第二十三幕 ―― 愚か者の選択

「館長も人が悪いよ、それならそうと教えてくれても良かったのに……こんな馬鹿に先を越されるなんて、うう……」

「ひでぇ言われようだなぁ……」


 そう言いつつも、嬉しそうなセージはカシアを宥めるようにこう切り出す。


「初めに言われなかったか? ここに《馴れろ》って。あれはここの一員に《成れ》ってことだろ。そうすりゃもう仲間なんだから、何でも尋ねりゃいいじゃねーか。お前はモジモジして他人の顔色をうかがいすぎなんだよ。それに、あのちびっ子は《聞くな》なんて一言も言ってなかっただろ」


 コイツ天才か? と、カシアはわりと本気で思った。


「そうだね、そうだよね、僕はいつもそうだ。人の機嫌を伺ってばかりで……もっと自分を出せば良かったんだよね。そんな簡単なことさえできないから……うっうっ」


 すると、すっかりできあがったニゲラが隣に座り、肩に腕を回すと普段は表に出さない心中を打ち明けてきた。


「俺は今まで勘違いしていたぜ。箱庭にもお前らみたいに話のわかる奴もいるんだってな。お前らと会うまで箱庭の人間は全て、俺らを滅ぼそうとする敵だと思ってたぜ」

「そんなわけないよ。僕らは外にこんな世界が広がってることさえ、知らなかったんだから。逆に、どうして君らがそこまで箱庭を敵視するのかを知りたいくらいさ」


 それはずっと疑問に思っていたことでもあった。シーヴァとティオダーク、元は同じ目的で造られた施設がたもとを割ってしまったのかを。ニゲラは険しい顔つきで手にした酒を止めると、再び語り続けた。


 それは5年前――当時、ニゲラ達は崩壊した《ピクシス・フォー・オブ・ティオダーク》、つまりカミツレが統治していたという、もう一つの箱庭で幸せな日々を送っていた。そんなある日、マーキナーの大群が街に襲われて多くの人が命を落とした。

 破壊し尽くされた住居、焼き払われた農地、無慈悲に虐殺される住民……そして襲撃を実行したシーヴァの管理者の姿もあった。何とか生き延びた人々は残った資材や道具を持ち、命からがらこのアキヴァルハラに流れ着いたらしい。


 彼はは最後にこう加えた。


「俺達だって干渉されなきゃ、恨むことも略奪することもねぇ。ただあの日の光景は一生忘れることはできねぇぜ」


 抑えられない無念をぶつけるようにニゲラは地面を殴った。カシアとセージ以外の仲間もその凄惨な過去を思い起こし、目を瞑って悔しさを押し殺していた。


 カシアはようやく彼らが箱庭を忌み嫌う理由を知った。

 だけど、なぜ? 話を聞き終えてカシアは改めて考える――。

 箱庭……シーヴァの管理者とは何者なのか。

 どうして自分達は滅びた世界で今一度、生を受けたのかと。

 あれほど高度な技術と繁栄を成し遂げておきながら、シーヴァは何をやろうとしているのか。全てを知らなければならない。でないと、いつかまた世界を滅ぼしてしまうかもしれない。

 そんな不安が胸の片隅に落ちない汚れとなって染みついた。




 しばらく沈黙が続き、何だかすっかり酔いも醒めてしまった。今日はもうこれでお開きだろう。誘ってくれた面々の顔をもう一度見回すと、カシアはやっとここの一員になれたことを言葉にしておきたかった。


「ありがとう、色々と話してくれて」

「ハァン。だからって、お前にお嬢を譲る気はねぇからな。これだけは覚えとけ!」

「ハハハハ……」


 礼を言うカシアに、ニゲラは気恥ずかしそうに顎を突き出す。彼なりに少しは認めてくれたということだろう。またいつか、彼らとこんな冒険をしてみたい。

 背もたれ代わりにしていたリュックを背負い直し、帰路に就こうとしていた。


 すると、床に寝転がったセージが妙なことを口にした。


「なぁ、何か聞こえねぇか? それに少し揺れてるような……」

「ホントだ、床が揺れてる!」


 床に落ちた砂や小石が微かに震えていた。地震か? 最初はそう脳裏に浮かんだが少し違っていた。慌てて床に伏せた時、振動と共に唸り声のような声が耳に伝わってきたからだ。

 揺れが収まり頭に降ってきた塵を払う。セージやニゲラが青ざめた顔で相手の顔を見合わせると、全員が声を揃えて呟いた。


『ヤマテノオロチ……』


 唾が喉を通る音――。

 セージが額に汗を浮かべて後ろを振り返った。


「……向こうからだ」


 全員が素早く荷をまとめる。

 そして、一行は闇の奥深くで唸る声の正体を確かめようと、唸り声のした方角に向かって歩き出す。この辺りは地中から漏れだした地下水によってコンクリートが侵食されて、所々変色している。腐食具合から察するとこれはごく最近のものだ。

 水滴が肩や頭に落ちる度、カシアはそれが怪物の唾液ではないかと妄想してしまい、身震いしてしまった。


 細い通路のさらに奥。

 少し入り組んだ場所に瓦礫で塞がれたドアを発見した。


「ココ、今まで誰も来たことないのかな……?」

「瓦礫で塞がれてるんだから、そうだろうよ」


 カシアがそうセージに尋ねた時だった。


《ガリガリガリ……メキ……キリキリキリ…………》


「うわわわわぁっ……」

「聞いたかよ? この奥からだったよな?」

「おいニゲラ。開けるか?」

「いや、無理だな。扉の裏側も瓦礫が埋もれてるみてぇだ」

「……やめようよ、もう十分じゃない。これで終わりにしとこうよ」


 とても嫌な予感がする……ここを開けるのは絶対にマズい。

 そう直感してカシアはここにいる全員に訴えかけた。

 が、セージは額に手を当ててそれに反論する。


「カァ~ッ、お前って奴はほんと怖がりだなぁ。ここでやめたら、この先ずっとモヤモヤして寝れねぇだろ。それは女の裸を悶々と想像するだけで一生を終えた、哀れな童貞と同じだろ?」

「ど、童貞? こんな時に何言ってんの。ここを開けて、もしヤマテノオロチに出くわしたら……どうするのさ?」

「そんときゃ、そん時だ」


 馬鹿につける薬はないのか?


 こうなってしまったセージに何を言っても無駄だろう。

 けれど、そのとばっちりを受けるこちらとしては、被害は最小限に収めたい。どうにか思い止まらせようとして、必死に彼の説得し続けていると――。

 その隣では、ニゲラがリュックからカーテンレールみたいな仕掛けを組み立てていた。


「ゴチャゴチャうるせぇぞ、陰のう付いてんのか。まぁ見てろ、俺は《爆破》の専門家だ。肥料からだって爆弾が作れるんだぜ。こんなちょこざいな扉一つくらい、簡単に吹き飛ばしてやらぁ。それに箱庭の爆破、ありゃあ~鮮やかだったろ?」


「お前の仕業かっ!」「お前の仕業かっ!」


 危うく殺されかけた時の思い出が脳裏に過ぎった。

 だが、ニゲラはそんなことはお構いなく自ら仕上げた《芸術品》へのうんちく、もとい想いをここぞとばかり語り始める。


「こいつは《V型成形爆破線》ってんだ。銅製のV型枠に爆薬を詰め込んだ代物で、起爆すると、逆V字部分に爆破のエネルギーを高圧縮。溶けた銅が高速で飛び出して、いかなる金属をも切断するっつう、高性能特殊爆薬だぜ!」


 もはや、呆れるしかなかった。


「へへへっ、鋼鉄の板でも柱でも焼き切ってやるぜ。セージ、そっち持て」

「おう、任せとけ」


 忠告を無視して二人が爆破の準備に取りかかる。通路の瓦礫を撤去し、四角に組んだ銅製の棒を鉄扉に貼り付けると、コードリールを引いて全員が通路の角に身を隠し……セージが親指を立てた。カシアは指を頭の後ろに組んで衝撃に備える。


「ハッハ~ッ!」


《カチカチカチ》


 ニゲラが奇妙な笑い声を上げて、起爆用のグリップスイッチを三回握る。

 発破――突発音とともに壁に爆破の振動が伝わって、もたれ掛かった背中を大きく揺らす。何か重たい金属が落下する音がしたので、カシアはまだ煙と塵が立ち篭める廊下をそっと覗き込んだ。

 綺麗な菱型に焼き切られた鉄板が熱を帯び、煙を切りながら廊下に転がった様が目に飛び込んできた。

 すると、隣にいたセージが思わず言葉を漏らした。


「スゲェな……」

「当たり前だ。俺は爆破の天才だ」


 本当に救いようがない、お馬鹿達だった。

 ニゲラは当然といった面構えでグリップスイッチをリュックに戻すと、先陣を切って爆破した扉の前に立つ。カシアもその後ろを追うと、扉の中から生暖かい空気が吹き出してくるのを感じた。


「蒸し暑いなこの部屋……ライトを貸してみろ」


 持っていたマグライトをニゲラに手渡すと、彼がそれを左右に振って部屋の様子を確かめる。彼は突然、ライトを小刻みに震わせて悲鳴のような裏返った声を上げた。


「お、お、お、お宝だぁああああああああああっ!」

「何だってぇええ?」

「ちょっと、まっ!」


 カシアは後ろにいたセージに背中を押されて、まだ熱を持った菱型の穴へ倒れ込んだ。その瞬間、ムワっと肌に纏わりつく熱気で体中から汗が噴き出す。


「イテテテ……」


 開かずの間。各々が手にしたライトで四方を照らす。そこにあったのは本棚にびっしりと収められた古書、それに箱に詰められた人形が壁一面を埋め尽くしていた。


「コレ、全部がそうなのかよ?」


 セージが本棚に並んだ古書の一つを引き抜くと、ニゲラは逸る気を押さえて尋ねる。


「ちゃんと禁書の証しである《印》が入ってるか?」

「お、おおおお、大当たりだ、入ってる。しかも、この棚全部がそうだぜ!」

「袋だ、袋をよこせ! グヘヘへッ。これ全部、地上に持って帰りゃ一財産だぜ!」


 男たちは感喜し、そしてやり遂げたのだった。

 ニゲラが本棚に腕を突っ込み、右から左へと床に禁書を投げ落とす。それをもう一人が用意した袋に拾い入れる。満杯になった袋がどんどんとリレーで外に運び出されたが、袋を全部使い切っても部屋にあるお宝は半分も減っていない。

 それとセージは禁書よりも別のモノに釘付けだった。女神を模った立体模型をひっくり返し、スカートの中を覗き込んでこんなことを呟いた。


「ほほ、これはあのちびっ子の言い草じゃないが、先人の技術には目を見張るモノがあるな。おい、見てみろよカシア。服まで脱がせるぜぇ!」

「セ、セージ……君が残念なのはよく知ってるけど、僅かな羞恥心さえ持ってはいないのかい? こんな姿、マツリカが見たら悲しむよ……」

「なぁ、カシアよ。お前には言っておかねばならないことがある」

「な、何だい……?」


 ビクリと肩を強張らせる。それは彼がいつになく真面目な顔つきになって、こちらを睨んだからだ。良かれと思った言葉が彼の自尊心を傷つけてしまったのか? カシアはおどおどしながら、次の言葉を待つ。


 すると、彼はこう言い放った――。


「ソレはソレ、コレはコレ、だ」


 救いようのない阿呆だった。


「……君は一度死ななきゃダメだってことがよ~く分かったよ」

「イヤァッホ~イ!」


 もう一人阿呆がいた。奇声が発せられて後ろを振り返ると、ニゲラが袖の無い革ジャンパーに大量の禁書を忍ばせていた。呆れ果ててカシアが大きな溜め息を漏らすと……、


「あぶねぇ!」


 勢い余って誰かが本棚を床に倒してしまい、塵とホコリが部屋中に舞い上がった。


「ゲフゲフ……コラ、お前ら興奮しすぎ。少しは自重しろよ!」

「ケホケホ……キミが言っても説得力ないよ、セージ」


 白くなった頭を叩いて面を上げると、カシアはある異変に気が付いた。本棚の後ろにあった壁に、大きなシミがあるのを見つけたからだ。それはどことなく翼を広げた悪魔のような形をしていた。

 さらに、それだけではない。シミの奥からは聞き覚えのある唸り声が、より大きくなっているようにカシアには思えたのだ。


「この印はやっぱりお約束のアレか?」

「――間違いない、隠し部屋だな」

「結構頑丈そうだぜ、どうするよ?」

「やるっきゃねぇだろ、アレをよこせ」


 仲間の一人がニゲラにリュックを渡すと、再びV型成形爆破線が取り出される。


「ちょちょちょ、ちょっと待って。どうする気なのさ?」

「決まってんだろう? 隠し部屋に眠ったさらなる財宝を頂くんだよ」

「聴こえたでしょ、さっきの唸り声。これ以上荒らすのは絶対にヤバイって!」

「まだそんなこと言ってんのか、あれはお伽話だつったろ。さぁ、そこをどいてろ!」


 すっかり舞い上がった彼らにどんな言葉をかけても無駄だった。カシアは額で指をクロスさせると、かつて人類が何千年も続けてきた《祈る》という行為を無意識にやった。

 そして全員が廊下に出ると、再び黄色いグリップスイッチがカチリと押し込まれたのだった――。

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