第四十五幕 ―― 廃都に巣食う魔物

 シキミは慌てて両腕に持った赤外線マーカーを空にかざし、矢の如く降り注ぐ子爆弾にトリガーを絞る。だが、チェインガンは空しい音を立てて空回りする――弾切れだった。


 どうする……?


 自分だけなら回避できるが、あの装甲車はとても逃げ切れない。

 呆然と空を見上げる仲間に右手の赤外線マーカーを向ける。


「しっかり掴まってなさい!」

「シ、シキミさん……?」


 トリガー部分の赤いトラックボールに親指を押し込み、発射したアンカーが装甲車の側面に突き刺さる。衝撃で車体が大きく横に傾き、銃座に座っていた男が危うく外へ投げ出されそうになった。

 赤外線マーカーを素早くホルスターに収めると、今度は左ペダルを後ろに踏み込み機体を回転させ、装甲車を向かいの廃ビルの中へ投げ込んだ。


「どわぁあああああああああっ!」


 薄暗いエントランスに横滑りして退避したのを確認すると、シキミは頭に乗せたゴーグルを装着し直す。


「エスペランサー……モード・ライド!」

《ボイスコマンド認証、モード・ライドへ移行――》


 声に呼応してエスペランサーが甲高い駆動音と共に変形する。銃器が後部に収納され機体が間延びすると、シキミの体が前倒しになり、シートに押し付けられた胸が大きくたわむ。頭上にウインドシールドが覆い、後部のノズルから青紫のプラズマが一気に放出されると、エスペランサーはロケットの如く加速した。


 緑色の3Dマップの指示に合わせてハンドルとペダルを巧みに操り、眼前に降り注ぐ子爆弾の爆風をジグザグに躱していく。ライド形態は高速移動に特化しているが、小回りにやや難がある。シキミは暴れ馬と化した愛機に振り回されつつ、どうにか手綱を引いて姿勢を元に戻させた。


 そして、子爆弾を全て回避し危機を脱したシキミがヘッドマイクに手をやる。


「この先に得体の知れないが潜んでいる。アナタ達は他の班に拾ってもらいなさい」

『りょ、了解っす』


 通信を切り、僅かな時間でチェインガンの弾倉に補充を指示する。目の前にスクリーンが表示されてAIに弾の種類を尋ねられると、シキミは特殊な弾を選択した。


「嫌な感じがする。出し惜しみはなしだ」

《種類、徹甲弾から劣化ウラン弾に変更――充填開始》


 耳に響くチェーンの音と共に装填が開始されると、


《ビ――――――――――――ッ!》


 再び、警告音が鳴り響く。

 高速移動中、エスペランサーが前方で高エネルギーを感知し、それと同時に真っ正面から大出力のビーム砲が放たれた。道沿いにあった錆びた標識が一瞬で蒸発し、隣のビルが三日月型にえぐり取られていた。


「危なかった……それにしても何だ、この馬鹿げた破壊力は?」


 すると、直ぐさまエスペランサーの探知レーダーが敵の姿を捉える。

 その形状と固有の駆動音を内蔵したデータバンクで参照し、分析する……。


《ピピッ……該当1件――ティターン級局地戦用マーキナー、ベヒモス》


 そして、前方の土煙から重い金属同士が擦れ合う嫌な音が響いて、巨大なシルエットを浮かび上がる。大きい、アキヴァルハラを襲撃した武装マーキナーの三倍はある巨躯きょくだ。

 全高約18メートル。禍々しいほど鋭く尖ったインクブラックの装甲、バイオナノファイバーと同種の素材で造られた外骨格。腕にはあの高出力ビーム兵器を装備している。脚部は逆関節になっていて少し前屈み。ボディの至るところから物体を識別する赤いレーザーポインターを照射していた。


《ピピピピピピ……ビ――――――ッ!》


 再び、警告音。


「後ろ?」


 シキミははためく髪を掻き上げて背後に目をやる。

 そこにはシーカー(目標捜索装置)が空中を飛び交い、こちらの位置情報を本体へ送っていた。すぐにでも破壊しないと、すぐにでも第二射が放たれてしまう。あれを何度も躱し続けるのは不可能――。


 チェインガンの装填はまだ完了しない……どうする?


 交差点に差しかかり、シキミは咄嗟にアンカーを射出する。左側のビルにアンカーが食らいつくと、ウィンチが火花を散らしてワイヤーを巻き上げ、機体が振り子のように大きく回転した。

 この複雑な地形でベヒモスは自由に動き回ことはできない。たとえシーカーに捕捉されたままでも、チェインガンの装填までの時間が稼げればそれで充分だ。   


 そう判断したシキミだったが、敵の方が一枚上手だった。


 後ろを振り向くと、シーカーは追うのをやめて通りの角で停止する。空中で4機が合体して六角形のミラーを四枚展開し、ホバーリングしながらこちらに陽光を反射させた。


「なぜ追ってこない……まさか!」


 次の瞬間、ベヒモスが照射した高出力のビームがシーカーに直撃する。エネルギーがミラーによって拡散されると、光の粒子が散弾となってエスペランサーの背後を襲う。


「くっ、一か八かだ……ウインドシールド解除!」


 風除けの装甲を収納させて機体を急反転させると、シキミは足元に収納していたカグツチを引き抜く。エスペランサーを逆走させ、拡散した光の矢を地面スレスレで避け切ると、交差点で制止するシーカーに肉迫した。


「――破っ!」


 すれ違い様にカグツチを振るう。焼き溶けた金属が雫となって散ると、すぐさま風で冷えて固まり、パラパラと地面に鉄の雨が降る。それから少し間を置いて、真っ二つに切断されたシーカーがアスファルトの上に落下した。


「これで奴の目は潰したぞ……」


 シキミはエスペランサーをそのまま直進させて、次の交差点で機首を強引に左へ向けさせる。ニアミスで錆びついた信号機の支柱をへし折ると、さらにもう一度左折して裏路地に飛び込んだ。衝突センサーの鳴り響く中、旋回ギリギリの幅しかない裏道をジグザグに走行し、ベヒモスの背後を取った……はずだった。


 そこに巨躯きょくの姿はなかった。

 奴の《目》は潰しても、まだ《鼻》が生きていたからだ。


 熱感知センサーによってエスペランサーが吐き出す熱源をトレースされてしまい、シキミは無防備に背中を晒した。


「しまった!」


 AIが激しく警笛を鳴らし、シキミが咄嗟にハンドルを真下に押し込む。機体が地面に接触して火花を散らすと、頭上を高出力のビームが通過し、右側のチェインガンが溶けてなくなってしまう。大きくバランスを崩し、エスペランサーはアスファルトの上をスピンする。


 ――しかし、これは好機でもあった。


「今だ、エスペランサー!」


 シキミは即座に機体の回転を止めて逆走する。

 次のチャージまでの時間が勝負。

 間合いを詰めてしまればあの光学兵器は使えない。

 それまでにこちらが決定的な一撃を決めれば倒せるはずだ。


 シキミはカグツチを構え直し、アクセルペダルを限界まで踏み込む。


 ところがベヒモスは腹部の装甲を開閉し、中からガトリング砲が牙を剥いた。銃口がこちらに首を振り、虎砲の如く徹甲弾フルメタルジャケットを乱射する。

 その銃弾の嵐を左右にドリフトして躱したが、数発が左のアンカーに命中して黒煙を吹き出す。それでもシキミはさらに機体を加速させ、正面に迫るベヒモスの右脚部を狙い……橙色に熱を帯びた刀身を振り抜いた。


「……残鉄!」


凄まじい勢いで刀身がベヒモスの右の脚部に牙を立てるが、半分に達した所で止まってしまう。シキミはバイオナノファイバーを瞬時に分解し、線維化し、筋組織として再構築。カグツチの火力が爆発的に膨れ上がった。


「連・斬鉄…………鬼火車おにかしゃ!」


 炎の斬撃とエスペランサーの加速と回転が加わり、渾身の一振りがベヒモスのフレームを断ち切る。続けてもう一回転、残った脚部と周囲のビルごと円を描いて焼き斬った。爆風で周囲に砕けたコンクリートとガラス片が飛び散る中、両足を失った巨躯きょくはバランスを失い、積み木が崩れるようにして路上に倒れ込んだ。

 しかし、まだ終わりではない。ベヒモスの左肩に搭載していたミサイルポッドがこちらに回転し、断末魔の短距離ミサイルが2発こちらへ発射される。


 シキミの背後にミサイルが迫った、その時……。


《――装填完了》


 緑の文字が浮かび上がり、それがシキミの網膜に映り込む。


「モード解除!」


 エスペランサーは即座に変形を解き、急制動をかけて180度ターン。咄嗟に赤外線マーカーを引き抜きトリガーを絞り込む。シキミに命中する寸前、被弾した短距離ミサイル二発が爆発。排出するイオン風で爆煙が左右に渦を巻いて流れると、エスペランサーに仁王立ちしたシキミの姿が現れる。


「終わりだ」


 地べたを這いずるベヒモスの背に向けてトリガーを引く。


 巨体をなぞるように劣化ウラン弾の牙が貫くと、支えが折れたように機体が崩れる。ベヒモスは黒煙を吐き上げて沈黙し、シキミは魔物の残骸を静かに見澄ました。

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