーグルを外す。先に見える巨塔には旧人類の残したDNAが厳重に保管されており、コーディングされた受精卵が今も箱庭へと移送されている。

 そして、巨塔の周囲には、厳重さを物語るように高さ30メートルの防護外壁が連なっており、一つしか無い入り口には、幅20メートルはある鋼鉄製の門が近づく者を拒絶していた。


「カシア……今から迎えに行くね」


 突風に煽られて乱れた髪を押さえる。シキミが荒野の小高い丘で一人立ち尽くしていると、ポマードに盛られた茶色い前髪が小型のホバーバイクを飛ばし、こちらへ向かってくる。そのホバーバイクが塵を巻き上げシキミを一回りして停車すると、意気揚々とニゲラがこちらへ駆け寄ってきた。


「いよいよだな、お嬢」

「ああ、これが最後だ……」


 屈辱を味わった半年前――。

 カシアが連れ去られた後、失意の中で意識を失い死の淵をさまよっていた。

 次に目を覚ますと……シーヴァのメディカルセンターでカミツレが付き添いの元、大掛かりな治療を受けている最中だった。


 その時に……ふと、カミツレとマトリカリアの姿が重なったのを覚えている。


 どうしてあの時、とどめを刺さなかったのか?

 情けをかけられたのか、それともまた弄ばれていたのか……と。

 だが、それ以上に悔しかったのは自分の不甲斐なさだった。


 力の過信、見抜けなかった罠、それに守れると過信していた根拠のない自信、全ては己の未熟さが招いたこと。一番安全なのは自分の隣だ、と言っておきながら彼の信頼を裏切ってしまった。


 ――もうこれ以上、失望も後悔もしたくはない。


「首尾はどうだ?」

「上々だ。急襲部隊ももうじき到着するはずだぜ。それにしても、二人で始めたティオダークスが、こんな規模に膨れあがるとは思ってもみなかったな」

「……そうだな」


 それはシーヴァが陥落して3日後のことだった。

 シーヴァに到着したカミツレが事態の重さを鑑みて、皆の前で隠し続けてきた真実を告げた。


 忌まわしい人の歴史、実験動物でしかなかった己の存在価値。

 20歳で消される命……そして、アポトーシス。

 特に、箱庭出身者達は悲痛な運命に嘆き、喚き、悲しんだ。


 それでも時が経つに連れて事実を受け入れた者が出始めると、次第に他の住人達も前へ進むことを選んだ。さらに、彼らの中からティオダークスに志願する者が日に日に増え続けて、いつの間にかシーヴァは大規模な兵器工場となっていった。

 そして残されたマーキナーを解体し、新たな武器や乗り物に造り替え、今日の戦いに備えてきたのだ。


 だが……ただ一つ、合点がいかないことがある。


 マツリカの口ぶりでは再起動したマーキナーが一斉に人を襲い、シーヴァは大惨事となるはずだった。それなのにマキーナーは沈黙したまま起動せず、復旧したのは施設の機能だけだった。

 カミツレの話では、全ての権限が彼女に譲渡するように設定されていて、システムを全てチェックさせたが不審な点は見つからなかったという。マトリカリアの不可解な行動は謎のままだが、今はそれを最大限に利用するしかないのも事実だ。




 すると、後方から木々の押し倒される音がここまで響いてきて、ニゲラが額と腰に手をやる。


「おおっと、ようやくご到着のようだぜ」


 森を突っ切ってきたホバー車両や、操縦席が取り付けられた大型マーキナーが、次々と姿を現す。車両から吹き出されたイオン風で土埃が舞い、あっという間に荒野一帯が薄茶色で包まれた。


「前時代と現代の兵器がこうして決戦場に集結するってのは壮観なもんだな! これもカシアの野郎が、《パンピューたん》の中に膨大な置き土産をしていたおかげだぜ」


 だだっ広い荒野に無骨な形の兵器や車両が隊列を成すと、シキミは隣にいた黒い装甲をまとった相棒に手を乗せる。それはカシアが現代に蘇らせた獰猛な野獣……可変式ホバーライド、エスペランサーだった。

 シキミが愛馬を愛でるように優しく装甲板を撫でてやると、機体がそれに答えて赤いランプを点滅させる。この子と一緒なら必ずカシア、そしてヒマワリを救出できる。そう思わせる自信をエスペランサーは与えてくれた。


「お嬢、これで全員だ」

「――よし」


 ニゲラの声でシキミは振り返る。


 そこにはホバー式装甲車両42台、戦車が30両、自走砲台が18門、ホバーバイクが60台、大型マーキナーが7体、その他に銃器や爆薬を満載した車両。

 そして、この戦いに志願した総勢953名にものぼる有志の姿があった。


 彼ら全ての視線がシキミ一人に注がれる。


 シキミはむき出しのフレームを踏み台にして、エスペランサーの上に駆け登る。コクピットにある風よけに足を乗せると、声を張り上げてこの場にいる全員に語りかけた。


「この戦いに勝っても負けても、人はいずれ死ぬ! だが、たとえ死んでも失ってはならないものがある。それは誇りだ。機械によって管理された見せかけの自由、データを収集するためだけに与えられた寿命。これが《人》の生き方と呼べるのか? 私は受け入れられない。私には生まれてきた意味がある! だからこそ、自分の生き方は自分で選択する権利がある。たとえそれが間違っていたとしても、自ら決断した結果ならば、誇らしく死んでいけるだろう。お前達はどうする? このまま目を瞑り、惰眠を貪って朽ち果てたいか!」


「ノーだ!」


「ではお前達の命、私に預けてほしい! とんでもない死地へ送るかもしれない。無意味に死なせてしまうかもしれない。それでも私は、お前達にこれだけは約束しよう。旧世界の亡霊が支配する今の秩序を破壊して、人が人の手によって切り開いていく、新時代を創ることを。そのためにこの戦いで勝利するということを!」


「おぉおおおおおおおおおおお――――っ!」


 空気が震えるほどの歓声がシキミの全身を包み込むと、まぶたを伏せて軽く俯き、握りしめた右拳を天にかざして胸の刻印に念じた。


 その瞬間、ミリタリーケープや襟付きのシャツが胸元に吸い込まれ、白い柔肌が顕わになる。その上を黒いバイオナノファイバーがあっという間にシキミの体を覆うと、体から色素が抜け落ちて白銀の髪を大きく靡かせた。


「お嬢、やっぱりアンタは俺の女神だぜ……」


 肩を震わせて、ニゲラが言葉を漏らす。

 シキミは腰に携えたカグツチを抜刀すると、真っ直ぐジュークに突き出した。


「さぁ、私たちの明日を取り戻しに行くぞ!」



 轟く呼号――士気を奮い立たされた仲間が銃を掲げて口々に叫ぶ。


「――やってやる、やってやるさ!」

「――私にだって守りたいものがあるっ」

「――あの子に告白するまでは死ねないぜ!」

「――俺、この戦いが終わったらシキミさんと、結婚……」


 と、その妄言を聞き逃さなかったニゲラは唾を飛ばして即座に反応した。


「そこのお前、前に出て歯ぁ食いしばれやあああああああ――っ!」



 かくいう、それぞれが想いを胸に仲間達は戦車や装甲車に搭乗していった。

 シキミはその様子を見送ると、耳にヘッドマイクを装着して愛機にまたがる。


「エンジン始動、火器管制ロック解除――リフトアップ」


 唸りを上げるモーター音。イオン化した窒素が青白い光となって、複数のノズルから溢れる。風圧で2メートルほど浮かび上がると、後部に搭載された二門のチェインガンを上下左右に動かす。サイドに取り付けられた二枚合わせの装甲板が上下に開閉して、中に仕込まれたアンカーが目玉の如く自在に角度を変化させる。


 ……準備は整った。


「さぁ行こうか、お前のご主人を迎えに――」


 ハンドルを握りしめ、ペダルを踏み込むと、シキミの体が急激に後ろへ引っ張られる。漆黒の風となったエスペランサーは朽ちたビルの隙間をくぐり抜けて、元凶なる神の虚塔へとひたすら突き進んだ。

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