第50話 服装

 カブでの長距離走行ということで、小熊は真っ先に土日にカブであちこち走り回る時に着ているデニム上下を手に取った。

 リーバイスのデニムは動きやすく風でバタつかず、転倒した時も革ほどでないが安全そう。何より不意に破いたり擦り切れたりした時に繕ったり継ぎを当てたり、あるいは思い切りよく買い換えたりできる。

 そこで小熊は、これはただの外出ではなく、修学旅行のバスを追いかけて途中参加するという目的の元に走るという事を思い出した。

 同級生に追いくまでは一人だけの修学旅行。確か旅行のしおりには、行き返りのバスでは制服を着用することと決められていた。

 とはいえカブで幹線道路を飛ばすのに、紺ブレザーに紺スカートの秋制服は問題外。そこで壁に架けられた体育ジャージが小熊の視界に入る。

 ブレザーと同じく紺一色の野暮ったいジャージ。これも制服。夏休みのバイトではジャージを着て酷暑の中を甲府まで往復した。

 これでいいかな、とジャージを手に取った小熊は、裸のままジャージを手に洗面所まで行き、鏡の前で自分の体にジャージを当てた。


 バイト前に自分の姿を鏡に映した時に何度も見た姿に違和感を覚える。なんかイヤだ。具体的にカブでの長距離走行に向かない要素があるのではなく、自分の中の美意識というか見栄のようなものがジャージ姿を拒む。

 地元である山梨県内なら、カブで走り回る時にジャージを着ることに何の抵抗も無いし、いいライディングウェアだと思っていたけど、

21:12 2015/09/09

小熊はここから鎌倉までの道中。知らない道をジャージ姿で走ることを想像した。

 おそらく山梨北部の田舎よりはだいぶ都会的な神奈川で紺ジャージ姿というのは、走りながらずっと気恥ずかしい気分を味わうことになる。

 平日の昼間、高校ジャージ姿で出歩いてたら、いらぬ補導や職務質問を受けることになるかもしれない。

 それでも学校行事には制服を着るのがルール。それを守らないということは、これから鎌倉まで走り、修学旅行に合流する積もりでいる自分自身を疑うことになる。修学旅行じゃなく何の目的も無いただのカブ散歩になる。


 アパートの中でただ迷って立ち止まってる自分と、修学旅行バスの距離は今も開き続けてる。小熊はたかが着るものの決断を、折衷案で解決することにした。

 素肌に下着とアンゴラの長袖シャツを着け、その上からデニム上下を着る、そしてデニムジャケットの上から紺のジャージに袖を通した。

 一足遅れで合流する修学旅行。学校ジャージ姿だと自分がペコペコと遅刻を詫びながらお情けで参加させて貰うって気分になる。

 カブで追いついてきたのなら、自分がカブに乗っている時の格好で胸を張って教師や同級生の前に現れたい。自力でここまで来たことを証明する姿。たぶん礼子もそのほうが面白いと言うだろう。

 上に一枚ジャージを着ていれば立派な制服。そう言い張ろうと思った。

 ジャージのズボンは夕べ準備した修学旅行用のスポーツバッグに入れた。

 白い厚手のソックスを履き、財布や携帯の入ったウエストバッグを肩からたすき掛けにして準備を終えた小熊は、もう一つの迷い事である道順の選択を始めた。

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