第四十八幕 ―― 矛と盾

 ザラザラとしたザビ交じりの砲身が灰色の空に向かって反り上がり、かつて旧世界で使われた線路跡に沿って列車砲が猪突する。前方に駅のホーム跡が近づいてくると、赤く光る誘導棒を左右に振る人影が見えた。


 セージが砲身の根元に設置した操縦席から減速の指示を送ると、列車砲に急制動が掛かり、ヨモギが前のめりになる。屋根が無くなったターミナル跡には棟梁達の手で真新しいレールが敷き直されており、列車砲はゆっくりとレールの上に着地した。

 山手線(原宿・渋谷・品川方面)と、かすれた文字で記された黄緑の看板を通り抜け、少し離れた場所に造られた円形の転車台に列車砲を停車させる。待機していたツナギ姿の中年男達が吸いかけた煙草を投げ捨て、列車砲の回りに集まってきた。



 シキミはエスペランサーのダッシュボードから予備のヘッドマイクを取り出し、耳に装着する。AIに周波数を調整させるとノイズに混じって人の声が聞こえるようになり、次第に音がクリアになった。


「セージ、そっちの現状はどうなってる?」

『おう、シキミか。こっちはやっとこさ、転車台に列車砲を乗せたところだぜ』


 作戦の要でもある列車砲の状況を確認すると、セージが意気揚々と答える。いくら列車砲の第一発見者とはいえ、この男を責任者にしたのは少々不安が残る。


 ……だが、すでに賽は投げられた。

 あとはサポートに付けた図書館の技術者や棟梁に任せよう。


 そう思い返して、シキミは砲撃開始までのやり取りに耳を傾けた。


『おっさん達、準備はできてっか?』

『あったりめぇだ、ここ一番に間に合わせるのが俺達の仕事だ』

『ふひ~、ワクワクしてきたぜ!』

『いつまでもそんなとこに乗ってっと危ねぇぞ。とっとと降りてこい』


 どうやらセージが列車砲から降りてこず、作業の妨げとなっているらしい。

 そして、棟梁に忠告されたセージはいつもの調子で言い放った。


『おっさんよう、決戦兵器ってのは人が乗ってこそたぎるもんだろ? アキヴァルハラの古書にもそう書いてあったぜ。男には譲れない時があるってなぁ!』


 つまり、列車砲から降りる気など微塵もないということだ。

 馬鹿と煙は高いところが好き――という古来よりの格言があるが、実に的を射た言葉である。


『棟梁、どうしましょ……?』

『ほっとけ、さっさと砲弾詰め込むぞ』


 そして、作業は黙々と続けられる。


 セージについてはマツリカに悲痛な裏切り方をされたため、どうなることかと皆が心配していた。けれどシーヴァに潜入して以来、ヨモギとすっかり打ち解けて元のセージに戻ることができたようだった。

 このままヨモギの想いが成就するかは分からないが、シキミから見ればお似合いのバカップルであることは間違いない。


 ふと、近くにあった高層ビルの屋上に目を据える。そこでは小刻みにライトが点灯し、遠くのビルにも同様の光が明滅していた。モールス信号だ。

 すると直ぐさま、その情報がヘッドマイクを通じてこちらにも入ってきた。


『三角測量完了。座標、来ました』

『南南東の風、風速4メートル、気温19度、仰角20度――発射準備完了!』


 いよいよ発射――。

 机上の空論だと思っていたことが今、現実になろうとしている。もともと懐疑的だったシキミも、いざあの巨砲が放たれるとなると期待と緊張で胸が熱くなる。これで突破口が開けばカシアに会える。シキミは祈る想いで無線に集中した。


『安全ロック解除……ハァハァ、見ていろよマツリカ。これが本気になった男の、俺の、心の叫びだぁああああああああっ! ――――――ポチッと』


 気持ち悪い息づかいと共に、後ろでどでかい砲音が響いた。

 一瞬、灰色の空が閃光で真っ白になる。


 すると――。


 音速を超えるスピードで発射された砲弾は……何故か大通りを疾走していたシキミとエスペランサーの目の前に着弾した。凄まじい衝撃で行く手にクレーターが出来上がり、エスペランサーはその盛り上がった土砂に機首を突っ込んでしまった。


「きゃぁああああっ!」


 衝突の反動でエスペランサーの尻が持ち上がり、前転するようにクレーターを滑り落ちると、シキミはコクピットから投げ出された。

 バラバラと舞った小石が降り注ぐ中、シキミは頭にかぶった土を払うと鬼のような形相でヘッドマイクに怒鳴り散らした。


「馬鹿者! ドコを狙って撃っている、私を殺す気かっ! 危うく直撃だったぞ。だから私は反対だったんだ。それなのにお前たちは勝手に――」


 すると何か後ろで揉める声がノイズと混じり、少し間をおいてセージが申し訳なさそうに応答した。


『すまねぇ。うっかり手前のビルに当てちまった……』

「うっかりで殺されては敵わん! 次はちゃんと壁を狙え!」

『り、了解っす。おい、やっぱスッゲー怒ってたぞ。だから、俺は出たくなかったんだよ……』


 どうやらその間は、誰がシキミに答えるかで揉めていたようだ。


「もういい、さっさと次弾を準備しろ……」


 ……まったく、どうしようもない連中だ。


 シキミは大きなため息をつくと、さっきまでモールス信号をやり取りしていた高層ビルに目をやる。そこにはビルの土手っ腹に大きな穴が空いていて、何か堅いモノに当たり、こちらへ跳弾したようだった。

 シキミは頭を抱えて起き上がると、エスペランサーを再起動させる。バックして土砂から抜け出ると、装甲板に積もった砂がモーターの振動で流れ落ちた。


『第二射、発射しまーす。みなさん、ご注意を、ドッカ~ン!』


 すると今度は、のほほんとしたヨモギの声がヘッドマイクに届き、後ろで耳を劈く発射音が再び轟いた。ビリビリとした空気が肌に伝わり、打ち上げ花火に似た笛のような音を立てて頭上を飛び越えていく。

 しばらくして前方から衝撃波がシキミとエスペランサーを吹き抜け、どこかに着弾したことを知らせた。


「やったか……?」


 その直後、ノイズ混じりの怒号が電波に乗って飛び交う。


『ドコ狙ってんだ、俺たちを殺す気か!』


 ――デジャヴか? 再び、似たようなセリフを耳にする。


 第二射は、ニゲラ達が待機していた場所に二つ目の大穴をこしらえたようで、彼らもシキミと同様の被害にあったらしい。元々むさ苦しい男達が勢い任せで始めた作戦だったので、案の定上手くいかず責任の押し付け合いが始まった。


 まったく愚かしい……。


 そして、ニゲラの苦情に対して棟梁が声を荒らげて反論する。


『アホウか、よく聞け。こいつは元々数十キロ先の標的を破壊するように造られた代物なんだぞ。こんな短距離でそう簡単に当てられるかっ!』

『じゃあ、もっと離れて撃てよ』

『まともな地図もないのに、そんな高度な計算できるわけないだろう!』


 すると、あくびをしたセージが口をうっかり滑らせて……。


『誰だよぉ、こんなもん使おうなんて言い出したのは――』

『お前だろ!』『お前じゃねぇか!』


「いい加減にしろ! 壁を破らない限り中には入れないんだ。何としてでもぶち破れ!」


 役立たずの男共に呆れ果ててシキミは三発目を指示する。こんな時にカシアがいてくれればと急に恋しくなる。彼以外の男に微塵も興味は湧かないが、せめて働き蜂としての仕事は全うしてほしいものだと、シキミは嘆いた。


 そして準備が整ったらしく、再び通信が入る。


『第三射、発射しまーす。今度こそ必ず当てて見せますよっ!』


 。ヨモギが言うとさらに心許なく聞こえる。

 巻き添えを食わないようにシキミはハンドルを強く握る。

 そして、後方からの衝撃に備えた。


 聞き慣れた発射音、空気を突き破る衝撃波――そして、ついに命中する。

 が、思わずシキミは絶句した。


「えっ………………?」


 それはジュークの左塔から黒煙が立ち昇っていたからだ。胴を抉り取られた左塔は大きく右へ傾き、半分にへし折れると、無数の鉄骨が悲鳴を上げて隣の塔に寄りかかる。衝突でガラス片が乱舞し、光を乱反射させながら地表に舞い散っている。


 怒りを通り越して、シキミは思わず取り乱した。


「な、なんてことを……あそこにはカシアとヒマワリがいるんだぞ!」

『ザザ……ザ…………すまねぇ。転車台が重みに耐えられなくて、横転してしちまった。もう次弾は撃てねぇや』


 あちらも大混乱のようでセージの声が途切れ途切れに聞こえた。

 だが、もうそれどころではない。

 あそこには取り残されたカシアとヒマワリがいるのだから。

 被弾した左塔は少しずつ角度を下げ、いつ倒壊するか分からない状況だ。

 一刻を争う状況でシキミはを呼び出した。


「ニゲラ、プランBに変更だ。ありったけの爆薬を使え!」

『まかせておけ、あんなヘマはやらねぇ。必ずアイツの元へ行かせてやるからな!』

「頼んだぞ」


 通信を切ってシキミは崩れかけた塔を見上げる。


「急がないと、モード・ライド!」


 エスペランサーが駆動系に砂を噛んで悲鳴を上げながら形を変える。シキミが前のめりになってシートに胸を押し付けると、これまで随分と無理をさせたせいかモーターの焼ける臭いが鼻先を掠めた。


 そこへ再び、通信が入る。


『お嬢、準備ができたぜ。いつでもいける!』

「やれっ!」


《カチカチカチ――》


 鉄扉に設置した極太のV型成形爆破線が、爆音と共に朱色の煙を吹き出した。

 爆破の熱が銅板を一瞬で融解し、極限まで圧縮されたエネルギーが解き放たれる。


 そして、分厚い鋼鉄を六角形に焼き切る……はずだった。


『ザザ……すまねぇ、一本起爆し損ねて穴を開けられなかった。突入は待ってくれ!』

「時間がない、もう正面に鉄門を捉えた。お前達は今すぐその場から退避しろ!」


 面前に浮かんだスクリーンをタッチして、シキミはエスペランサーの武装と装甲板を全て分離パージする。風圧で黒い鉄板がトランプのように吹き飛ぶと、間近に迫る鉄門を見据えた。


「一点突破だ。レールカノン、エネルギーチャージ――」


《警告。走行中でのレールカノン使用は、オートバランサーではフォローし切れません。停車中での使用を推奨……》


「構わん、チャージしろ!」


《承認――リミットブスター解放、レールカノンへのエネルギー充填開始……》


 機体の先端から黒く長い角のような砲身が突き出し、ハンドルが持ち上がると、左グリップにある発射スイッチのロックが解除された。電磁コイルの冷却が追いつかずにモーターが煙を吹き上げ、警報がけたたましく鳴り響くと、再びスクリーンに文字が浮かび上がった。


 《スタンバイ――》


 シキミは親指で赤い発射スイッチを強く押し込む。


「貫けぇええええええええええっ!」


 高周波と共に砲身からアルミニウム弾が射出される。青い閃光の矢となった光弾が、切れ残った鋼鉄の塊に衝突し鉄門の内側へ弾き飛ばした。


 一方、無茶な発射をしたエスペランサーは大きくバランスを崩し、制御不能に陥った。激しく地面をバウンドして何度も振り落とされそうになる。シキミはハンドルを手綱のように胸元へ引き寄せ、エスペランサーに言い聞かせた。


「あと少し、あと少しだけ耐えて……お願い!」


 その時だ。想いが通じたのか、地面を転げそうになっていたエスペランサーは踏ん張りを効かせて、どうにか体勢を立て直す。


「いい子ね……」


 正面を見据え直したシキミは、魔物の口に見える蝋色の鉄扉に突入する。

 超高速が引き起こした風圧で、鉄門が震え凄まじい音を立てた。


 そしてついに、エスペランサーは力尽きる――。


 電磁コイルが火を噴いて高度がどんどんと落ちていく。カーボンフレームが地面と接触して火花が散り、アスファルトの上に流れるように黒い線を引いて止まった。


「よく頑張ってくれたね、ありがとう……」


 シキミは感謝の言葉を呟いて黒いボディを優しく撫でてやる。天高くそびえる虚塔を仰ぐと、愛馬から飛び降り、カシアとヒマワリを救出するため早足に崩れかけたジュークの内部へ潜入した。

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