第二十七幕 ―― 宴、終わりて
静まり返った夜の田園、薄雲が月を覆う――。
漏れた出た月光で辺りに斑な影ができあがり、それは青々とした稲の上をゆっくりと流れていった。水路ではチラホラ見え隠れするホタルが淡くてか細い光の糸を引き、草むらでは鈴虫の
「もう嫌……やっぱり、私の居場所なんて最初から何処にもなかったのよ!」
悲しさと溢れる涙で視界がぼやけてしまい、自分がどこへ向かって走っているのかさえ分からない。柔らかな土に足を取られてあぜ道に倒れ込むと、ヒマワリは草の上に顔を埋めた。
「うっう、私……どこに行くつもりだったのかな。帰る場所なんてもう、何処にもありはしないのに」
箱庭を飛び出して、今もまたアキヴァルハラからも逃げ出して。
カシアには頼れない、シキミには敵わない、もう行き場がない……。
もう何もかも失ってしまった。
緑の揺れる田園の中心でヒマワリは、はばかることなく声を上げて泣いた。
しばらくうずくまっていると、青草の香りに混じって微かな人の気配を察する。その足音は草を踏み、だんだんとこちらに近づくと目の前で止まる。そして、聞き覚えのある
「あらあら、どうしたのかしら? そんな泥だらけになってしまって。可愛らしい顔が台無しじゃない」
落としたメガネをかけ直して泥のついた顔をゆっくりと持ち上げると、ヒマワリの眼前に白いロングスカートが風ではためいていた。ヒンヤリとした風が頬を撫でると氷の綿が手の甲に降ってきて、それが体温で水滴へと変わり零れ落ちる。
そして――見上げた先には銀髪と暗赤色の瞳、そう懐かしい旧友の姿があったのだ。
「マツリカっ! どうしてこんなところに……アナタも箱庭を抜け出してきたの?」
彼女はただ、ニッコリと微笑む。
雲が流れて月が顔を見せると照り出された白銀の髪が生糸のように輝き、ヒマワリの面に紗の影を作り出した。ついその妖艶な姿に見蕩れてしまうと、彼女の唇がようやく言葉を紡ぎ始めた。
「久しぶりね。随分と探していたのよ、アナタが無事で何よりだわ」
突然の再会に面食らったヒマワリだったが、そのことが逆に塞ぎ込んでいた気持ちをほんの少しだけ緩めてくれた。話したいことが口から溢れそうなほど湧き上がったけれど、ひとまず胸に仕舞い込む。
「わたしもマツリカのこと心配してたのよ。セージとは合流できたのに、アナタにだけは会えず仕舞いだったし」
「あら、そうだったわね。ところで――カシアもこの辺りにいるのかしら?」
「東の住居区だと思う、たぶんシキミと一緒に……。私、これからどうしたらいいのかな?」
ヒマワリは俯いて答えると、思わず収まり切らない想いを全て吐露しそうになる。
マツリカは、あの二人のことを知ったらどう思うのだろう。
いつもカシアのことを気にかけていたが、自分みたいに嫉妬するような人ではない。
すると、マツリカは不思議そうに頬に手を当て首を傾げた。
「シキミ? 誰のことかしら?」
そうだった……マツリカはシキミのことを知らないのだ。ヒマワリは彼女のことを説明しようとして、ハッとする。なんて紹介したらいいの? まさかカシアを奪い盗られた相手だなんて言えるはずもない。モゴモゴと喋りかけた言葉を噛み砕き、そして飲み込んだ。
「まぁいいわ、一緒にカシアを迎えに行きましょうか」
「い、いまはダメ、絶対にダメ……! ちょっと気まずいことがあって、街に戻ることはできないの。一度、箱庭……シーヴァに戻りましょうよ。慌てなくてもカシアはアキヴァルハラにずっといるわ!」
必死に取り繕った顔でマツリカを見つめると、彼女は穏やか表情を浮かべてヒマワリの頭に手をのせる。白く美しい指が淡いブロンドを優しく撫でると、艶のある彼女の唇が大きく上向いた。
「ごめんなさいね、それは無理――……私はアナタとカシアを連れ戻し、この地を灰にするために来たのだから」
「マツリカ、アナタ何を言って……」
突如、森から強烈な光が照らされたため、ヒマワリは眩しさのあまり目を細める。かざした指の隙間からほんの少し覗き込むと、それがサーチライトなのだと知った。無数のモーター音が上空に昇り、白い鉄の巨体が次々と姿を現した。
「マーキナー!」
ヒマワリが漏らした声と同じくして、無数の閃光が夜空に尾を引いて走る。それらがアキヴァルハラの街に降り注ぐと、轟音とともに破壊されたビル群から赤い炎が巻き上がった。飛び散った残骸が宙を舞い、炎とのコントラストで浮かび上がったシルエットには、人影が混じっているように見えた。
「そ、そん……な……」
その狼煙火を呼び水として武装したホバー式装甲車が森の木々をなぎ倒し、敷地内へと侵入する。次々にヒマワリとマツリカの横を通り抜けていくと、収穫前の田園に進入して稲は無残に押し潰してしまった。
「何てことするの! 生きていくために必要なものなのよ。それに街にはたくさんの人が住んでいるの、今すぐにやめさせて!」
しかし、返事はない。マツリカは顔色一つ変えず、ただじっと勢いを増して立ち昇る火柱を凝望していた。その横顔にヒマワリはゾっとする。
――早くみんなに知らせなければ!
半歩、半歩とマツリカから距離をとったヒマワリは、あぜ道から稲の中へと飛び込んだ。ぬかるみに足を取られて左足の靴が泥に埋まると、もう片方も脱ぎ捨てて自分が作った畑へと逃げ込んだ。
心臓がこれまでにないほど鼓動を刻み、息も乱れて苦しい。全てがグチャグチャで気持ちと頭を整理したいヒマワリは一旦マツリカのことは忘れ、まずはカシアの元へ戻ることだけを考えることにした。
一呼吸して息を整える。
とにかく街に続く一本道へと出よう。
あとは大通りを抜けて図書館に飛び込む。
きっとカシアもそこにいるはずだ。
そう思案したヒマワリは、慣れ親しんだ野菜たちの横を素早く抜け、背の高い葉で身を隠しながら駆け出した。あと少し、燃えさかる街の灯火が葉の隙間から差し込んだ……その瞬刻だった。
「キャッ!」
頭上から3本のサーチライトがヒマワリにまとわり付くと、空中に静止したドローン型マーキナーから数人の人影が飛び降りてきた。いや、地響きを立て周囲の野菜を踏み潰したそれは《人》では無かった。限りなく人間に近い形に造られた真っ白なマーキナー。流線的なボディーアーマーに身を包み、手には大ぶりの重火器が握られている。
その数は6体。ドクロのようなマスク、肩には《赤い果実と蛇》のエンブレムが刻まれており、義眼が何度も赤い光が明滅していた。
「こ、来ないでよ……」
モーターの駆動音を鳴らし人型マーキナーがゆっくりヒマワリを取り囲むと、そのうちの一体が二の腕を鷲掴みにする。
「ちょ、ちょっと痛い……痛いってば!」
感情を持ち合わせていない人型マーキナーに何を言っても通じはしない。もう片方の腕で何度も胸の装甲板を叩いたが、人型マーキナーは無反応。ヒマワリを取り囲んだまま再びあぜ道へと引き戻した。
「もういいわ、ギデオン。離しておやりなさい」
そこには腕を組んだマツリカが待っていてヒマワリの顔を見下ろした。
彼女はいつも見せた呆れた顔をしていたが、そこに優しさは微塵も感じられない。
「まったく……我ながら手間のかかる子だわ」
「アナタ……何者なの?」
眉根を寄せてヒマワリが尋ねると、彼女はそれが
「――あとで鏡を見て、もう一度訪ねてみるといいわ」
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