第四十七幕 ―― 御神体、現る

 聞き覚えのある声、あの年寄り臭い口調――。

 地下で喚く声の主が短い手足を精一杯伸ばして穴から這い出てくる。その容姿は白い帽子とミニスカート状のバイオナノファイバーを身に纏い、体と不釣り合いな長い杖を持っていた。


「カ、カミツレ様? こんな所で一体、何を……」

「皆の手助けしてやろうとコッソリ地下道を辿ってきたのだが、方角を見失ってしまってな。ようやく抜け出せたと思ったのに……どうしてこうなった! これでは格好がつかぬではないかっ!」


 悔しそうに地団駄を踏むカミツレを目にして、シキミは悲しげな表情で答えた。


「カミツレ様……そっちには誰もいません。後ろです」

「オロロ? こっちであったか」


 カミツレが振り返ると、そこで苦笑いしたマツリカと鉢合わせる。


「……相変わらず、アナタの考えることは理解できないわ。だから苦手なのよ。今さら何をしに現れたのかしら?」

「なぁに、猫と鼠が喧嘩してると聞いてだね。私も混ぜてもらおうと思ったまでさ」


 それを聞いたマツリカはまぶたを伏せて、シキミの喉元に突きつけていた槍を引いた。


「その猫と鼠の喧嘩に、熊が出てくるのもどうかと思うわ……」

「そう遠慮することはない。それにキミのが何か一言、言いたいそうだ」


 カミツレはニヤリと眉根を上げてこちらを指差すと、地鳴りでビルで羽を休めていた野鳥が一斉に飛び立つ。フル回転した大型ホバーモーター六基が土煙を吹き上げ、轟音と共に鉄の巨躯がビルの間から姿を晒した。

 すると目の前に落ちていたヘッドマイクから、騒々しい男と呑気な少女の声が割り込んできた。


『俺様登場! またせたな、諸君!』

『あーあー、聞こえますか? シキミさん、何とか間に合いましたぁ~』


 呆れた援軍の登場にシキミは思わず頬を緩める。


『地下道でこんなもの見つけるなんて、さすがセージさん!』

『おうよ、運命の女神が俺とコイツを引き合わせたのさ。これが男のロマン。これこそがレジェンド。今ここから、俺のサクセスストーリーが始まるんだぜ!』


「――冗談は顔だけにしておけ」


『……はい、すんません』


 この二人と共に現れた怪物は、全長13メートル、重量136トン、口径240ミリ。

 旧時代から延々と地下で眠り続けていた《列車砲》であった。

 その黒く大きな鎌首は都市伝説で恐れられてきた、ヤマテノオロチを彷彿と思い起こさせるのに充分な姿だ。それと列車砲にはこんな古いプレートが残されていた。


 ……九〇式二十四糎列車加農きゅうまるしきにじゅうよんせんちれっしゃかのんと。


 記録によれば大昔、この地域を支配する軍事国家によって製造された《秘匿兵器》だったそうだ。その後、敗戦に追い込まれて列車砲は一度も使われることなく古い地下道に保管したが、長い年月と共に存在自体が忘れ去られたらしい。


 ……そうして、何を思ったのか?


 一人の馬鹿がこの列車砲を使い、難攻不落であるジュークの防護外壁を撃ち破ろうと言い始めた。無謀で馬鹿らしい話だ。

 しかし、馬鹿に感化されてしまった馬鹿な男達が、満場一致でこの馬鹿げたアイデアを採用してしまい、貴重なホバーモーターを六基も使ってあんな馬鹿馬鹿しいモノを造り上げてしまった。


 それが今、目の前を走り去って行った怪物の顛末だった。


『九ちゃん、すんごい重いから飛べるか不安でしたけど、職人さんたちが丹精込めてホバーモーターを組んでくれたおかげで、無事にここまで来られました。なので、九ちゃんの半分は、やさしさで出来てるんですよ~っ!』


 九ちゃん。と、勝手に命名したヨモギが嬉しそうに無駄な情報を教えてくれると、不満そうに口をへの字にしたカミツレが通信に割って入る。


『こら! 勝手に名前を変えるでない。そやつには、私が付けた《くまのん》という可愛らしい名前がだね…………プツン』


 が、途中でヨモギに通信を切られてしまった。


「だぁ~っ! あいつらのせいで私の調子は狂いっぱなしだよ!」


 カミツレは耳に付けていたヘッドマイクを地面に投げつけ、何度も踏みつける。


「アナタたちの相手をしてるとこっちが疲れるわ。さて、これからどうしましょうか?」


 殺気立ったマツリカが冷淡な眼差しをカミツレに向けると、彼女はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「まぁ、こうして顔を突き合わせるのも200年ぶり。お互い、語り合うには十分な話題が貯まっておろう? シキミ、ここは私にまかせて二人の元へ行ってやりたまえ」

「カミツレ様……恩に着ます」


 シキミは自らの手で恩師の仇をとりたかったが、今の自分では実力不足だということを、たった今思い知らされたばかりだ。それに何より、カミツレはカシアを救出するチャンスをくれたのだ。


 行かなければ――シキミは一礼して彼女の横を通り過ぎようとする。

 と、クイッと指を引っ張られた。


「少し待ちたまえ、その右手のモノを出してみなさい」

「申し訳ありません、カグツチが。師匠の形見だったのに……」


 右手に強く握り絞めていた金属片をカミツレに見せると、彼女は手にした白く長い杖でそれを小突いた。すると……金属片が輝きを放つ。


「こ、これは……!」

「元通りとは行かぬが、何も無いよりは良かろう?」


 一度、役目を終えたはずのカグツチが形を変え、匕首あいくちとして蘇った。黒く金粉が混じった漆塗り風の鞘に、つばの無い柄。あと赤い牡丹が一輪刻まれていた。


「ありがとうございます……カミツレ様!」

「うむ、さぁ行きたまえ」

「はい、ではご無事で……」

「キミもな」


 胸に新たなカグツチを抱え、シキミは右足を引きずってエスペランサーの元に辿り着く。シートにまたがってモーターを再始動させると、電磁コイルが回転数を上げて漆黒の機体が浮上する。

 最後にもう一度カミツレに一礼すると、シキミはエスペランサーを大きくターンさせ、カシアとヒマワリが囚われた虚塔へ針路をとった。

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